魔法少女げぇむ

山田あおい

プロローグ

EP1 はじまり

 現代科学が進歩していき様々な情報が日々、交差していく時代。その中でも一際目立つ部類に「VRゲーム」がある。

 スマホから個人の身体に埋め込められているチップを読み込み、仮想空間に飛び込める技術を利用して遊べるゲームは様々あり、今回その中の「魔法少女げぇむ」にまつわるお話。




 とある日の夜、橘千紗都たちばな ちさとは自室でゲームをしていた。学生を中心に流行している「魔法少女げぇむ」というMMORPGである。

 プレイヤーが操作するキャラクターで敵を倒していき様々なアイテムを入手しながら仲間たちと冒険する。広大なマップとたくさんのイベントやキャラメイク種類の豊富さ等が人気の理由らしい。

 千紗都もまたその一人で、寝る前に友人と少しプレイするのが日課だった。


 ──────


「ちはやちゃん、そろそろ私はログアウトするね」


 千紗都はボイスチャット機能で戸塚とつかちはやに話しかけた。


「うん、寝坊しないように目覚ましかけるんだよ?」


 クスクスと笑いながら千紗都に返した。

 千紗都は「んもぅ〜」と頬を膨らめたあと、すぐに微笑んだ。


「私より後に寝てるんだから寝坊に注意するのはちはやちゃんだよ!」


 これは一本取られましたな。といった感じでちはやは笑っていた。

 何気ないやり取りを終えて、千紗都はちはやに「おやすみなさい」と告げるとちはやも応えるうに「おやすみ」と優しく囁いた。

 メニュー画面にあるログアウトをタップしてゲームのタイトル画面へ移動した千紗都は楽しかった時間の余韻に浸っていた。


「明日もちはやちゃんとゲームするの楽しみだなぁ。次は洞窟探検とかかな」


 静寂に包まれた薄暗い部屋の中で明日のことを想像して、こんな日常がずっと続いたら幸せだなぁ。と心の底から思っていた。

 明日も早いことだし今日はもう寝よう。と考えた千紗都はスマホの電源を切ろうとした時、ゲーム内にメールが一通届いたことに気がついた。


「うん?なんだろう、ちはやちゃんかな?」


 何か言い忘れたことでもあったのだろうかと感じた千紗都はメールボックスを開いた。

 それはちはやからのメッセージではなく運営から送られたものであり、書かれていた内容に千紗都は困惑していた。


 ──────


『おめでとうございます、貴方は魔法少女げぇむを更に体験できるプレイヤーに選ばれました』とそこには書かれていた。

 更に下へ文が続いてるためスクロールすると『この招待状はとある条件を満たしたプレイヤーにのみ送られており、参加された方は他のプレイヤーにこのことをお話することを厳禁となっています。』


 ──────


「これって…ゲームのイベントかな?」


 千紗都は疑問に感じながらもメールの内容を最後まで読んでみることにした。


 ──────


『この招待を承諾した場合、以下のようなチャンスがあります。

 このゲームのラスボスまで到達できた者にはどんな願いも叶えることを約束します。

 ただし、一度死亡してしまった場合はゲームオーバー。再挑戦の機会は二度とありません

 より、リアルな体験をして頂くために本来はプレイヤーキルできない仕様を解除し、他の魔法少女からの妨害を許可しています。

 スマホを破壊されてしまうとゲームに接続できなくなるためご注意ください』


『Live or die make your choice』


 ──────


 突然な出来事から理解が追いつかないのと不気味な招待状が届いたことにしばらく戸惑う。

 これは本当にゲームイベントなのだろうか?と疑い再度、送り主を確認したが間違いなく運営からのものであった。

 匿名掲示板に同じ招待状が届いてる人がいるかも。と思いついた千紗都は、別のタブを開いて調べようとするがゲーム画面から離れることができず、招待状の中にある「参加」「不参加」のどちらかを選択しなければ他へ移動できないのではないかと感じた。


「どうしよう…でもこのメールは運営からで間違いないしレアイベントの招待状かもしれないよね…」


 どんな願いも一つ叶える。この言葉に魅力を感じない者はいないと思うが、それと同時に疑うことも珍しくない。魔法少女げぇむの開発元はかなり大企業で人一人の願いを叶えるくらい造作もないだろう。と幼い少女は考えた。


