第14話
ソロで千人の箱を完売できたのは、さすがに誇って良いだろう。二月のライブはちょっと大きく取っていた。と言うか取らされた。前回は入れなかったと苦情が多数事務所に届いたらしい。あとアルバムが足りないとも。嬉しい悲鳴ではあるが、俺にとって何より嬉しいのは、このライブに亜弓も倭柳もジル兄も来てくれたことだった。倭柳は必須と考えていたけれど、ジル兄はもっと後にならないと会えないと思っていたから。それこそ夏のバカンスとか。
でも実際クリスマスの時点で学校は卒業していて、今は何かの研究をするために実験室に助手として残っている状態らしい。何の研究をしているのかは分からないが、それでもとにかく時間がいくらか自由になったと、飛行場から遠いライブハウスに来てくれたことは嬉しかった。角がむずむずするぐらい。
今日ぐらいいんじゃないか。俺はいつものようにトイレの個室で本性を現す。ちなみにこの二月のライブで、俺達のインディーズ活動は終了することになったらしい。メジャーレーベルに繰り上がり、デリデビさんとも一緒だ。そのデリデビさんたちも目立たない格好で来ていることに気付くと、身が引き締まる思いである。
「ようガッティーナ達ー!」
「きゃー!」
「ご存知かご存知じゃないかは知らないが、俺達のインディーズライブはこれで終わりだ!」
「きゃー!」
「これからはメジャーデビューってことになる! 現役高校生バンドのインディーズ最後の舞台、録画も録音もして目に焼き付けてくれよな!」
「わー!」
「そんじゃ行くぜー『千年王国』!」
一番人気のある曲から始める。ばさばさ羽が鳴るのを初めて生で見た隆介はちょっと驚いていたが、それでも変わらないギターで今日もアレンジを入れて来た。それに付いて行く純怜は相当すごいんじゃないかと思う。今更だが。だってアレンジが毎回違うんだ、隆介は。気分によって変わると言うか、めちゃくちゃ自分勝手な進行と言うか。ドラムはそれほど苦でもないようだが、ベースはしんどいだろう。でも食い付いて行く。良い仲間を持ったと、俺は本気で思う。
「君はいないいないいないいない
僕が嫌い嫌い嫌い嫌い
でも僕は君を愛愛愛愛
愛しているからねえねえねえねえ」
振付を覚えているファンたちが手を伸ばしてくる。ステージを下りるようなことはしない。そこは線引きだ。ぐちゃぐちゃに混ざっているようで俺達は混ざらない。魔王の本性を現している俺が振れてしまったら、無意識にエナジードレインしてしまう可能性もある。ファンに対してそれは。出来ない。だからせめて手を振る。ちぎれそうなほどに、手を振る。
「我が侭を聞かせてよ恋恋恋恋
恋をしているならねえねえねえねえ
逃げないでmy my my my
Angel I want to KISS KISS KISS KISS」
「KISS ME yeah!」
隆介の煽りに会場は沸き立つ。俺ももう瘴気を制御できなくなっていた。だだ洩れになるそれに、魔族たちは弾ける。魔族でなくても弾ける。みんなが弾ける。そんな時間を作っているのが自分たちであると言うことが誇らしくなる。そして尊敬する先達や、きょうだいたちに見守られている適度な緊張感がまたぞぞっと背をそそる。
気持ち良い。歌うことは素敵だ。今度転生したら歌をもっと広めよう。なんなら俺が歌教室を開いても良い。そしたら鼓笛隊にやられる下級魔族は流石に鍛えられるだろうから。歌で勝負だ、勇者たち。勇者一行。そう言えばあれ、結局誰だったんだろうな。後で倭柳に頼んで送り先を調べて貰うのも良いかもしれない。
脅迫行為に甘んじないぞ、こっちは。こんだけ広い箱で、満員のファンの中で、歌えることは楽しいんだ。嬉しいんだ。生きてる感じがする。こっちの世界に、生きてる感じがする。受け入れられてる気分になれる。歌っている時は。そう、この時だけは。
「Ah――――――――!」
声を張り上げる。明日の喉なんて気にせずに。大丈夫、龍角散は飲んだ。ちょっとぐらい無理しても良い。クラスメート、いじめっ子、みんな纏めて。
「ぐるぐるに混じって愛し合っちまえよーお前らー!」
きゃーっと声が上がる。
