第21話 新生児の洗礼、眠れない日々

大学1年の冬に息子が誕生し、美咲と悠真は喜びと感動に包まれていた。しかし、退院後、彼らを待ち受けていたのは、想像をはるかに超える新生児との生活だった。夜中の授乳やおむつ替え、寝かしつけ。昼夜の区別なく訪れる育児のタスクに、美咲の体は常に疲労困憊だった。


(また、泣いてる……)


午前二時。美咲は、枕元に置いたスマートフォンの明かりで時間を確認した。横で小さく寝息を立てる息子の隣で、美咲の体は鉛のように重い。授乳を終えて、ようやく眠りについたと思ったのも束の間、また小さく泣き声が聞こえてくる。眠れない日々が続き、時折、精神的な限界を感じることもあった。


「美咲、今日は少し寝ていろ。ミルクは俺がやるから。お前はよく頑張ってる。」


美咲が起き上がろうとすると、隣で寝ていた悠真が、いつの間にか目を覚まし、優しく美咲の肩を抱いた。彼は、あの分娩室で「妊娠中や授乳期の妻の苦労を知らない夫なんて認めない」と言い放った母の言葉を、文字通り心に刻んでいたようだ。夜中の授乳時間になれば、母乳を飲ませる美咲に代わって、悠真がミルクを作ってくれる。彼は、おむつの交換も手際よくこなし、時には寝かしつけのために、子供を抱きかかえて部屋の中を何時間も歩き回ってくれた。


美咲の母である真由美もまた、育児の経験者として、頼りになる存在だった。新生児の泣き止ませ方、離乳食の進め方、ちょっとした病気の対処法。机上の知識だけではどうにもならないことも、母の実践的なアドバイスのおかげで、美咲と悠真は少しずつ親として成長していった。悠真は、母の指導を真剣に聞き、それを素直に実行する。彼のその姿は、まるで、美咲が彼の「恋愛レッスン」をしていた頃の彼を見ているようだった。


「悠真くんは、本当にいいお父さんになったわね。私が言ったことを、全部実践してくれているわ」


母が悠真の育児への積極的な参加を見て、深く頷くたび、美咲の心には温かいものが広がった。今まで「しっかり者」として生きてきた美咲にとって、誰かにこんなにも甘えられる経験は初めてだった。彼の真面目なサポートは、美咲に大きな安心感を与えてくれた。疲労困憊の日々の中でも、悠真の存在が、美咲にとって何よりも心強かった。


夜中の静寂の中、息子がようやく眠りにつき、美咲も隣で目を閉じる。悠真の腕が美咲の体を優しく抱き寄せ、その体温がじんわりと伝わってくる。眠れない日々は続くけれど、この温もりがあれば、どんな困難も乗り越えられる。そう、美咲は確信していた。美咲の人生設計に、計画にはなかった「育児」という項目が、しかし、最も尊いものとして刻み込まれていった。

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