 しばらく悩んだ末に千紗都は結論を出した。


「ゲームオーバーになっても参加券が失うだけならいいかな」


 死亡してしまったとしてもまた、いつものようにちはやとゲームをやる日々に戻るだけ。そう考えた千紗都は軽い気持ちで「参加」ボタンを押した。


 画面は切り替わり「ご参加ありがとうございます」と表示され、数秒ほど経過するとスタート画面に戻った。


 奇妙な体験したせいか緊張していたのもあり、喉が渇いていた。

 寝る前に水を飲もうと思いたってスマホとチップの連動を解除して現実世界の視界へと戻る。


「まだこの時間だしお父さんとお母さん、起きてるかな?おやすみなさいって言っておこう」


 千紗都は一階のリビングへと向かった。新しめの家ということもあり、階段を降りても家鳴りがしないためとても静かで心が落ち着ける。

 リビングの扉の前まで行くとモザイクガラス越しに部屋に明かりがついていないことが分かり、両親はもう寝てしまったのだろうと感じた千紗都は、静かに扉を開けた。

 少しずつ開けていく扉の向こうにはこの世のものとは思えないほど残酷な世界が広がっていることを目の当たりにする。


「──────っ!!」


 驚きのあまり千紗都は声が出なかった。


 そこにいたのはソファに横たわった両親であり、月の僅かな光が照らしたものは紛れもなく血であった。

 想像を絶する状況に理解できない千紗都の足元には、赤黒い液体が流れてきていた。

 それは生暖かく、そしてドロっとしており無数の血痕が床や家具に塗られていた。

 パニックになりつつも状況を理解しようとした千紗都は辺りを見渡してみると両親のいるリビングの向こうに怪しげな人影が暗闇の中に潜んでいた。


「だ、誰かいるの…?」


 月の光が両親から離れていき、少しずつ怪しげな人影へと近づいていく。

 月夜が照らした先にいたのはおよそ人間ではなかった。

『ナニカ』がそこにいた。

 後ろ姿しか確認できなかったが千紗都は直感的に、人間ではないような気がした。

 混沌に包まれたような風貌をしており、現実にはいるはずのない存在がそこにいるかのような感覚。

 気配に気づいたナニカはゆっくりと千紗都の方へと振り向いた。その顔はとても不気味で異形であったが見覚えのある形をしていた。

 姿形こそは人間だがトカゲのような尻尾に牛のような角を生やし、殺意の籠った鋭利な爪。

 先程までに千紗都が遊んでいた魔法少女げぇむに登場する「悪魔」というモンスターそのものだった。

 悪魔は不気味な笑みを浮かべながら言葉を発せられない程に怯えていた千紗都の元へゆっくりと近づいた。


 重力を感じない軽い足音が一歩ずつ。


 恐怖のあまり直感で「私も殺されてしまう」と感じてしまった千紗都の身体は恐怖で動かない。

 助けを呼びたくても声が出ない。悪魔の後ろには両親の遺体が無造作に転がり落ちていて千紗都の心はとうに限界を迎えていた。


 悪魔が千紗都に触れようと手を差し伸べた瞬間、リビングの窓硝子が爆風で破壊され、割れた窓の外から無数の剣のような物体が悪魔に向かって襲いかかる。

 悪魔は咄嗟に身を守りながら千紗都から離れるように後退した。

 無造作に飛んでくる剣が両親の遺体に当たりそうになるところを見た千紗都は反射的に両親の元へ一心不乱に向かっていた。これ以上、傷がつかないようにと上に被さり身を呈して守ろうとした。