隆介の曲も受け入れられて、早くも覚えて合唱してくれる人たちがいた。嬉しい。みんなで歌える、なんて楽しい時間なんだろう。俺は幸せ者だ。こんなにファンに恵まれた。良い楽曲に恵まれた。ラブ&ピースもセックス&ドラッグも、ロックの中では平等だ。平等に煌めいて手が出せないほどの、キラキラ光る宝物だ。目が眩むような宝石さえも、ガラスのように安っぽく感じられるだろう。今この瞬間に比べたら、何もかもがそうだ。
二十曲、新曲六曲も合わせて歌いきると、アンコールを貰った。コートだけ脱いで、グッズのロンT姿でステージに戻る。
「まだ愛し合いたいかい、ガッティーナ達!」
「おー!」
「じゃあちょっとだけだぜ? wind with wind!」
ウッドベースとアコギの音、ドラムスはバスドラムがもう限界なんじゃないかと思わせられるぐらいだ。でも叩く。俺も歌う。風よ吹け。嵐よ轟け。風になれ。混じって行け。みんなみんな混じって行け。
最初は俺たちバンドの事だと思っていたけれど、よく聞いてみればファンとの一体化も望んでいるのかもしれないな、この詩は。今更気付いて、コーラスと声を合わせる。隆介の方を向いて、らーらーらー。らーらーらーらー。
純怜の方も向く。らーらー。らーらららーらー。
そして霧都の方を向いたら、サビだ。霧都の作った歌だから。霧都の所にもマイクは置いてある。初めて霧都の歌声を聞くファンは、わあっと沸いた。最初の頃は霧都もコーラス参加していたのだが、ドラムの忙しい曲を作るのでなくなっていったのだ。
でも今はバスドラム一本に頼らなくてもベースがいる。それは少し霧都に余裕を持たせていた。だから今回は霧都にもマイクを付けた。アンコールが来るかは正直賭けだったが、俺はそれに勝ったらしい。
このライブは撮影していて、カメラがあちこち飛び交っている。それを気にせずに歌うのは至難の業だったが、出来上がりが楽しみではある。DVDとして後日販売される予定であるらしい。今はまだ千人ちょっとだけど、もっともっとファンになってくれる人が出るように、サイトの更新もしなくちゃな。オフショットは毎回出してるが、化粧も取らずにコンビニおにぎりに齧り付いている純怜の写真なんて大受けだった。口紅ぐらい取ろうよ、とか、何味? とか。
飲酒許可年齢になったら、へべれけな間抜け写真も乗せて行こう。とは言え全員呑みすぎないようにしているのは恥を晒したくないからだ。ノンアルカクテルもちょっとはアルコールが入っている。それを二杯ぐらいで終わらせて帰るのが、俺達の打ち上げである。十二月のパフェとかアイスとかは例外だったのだ。例外だっただけに撮っていないのが惜しい。
インディーズ最後か。思うと今まで二年、ただひたすら走って来たもんだ。若さ以外の取り柄が無くなる前に、もっとちゃんと音楽シーンに出しゃばって行かなきゃ。食い付いて食い込んで行かなきゃ。
ぺこりとカメラに向かって、観衆に向かってお辞儀をする。
きゃああああっと声が響いた。
それを聞いてから、俺は先にトイレの個室で人間態に戻る。それから控室に行くと、マネージャーさんが冷たい飲み物を用意してくれていた。炭酸系じゃないのが嬉しいねえと、俺はリンゴジュースをごっごっと音を立てて飲む。ぷはあっと一気飲みにすると、ステージドリンクもリンゴジュースの方が良いように気がして来た。だが汗もかいてふらふらになった夏のライブの事もあるので、やっぱポカリかアクエリの方が安全なのだろう。
ふぃーっと溜め息を吐くと、置きっぱなしだった携帯端末にメッセージが入っているのを見付ける。
入れた覚えのないメンバーのそれは、例のでたらめアルファベットのものだった。
『拝啓魔王様
メッセージをご覧になり次第、
バックヤードから出られるドアまでいらっしゃって下さい。
我々にも考えがある、とは、警告させて頂いていたことです。
今回の瘴気放出はあまりに大きい。
魔族が暴れ出したら責任は取れないでしょう。
勇者一行 敬具』
メッセージソフトのアドレスまで知られてるとは。こりゃもしかして知り合いだと思った方が良いんだろうか、『勇者一行』って。まあ今日の俺は確かに瘴気を出しすぎた。それでも並の魔族では一週間程度しか持たない量だろうが、約束――俺は了承していないが――を破ったのだから、呼び出しはもっともだろう。
さて、鬼が出るか蛇が出るか。
ちょっと行ってくる、と俺はバックヤードから外に出られるドアで、暗い地下の会場から地上に上がって行く。
