雨露うろ
ゆつらし
第1話
ひとりの人間が横たわっていた。
まあ、おそらく人だろう。
顔はあるが、耳はない。少なくとも尖った耳はない。毛が生えているのも頭だけ。
人でなければ、毛を剃られた猿だろう。ただ服を着ているから、まあ人に間違いない。
人と仮定して話をしよう。
その人間はうろの中に横たわっていた。森で一番大きく醜い木のうろだ。
森の住人は
人間の体も濡れていた。
頭の毛が肌に張り付いている。毛ほどの役にも立たなそうな服も水を吸って重そうだった。
"毛ほど"の意味が通じたいかい?
自慢じゃないがジョークには自信があるんだ。
さて、人だな。
横たわっている。それはさっき言ったな。
うろの中に頭を突っ込んでいる。体も半分ぐらい入っている。足は出ていた。
人というのは、時に不可解なことをする。意味が分からないな。
どうして足まで入れないのか。
おかげで足を半分なくしていた。どこかに忘れてきたんだろう。あるいは、なにかに持っていかれたんだろう。
森の住人は人と戯れるのが好きだからな。
いまも、ほら、地面をかぎ回りながら、茶色い毛皮を着た獣が寄ってきた。
朝露に濡れた苔を踏みしめながら、そろりそろりと人に近づいて行く。
朝の森はうるさいほどに賑やかで、みんな自分のことで手いっぱい。
獣の動きなど気にしているのは、まあ私ぐらいなものだ。
誰にも気づかれず、人にさえ気づかれず、獣は伸ばした爪で人の足に触れた。半分なくした足だ。
獣に足を引っかかれても、人は起きなかった。皮膚が割けても起きなかった。
獣は低く鳴いた。藪の中から小さな獣たちが飛び出してきた。
ああ、どうやら朝食に決まったらしい。
ガツガツ、ガツガツ。
人の体が揺れる。
うろの中で人は獣の中に収まっていく。
ガツガツ、ガツガツ。
満足した獣たちが去ると、新しい獣がやってきた。
新しい獣が去ると、新しい鳥がやってきた。
新しい鳥が去ると、新しい虫がやってきた。
そうして人は獣になった。そうして人は鳥になった。そうして人は虫になった。
そうして人は私になった。
雨露うろ ゆつらし @yutsura
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