 十秒ほどで外からの攻撃が止まると奥の方へ回避していた悪魔は千紗都の方を見ると、不敵な笑みを浮かべていた。

 割れた窓の向こうに人影があることを確認した悪魔は徐々に透明になり、やがて消滅した。


 危機が去ったことに安堵した千紗都は全身の力が抜けてしまい両親の上で倒れてしまった。

 生暖かい血が千紗都の身体全体に伝わり、目に映った母親の顔は恐怖そのものだった。

 突然、両親が亡くなってしまった現実を受け止められない千紗都は悲しみのあまり、瞳から涙がボロボロと落ち、固まっている血の上で水滴を創った。


「お母さん…お父さん…どうして…」


 言葉にできない悲しみが千紗都を襲っていると背後から硝子を踏んだ足音が近づいた。

 悪魔以外にまだ誰かいるのかと怖くなった千紗都が振り返るとそこにいたのは、同い年くらいの女の子がいた。

 黒髪のショートボブで敵意を全く感じさせない優しい目をしていた。アニメなどで見るゴシック調のワンピースに月夜に照らされたピアスがとても印象的だった。

 どこかで見たことのあるような顔をしていた彼女は千紗都に問いかけた。


「橘さん、大丈夫ですか?」


 その問いに千紗都は答えることなく意識が途絶えてしまった。


 ──────


 気を失ってどのくらい経ったのだろうか、千紗都はあの光景を目の当たりにして正気でいられるのか分からなかったからなのか家族との思い出が流れるように過去の記憶が夢として見せた。一つ一つが一瞬で通過していく写真のような一枚が千紗都にとっては長いようで短い記憶。

 両親が亡くなったのはもしかしたら夢で今見ている記憶が現実なんじゃないか、と思えるほどに鮮明だった。


『どんなことがあっても千紗都は千紗都でいなさい』


 優しく語りかける母。


『何があってもお父さんは千紗都の味方だよ』


 微笑みながら父は千紗都に語りかけたあと母の肩を抱いた。

 まるで遺言のような最期の一言だった。言葉を返したら二度と戻らない。そんな気がした。


『──────だから…──────』


 その言葉の続きを聞く前に千紗都は目を覚ました。

 ゆっくりと開いた瞼の先にあったのは、知らない天井が最初に映り、瞼が全て開くと周囲にあったのは白のカーテンが自分の周りを囲っていた。 右側に少し視線を向けると頬に涙が伝って流れ落ちた。


