疑われた春と、君のまなざし

Chocola

第1話

 「袋、お使いになりますか?」


 春の昼下がり。四十谷茉優(あいたにまひろ)は、いつものように静かにうなずいた。


 エコバッグを差し出すと、レジ係がピシャリと言った。


 「エコバッグは禁止されてます」


 ――え? 聞いたこともないルール。貼り紙もない。


 「じゃあ、袋代は……?」


 「5円追加でかかります」


 妙な胸騒ぎを覚えつつも、冷静に訊ねる。


 「おかしいと思うので、本社に確認します」


 すると急に、「あ、大丈夫です。エコバッグでOKです」と態度を変えた。


 後味の悪いまま店を出ると、幼馴染の丑丸かれん(うしまるかれん)が待っていた。


 「ねえ、まひろ……あのお店、ちょっと変じゃない?」


 「もう行かない。気分が悪くなる」


 けれど、それだけでは済まなかった。



 数日後、まひろは「万引き犯」として疑われていたと知る。


 ――犯人は、まひろに似た服装で、同じ日・同じ店舗で犯行を犯した大学生。


 さらに、まひろに敵意を持っていた同じ学部の女子が、匿名で「目撃証言」を流していた。


 だが、まひろの潔白は、意外な人物によって証明された。



 「……茉優ちゃん?」


 再会は突然だった。


 買い物帰り、偶然出会った青年――四十九院八尋(つるしいんやひろ)。


 中学で二年間だけ同じクラスだった彼は、まひろに一目惚れしていたという。


 「中学の頃、すごく好きだったんだ。ずっと、忘れられなかった」


 彼は大学で法学を学んでいた。まひろの件を知るや、すぐに調べ、証拠を集めて真犯人を突き止めた。


 本当に万引きをしていた学生は、映像解析と証言により退学処分となった。



 「……なんでそこまでしてくれるの?」


 まひろがそう問うと、八尋はまっすぐ見つめて言った。


 「茉優ちゃんは、誰にでも優しくて、でも自分には厳しい。誰かが守ってあげなきゃって、ずっと思ってたんだ」


 まひろは照れくさそうに目をそらす。


 「……恋愛とか、興味ないんだけど」


 「それでもいい。俺は待つから」



 かれんは、そんなふたりを温かく見守っていた。


 「まひろ、やひろのこと、嫌いじゃないでしょ?」


 「……まあ、嫌いじゃないけど」


 「じゃあ、それで充分!」


 ムードメーカーで人気者のかれんは、ずっとまひろの味方だった。そして八尋の背中も、そっと押していた。



 数ヶ月後。


 まひろは、八尋と正式に付き合い始めた。


 「君は頑固で、まっすぐで、不器用で……でも、そこがいい」


 「八尋くんは、器用で空気読めて、でもちょっと鈍感……でも、そこがいいかもね」


 真逆なふたりが、春のなかで、静かに恋を育んでいた。

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