そこは薄暗いビルの隙間だった。
影は四つ。
知った身長差だ。
そうか。
あんたたちが、勇者一行だったのか。
「ハルカーン王国の勇者。マオ」
「スーベンク王国の勇者、ルシハ」
「シルゼン公国の勇者、サタン」
「アルジャータ王国の勇者、マリン」
そう――
勇者一行って、本当に勇者だけの一行だったのな。
そして。
デリバリーデビルズ。
あんたたちが、勇者だったのか。
はあっと溜め息を吐いて、俺は角と羽を放ち魔王の姿を取る。
「魔王ユリウス」
せめて可愛らしく、ウィンクをしてみる。
「呼びにくかったら、ユーリで良いよ」
レイピアのマリン。弓のマオ。ロングソードのルシハとサタン。一番警戒するべきは弓のマオだ。すでにその矢は俺を狙ってつがえられている。ロングソードはこの狭い路地じゃ使い物にならないだろうが、レイピアも怖いところだ。
俺のお茶目をちっとも気にしていない四人に、取り敢えず俺は訊ねてみる。
「どうして俺を殺そうとする?」
「お前が瘴気を振りまくせいで魔族が活発化するからだ」
「何かあった?」
「?」
「だから俺が瘴気を発するからって、何か事故が起きたり事件が起きたりしたかって聞いてんの。しかも凶悪な、ね」
「それは――」
「俺は何もしてないよ。魔族に指令を発している訳でも、人間を凶悪にしている訳でもない。たまにファンメールに紛れて上司を殺して欲しいとか夫を殺して欲しいとか物騒な依頼は来るけれど、そんなのはメールボックスで振り分けしてポイ、だ。俺は俺の生活が惜しい。この姿でも、人間の姿でも、見られたら一発で御用だからね。何せ魔王の姿は動画サイトで世界中に共有されている訳だから」
「詭弁だ」
「どこが? 俺に言わせりゃ、魔王の生まれ変わりだからって殺そうとしてくる君たちの方がよっぽど野蛮で詭弁臭いけれど。詭弁と言うか、能弁? 俺が諸悪の根源だとも言いたげに。俺がいなきゃ世界は事故すらもない平和な世界になるとでも言いたげに」
くそっくらえ。
そんなこと、あるはずがない。
ぎりっと弓がひき絞られる。
「能弁はそっちの方だろう。その力でメジャーデビューまでこぎつけて、より多くの魔族に瘴気を与えるつもりの分際で」
「それは違う!」
俺ははっきりと怒鳴る。
「それは霧都の、純怜の、リューの、俺の実力だ! 俺は何の魔法も使っていない! 俺たちの実力まで俺が魔王であることを考慮に入れないでくれ!」
びくっとしたのは全員だ。ここで俺が声を荒げるとは思っていなかったのだろう。だけど事実だ。俺達は自分たちの実力で登って来た。デリバリーデビルズのように。
「あんたたちだって歌が好きだから集まったんだろう? 歌いたくて演奏したくて集まったんだろう? なら偽りの魅力で人を惹きつけることに意味なんかないって分かってるはずだ! 知ってるはずだ! なのに俺達にはそれを焚きつけるのか? 俺は良い、でも他の三人にとってそれは失礼だ! 撤回してくれ!」
「――あくまで自分たちの実力だと?」
「俺にだってあんたたちの実力が分かるんだ、あんたたちにだって俺達の実力は分かるはずだろう? レーベルの繰り上げだって妥当な判断だって、分かるはずだろう? 何よりあの社長が騙されるように思えるか?」
大賢者だぞ、仮にも。
その力の所為で一か月に一日しか起きていられない、世界に対して責任を負う大賢者だ。
むうっと黙る勇者たち。マオの弓はまだ俺を狙っている。
「俺達はただ歌いたいだけだ。奏でたいだけだ。なんでそれを分かってくれない? なんで嘘だと決めつける? 瘴気に釣られてきたファンもいる。だけど結局、普通の人間と同じように、俺たちの音楽を愛し、俺達のキャラクターを愛してくれた人たちだ。それには何の変わりもない。俺達は! 自分たちの力で伸し上がって来た! 他人よりちょっと早いけれど、でも何の魔法も使わずにここまで来たことだけは認めてくれ! でなきゃ三人が――報われない」
「それが最後か?」
冷たい声がマオの口から響く。
俺は顔を上げた。
マリンとルシハ、サタンは複雑そうな顔を見せているが、唯一何も変わらない目で俺を狙っていたのはマオだった。
「なら死ね」
放たれた弓矢は――
ただし、俺に当たることはなかった。
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