「あれ、なんで泣いてるんだろう」


 自分の涙だった。

 千紗都は意識を失ってる間に見ていた夢を覚えていなかったため、自分が何故泣いていたのか理解できなかった。

 落ちた涙を指で拭おうとした時にカーテンの向こうから勢いよく見知った女の子が近づいた。


「千紗都!目が覚めたんだね!」


 今にも泣きそうな幼馴染のちはやだった。その後ろにはちはやのご両親が心配そうに千紗都を見ていた。


「ちはやちゃん、どうしたの?ここは、どこ?」


 状況が掴めない千紗都は辺りを見渡しながら自分に起きていることを整理しようと試みる。


「ここは病院のベッドでね、怪我はないけど意識が戻るまで入院していたの。千紗都の家に強盗が入って…」


 千紗都がはっきりと意識を取り戻したことに実感が湧いたちはやは、溢れる涙を裾で拭っていた。


「強盗…?」


 聞き返すように千紗都は問う。


 涙が止まらないちはやは言葉が上手く出てこない。説明できないところにいると後ろにいたちはやの両親が代わりに言葉を続けた。


「千紗都ちゃんの家に強盗が入ったことは覚えてるかな?」


 千紗都の記憶にあるのは魔法少女げぇむに登場する悪魔と、どこかで見たことのある少女のみ。


「わからない…です」


 言葉と言葉の間に息が詰まる。自分の知っている事実が夢なのか、それとも現実だったのか。


「千紗都ちゃんのご両親が、千紗都ちゃんを守ってくれたんだよ」


 ちはやの母が告げた言葉で思い出したかのように千紗都は勢いよく起き上がり、ちはやの両親に質問をした。


「お父さんとお母さんは!?」


 やはりそう来るか。とちはやの両親は辛そうな表情で視線を下に向けた。

 数秒の沈黙が続き、ちはやの父が応えた。



「強盗に殺されてしまったんだ」


 千紗都の動きが止まった。言葉の意味を理解するのにそう時間はかからなかったがその場にいた人間はまるで時間が停止したような静けさが永遠に続いてるような錯覚に陥る。

 喜びで泣いていたちはやの泣き声は、悲しいものに変わっていた。

 言葉がなにもでなかった。声が出ないってこういうことなのかな。そんな考えが千紗都の脳を支配する前に疑問が先に生まれた。

 ちはやのご両親にその疑問を聞こうと千紗都は声を出そうとするが、耐え難い現実へのストレスからそれを止められる。

 続けてちはやの両親は千紗都に言葉をかけた。


「気持ちが整理できたらウチにおいで。千紗都ちゃんが一緒に住んでくれたら、ちはやも嬉しいだろうしわたし達も歓迎するわ」


 ちはやの母はそう言って千紗都の肩に手を乗せた。


「勿論、千紗都ちゃんが決めていいわ。時々、自分のお家に帰って一人て過ごすのもいいし、ちはやとお泊まりしてもいいのよ」


 優しく語りかけてくれるちはやの母はそっと千紗都の頭を撫でていた。拒絶されるんじゃないかとその手はビクビクしていたが千紗都の耳には何も届かなかった。


「退院する時にまた迎えに来るから、その時に答えてくれて構わない。ご両親の葬儀はちはやに伝えるからまたお見舞いに来るよ」


 ちはやの母の後ろでちはやの父は視線逸らしながらそのように伝えた。

 家族を失ったまだ中学生の女の子にはあまりにも酷な現実だと思うと怖くて千紗都を見れなかったのだ。

 泣いてしまうんじゃないかと心配していたのを他所に事実を受け入れられなくて涙も声も出ない女の子がそこにいたのだからちはやの父には耐え難い光景だった。


「母さん、ちはや、行こう。今は一人にしてあげよう」


 泣き止むことのないちはやと、ずっと暖かい目で千紗都を見ていた母の肩を叩いて三人は退室しようとした。

 両親が病室を去ったあとに、ちはやは千紗都に視線を向けた。


「辛くなったら電話してね、すぐ行くから」


 少し落ち着いたちはやは少し声をかすれながらも親友である千紗都を元気づけるために放ったその言葉は千紗都の心を少しでも救っていたらと思っていた。

 扉が全て閉まりきるまでちはやはずっと心配そうに千紗都を見ていた。



 一人になった千紗都の頭の中は混乱していた。両親の死は確信できるだけの証拠が脳内映像として残っていたため疑う余地もなかったが、死因がゲーム内に登場するキャラクターに殺害されたのではなく強盗であったこと。

 それが千紗都の記憶との違いであり不可解であった。

 それと、気絶する直前に見た女の子。


「どこかで会ったことがあるような…」


 小さな独り言が漏れ出た。だがそんなことよりも千紗都の感情は別のことが乱入してきたのだった。


 両親の死が事実であることへの気づき。


「お父さん……お母さ…ん…」


 ちはやとちはやの両親の前では状況が掴めなかったために出なかった涙は思い出したかのように溢れていた。深い悲しみと後悔が千紗都の心を壊していくように。


「どうし…て、ど…うして…」


 たった三人の家族で、仲良く暮らしていた日々が今この瞬間から二度と訪れることはないと自覚していくことへの深い絶望感。涙を拭っても拭っても千紗都の視界はずっとボヤけたまま。

 大きい声で泣きたい気持ちを抑えて枕に顔を埋めた。自分の涙で濡れていく枕は千紗都の悲しみを溺れさせていた。


 昼頃に目を覚ましていた千紗都は、夕方までずっと受け入れたくない現実と受け入れるしかない現実の境目を行き来しつつ泣いていた。

 病室の前にずっとちはやがいることを知らずに。


 千紗都が辛くて連絡したらすぐ駆けつけれるように部屋の前にある三人ほど座れるソファに座っていたが少し聞こえる泣き声にちはやは、かける言葉が何も思いつかなかった。

 今、連絡が来たら何を言えばいいのか分からなかった。

 大切な存在を失った親友の深い絶望。

 適切な言葉が存在してもそれが正しい言葉なのか不安にさせる揺らぎ。

 決断できない自分の無力さに千紗都とは違う絶望が、ちはやの心臓を掴んだ。


 しばらく時間が経つと千紗都は泣き止んだようで物音もしなくなったため、ちはやは泣き疲れて寝てしまったのだろうと思い立ち上がった。

 一瞬だけ、下に目線を向けて再び前を見るとそこにいたのは見知らぬ女の子。

 千紗都と同じ中学校の制服を着ており綺麗な黒髪が後ろ姿でちはやの目の前にいてその先にあるのは千紗都のいる病室だった。


 ──────



 千紗都は少し落ち着いて、涙は止まったがまだ悲しみの感情が支配していた。この苦しみを少しでも逃れたいと感じた千紗都は、ちはやの言葉を思い出してすぐにベッドの横に置いてある自分のスマホを手に取った。

 スマホのロック画面が表示されたのと同時に扉をノックする音がした。

 きっとちはやが心配して戻ってきてくれたんだと思った千紗都は安心した声で


「ちはやちゃん?また来てくれたの?」


 と問いかける。


 スライド式の扉が徐々に開いていき、千紗都はすぐに、ちはやの元へとベッドから降りて駆けつけようとした。

 だがそこにいたのはちはやではなく、あの時見た少女だった。


「橘 千紗都さん、ですよね。少しお話いいですか?」


 少女は不穏な空気を漂わせて、不安な表情をしながら千紗都に問いかけたのだった。


 同じ制服を纏った少女はどこか追い詰められているような緊張感を走らせながら千紗都に問いかけた。


「昨日のこと、覚えていますか?」


 千紗都は病室のベッドに腰を下ろして少女は先程、ちはやの両親が座っていたパイプ椅子に座った。


「昨日のこととは、どのことでしょうか」


 千紗都は記憶が混乱しているためか、事実を確認できない現状を知るためにあえて含みのある言い方で問い返した。


「ごめんなさい。変な聞き方をしてしまいましたよね」


 少女は小さく深呼吸して自分の胸に手を当てて緊張感のある空気をなんとかしようと試みた。


「私の名前は、佐倉汐織さくら しおり。橘さんと同じ中学に通っていて隣のクラスです」


 続けて汐織は言葉を繋げた。


「昨日、橘さんが目にした光景は全て事実であり紛れもなく現実で起きたことです。覚えていますか?」


 淡々と説明するように話しているようで、どこか動揺を感じる話し方に千紗都は気づいていながらも自分の感じた違和感や疑問を汐織に問いかける。


「私の家に、強盗が入ったことでしょうか」


 千紗都は、もし汐織の言うことが本当であれば強盗という回答は否定されると考え、あえて違う事実を口にした。

 汐織は少し沈黙した。視線は下へ向いており、何か悩んだ様子を見せていた。

 制服のスカートを強く握り、何かを決意した汐織は再び千紗都に視線を合わせた。


「いえ、橘さんのお宅に『悪魔』が出現したことです」


 千紗都はその言葉を聞いて様々な感情が渦巻いていることにすぐ気づいた。

 やはりそうだったのか。という安心と、では強盗という事実は一体なんなのか。という不安。


「橘さんのご両親は間違いなく悪魔の手によって亡くなってしまいました。ですが現実では強盗という形で認識されています」


 含みのある言い方をする汐織に「どういうこと?」と聞き返す。


「橘さん、先日のあの時間に何かありませんでしたか?」


 そう聞かれた千紗都は事件の直前にあったことを思い出した。気になるとしたらレアイベントの招待状が届いたことくらい。

 だがそれと今回のことはどう繋がるのか全く理解できなかった。

 千紗都は汐織にただ、聞くことしかできなかった。


「あのことが起きる少し前に、友達とゲーム終えたらゲーム内メールに見たことのないレアイベントが発生して…」


 無関係。と思いつつも千紗都は少しの可能性を考えていた。両親を殺害したのはゲーム内の悪魔であること。


「レアイベントのゲーム参加をしたこと…かな」


 少し視線を落としていた千紗都は言葉の最後に視線を汐織に戻した。無関係なことを話していたら。と不安な気持ちだったからだ。

 だが、汐織の表情は先程よりも曇っていくのが千紗都には理解できた。

 無関係ではなかった。と


「橘さんがあの悪魔を認識できている時点で疑う余地はなかったのですが、今の言葉ではっきりしました」


 そう言うと汐織は静かに立ち上がり、千紗都の目の前まで近づいた。


「橘さん。あなたはあの瞬間、魔法少女になりました」


 真剣な顔で汐織はそう結論を述べる。だが千紗都には何を言っているのか全く理解できなかった。

 この地球上において魔法はフィクションであり実在しないおとぎ話のようなもの。漫画やアニメの世界でしか見ることのできない非現実的な概念。

 キョトンとした表情をした千紗都を見て、汐織は続けて話した。


「橘さんの元に届いたメールは、ある基準を満たした少女だけに送られるスカウトみたいなもので、それを承諾してしまうと強制的にゲーム世界へ送り込まれる」


 目の前にいた汐織は千紗都の病室を歩き回りながら説明を始めた。


「橘さんにも、なんでも願いが叶う代わりにラスボスを倒すような依頼が届いたと思います」


 汐織の言う通り、千紗都の元に届いていた。

『このゲームのラスボスまで到達できた者にはどんな願いも叶えることを約束します』


「そして橘さんは、それを承認してゲームへの参加をした」


 まるで見ていたかのように正確な分析。


「最後に、ゲーム内に出現する悪魔にご両親を殺害されてしまった」


 淡々としているようでどこか申し訳ないが事実を確認するために辛いことを思い出させたことへ詫びるように視線を千紗都へ向けた。


「以上のことから、橘さん。あなたは魔法少女になってしまったことを確信しました」


 今の説明でも千紗都はやはり、理解できないことがいくつかある。


「佐倉…さん。わからないことがあるからいくつか質問してもいいですか?」


 汐織は「もちろん」と答え、再びパイプ椅子に座った。


「どうして、私がゲームに参加したことによってお父さんとお母さんが殺されないといけないの?」


「わからない」と汐織は答える。


「どうして、お父さんとお母さんが殺されたの?」


「わからない」と再び、汐織は答えた。


「私が魔法少女になった証拠はどこにあるの?」


 汐織は千紗都の質問に答えようと周囲を少し見渡した後にスマホに指を指した。


「橘さんのスマホ?」と汐織は質問をする。


 千紗都は静かに頷いた。


「魔法少女になった証拠はここにあります」


 汐織は机の上にあったスマホを千紗都に渡して、チップと連動するように勧めた。

 病院でゲームをすることは御法度だと知りつつも千紗都は好奇心に負けてしまい、言われるがままゲームを起動した。

 が何も起きない。いや、何も起きなすぎるのだ。


「いつものスタート画面、ないでしょ?」


 千紗都は少し驚くように汐織を見た。


「橘さんはそこにそのままいてください」


 そう言って汐織は立ち上がり、千紗都が見えやすいように正面へと移動をした。

 汐織が制服の胸ポケットからスマホを取り出し、2、3回ほど画面をタップしている様子を見ていると突然、汐織の周りが光だしたのだ。

 何かに包まれるように。そして何かが起きているように。ほんの一瞬だった、驚いてる間に先程まで同じ制服を着ていた汐織はあのゲーム内の魔法少女のような姿に変わっていた。

 そしてその姿は、千紗都が気を失う直前に見た魔法少女だった。



「な…これは…えっ…?」


 千紗都は動揺を隠せなかった。


「今この瞬間、私は現実世界から消えました」


 魔法少女の姿をした汐織に驚きを隠せなくて話が全く頭に入らない状況だった。


「チップを連動した瞬間から橘さんも現実世界から姿を消しています」


 拍車をかけるように汐織は全てを説明した。


「今ここは現実世界と全く同じ景色をしたゲーム空間。見た目は同じですが、全く違う。つまり、パラレルワールドのような場所。

 ですが、ここで起きたことは現実世界と繋がっていて、仮にここで私が魔法を使えば現実世界では『魔法で病室を破壊した』ではなく『建物の劣化による破損』になります。

 橘さんのご両親も同じく、事実は『悪魔に殺害された』ですが、現実世界では『強盗によって殺害された』と改ざんされています。

 現実世界とゲーム世界は繋がっているので辻褄が合えば起きたことは関係なく、結果を揃えています」


 全く千紗都には理解ができなかった。できるわけがなかった。


「橘さんも魔法少女だから変身できるはずです。スタート画面のままなのでもう一度、スマホの画面をタップしてみてください」


 言葉が全く出てこない千紗都は困惑しながらも汐織の言うようにスマホに視線を向けてタップする。

 画面が進むといつもと違うメニュー画面が表示された。とてもわかりやすく魔法少女のシルエットと共に『変身』と書かれた二文字。


「それをタップするだけで橘さんも魔法少女になれます。確認してみてはいかがですか」


 躊躇いもなく千紗都は変身ボタンをタップした。



 座っていたベッドから身体が浮き上がりスマホから漏れた小さな光は瞬時に膨れ上がり、千紗都を包み込んだ。次々と病院の服からいつも自分が使用していたアバターへと変身を遂げていき、やがてそれは完成した。

 自分がゲーム内でデザインしていた魔法少女がそのまま自分になっていることへの実感。

 ブロンドの髪色とセミロングにマッチした赤を主軸としたシンプルなワンピース。可愛い衣装を意識して配置された黒や紺色が『橘 千紗都』を上手に表現できている。

 普段、髪を縛らない千紗都がゲームのアバターにはサクランボのヘアゴムでサイドテールを結っていた。


「本当に、魔法少女になってる…」


 魔法少女の姿になった千紗都を見つめる汐織の目は一瞬だが見惚れてるような気がした。だが、汐織は気を取り直してすぐに緊迫した表情へと戻って説明を続ける。


「魔法少女にとってスマホは大切な物なので大事にしてください。変身を解除するにはブレスレットに形を変えたそのスマホのボタンを押すと元通りになります」


 千紗都は説明されたブレスレットを確認するために左手を目の前に運んで、ボタンの有無を確認した。

 確かにとてもシンプルな見た目をしたブレスレットだが一箇所にだけ小さな突起のようなボタンがあった。


「今は何もモンスターが出現していないので変身を解除しましょう」


 そう言った汐織は右耳にあるピアスを千紗都に見せて、宝石かと思っていたそれはボタンだと言うことを示すとそれを押して変身を解除した。

 千紗都も変身を解除し、すぐに汐織へ問いかけた。


「佐倉さんのはピアス、なんですね」


 汐織は小さく頷いて「そうです」と答えた。


「それぞれ、魔法少女ごとに衣装は異なっていて装飾品も違うのでスマホがどの形になるのかはその人次第になります」


 現実世界に戻った千紗都は周囲を見渡すが、やはり先程と何が違うのかわからないほどにゲーム世界とマッチしていたことがわかる。

 ゲーム世界で起きたことは現実世界で別の事象として発生する。これを納得するのはとても簡単で千紗都の記憶とちはや達の言う事実が異なったことにも頷ける。

 それでも疑問点はいくつかあった。



「私が魔法少女になったことは理解できました。まだあまり実感がないけど…でも、それでも、私の家族が殺されてしまった理由が全然わからない」


 何故、千紗都の両親は殺害されてしまったのだろうか。ただそれだけが疑問だった。そしてもう一つ。


「佐倉さん、あの時、助けに来てくれたの?」


 最後に見た少女が汐織だと知った千紗都の率直な疑問。

 その言葉で汐織の表情は一変し、とても辛そうに苦しそうに唇を噛んでいた。


「ごめん…なさい。もう少し私が早く到着していたら…」


 拳を握りしめて悔しそうに嘆く汐織を見た千紗都は、彼女を責めるのは違うのかもしれない。と素直に感じた。

 事の始まりが自分の軽はずみな気持ちからの参加であれば家族を失った原因は自分なのではないかと千紗都は冷静に客観視していた。それで到着の遅れただけの汐織を攻撃するのは八つ当たりではないか。と


「ううん、佐倉さんが悪いわけじゃないよ。私が起こしたことだから私にも責任があると思うの」


 それでも家族を失ってしまったショックは大きく、今でも受け入れ難い現実なのは認めざるおえない。


「私ね、どんな理由があってもお父さんとお母さんを殺したあの悪魔を絶対に許さない」


 天井を見上げる千紗都と、それを見つめる汐織。


「なんでも願い、叶えてくれるんだもんね。生き返らせてくれるよね。きっと」


 何かを決意したように千紗都は今まで不安と絶望で曇っていた表情が明るくなり、汐織に視線を向ける。


「私、魔法少女になるよ」


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