EP08:朱すらも染め上げる緋
日暮、飛路。なぜ彼がここにいるのか、先の鳥の姿はなんなのか、聞きたいことは山ほどあった。だけれど、何を質問するよりも先に、この言葉が僕の口から絞り出された。
「助けに……来てくれたの……?」
「当たり前だ。そういう約束だっただろ。……本来はこういうことが起きないよう守るっつう話だったけど、それはもう手遅れになっちまったし、その代わりだ」
飛路は淡々と告げながら、降り注いだ瓦礫を踏みしめて僕に歩み寄った。足元のコンクリートがかすかに鳴り、濃厚な血の匂いがその後を尾のように引いていく。そして僕のところまで来るとしゃがんで、僕の怪我を診た。
「シラニジ、大丈夫か?」
「……これが……大丈夫に見える……?」
「それもそうだな、野暮な質問だった」
そう言って怪我から手を離すと、僕の方へ顔を向けたまま、彼は言う。
「千賀藪蛇と紫隈羅礼、だな。お前たちが、こいつに力を振るったのか?」
「……ああそうだ。しっかし、さすがだ」
藪蛇が、茫然としたような、あるいは嬉々とした笑みを浮かべた。
「さすがはアケディア様、噂に聞く全盛期ほどじゃないにしても、エグい威力だぜ。もしあの下にいたらと思うと、ゾッとする」
「だから危ないっていったじゃねーか! あんなのに当たったら、流石の
羅礼が藪蛇の肩を掴んで、ぐわんぐわんとその体を揺すった。しかしその視界に飛路の姿が映るや否や、軽く咳払いをして、彼女は膝をついて頭を下げた。特攻服を着たその風貌にはおおよそ似合わない、神の偶像を前にしたかのような丁寧な敬礼だった。
「……アケディア様、アタシらが勝手に『動いた』こと、そしてあなた様の『お気に入り』に手を出したこと。二つの罪を、今のうちだけはお咎めにならないでください。アタシらの願いはただ一つ、あなた様の復活です」
「……」
「あなた様に力が戻りさえすれば、アタシらは全ての悪逆を償うつもりです。どんな罰でも受け入れましょう。ですからどうか、今のうちだけは、アタシらに従ってください。これは全て、あなたの復権のためなのです」
その言葉を聞き入れた、飛路の動きが止まる。風もないのに、その上着の裾が揺れ始める。やがて、低く冷たい声が、その奥底から響くようにして発せられた。
「——お前たちは、やっちゃいけないことをやった」
その言葉が落ちた瞬間、凪のような静寂を貫いていた空気が、一気に澱んだようだった。飛路の上着がバタバタと荒ぶり、その肉体からは、堰を切ったように不吉な気配が溢れている。「普通」から最もかけ離れた「闘争」の気配。僕が最も嫌いなものの一つだ。
「《幻想連合》の掟を忘れたか。『たとえ自身の身に危害を加える者がいたとしても、それが
飛路は微動だにしない。目深に被ったキャスケットのツバがその目元を隠していて表情を窺うことはできないが、明らかにいつもの飛路とは調子が違う。なんというか、こう——そう、人外めいている。
「お前らはどうだ。お前らに危害なんて全く加えてない、その上、まだ異能力者だと断定できない者に対して、その異能を振るった——その代償は重いぞ」
「ぷっ……アハハハハ!」
その言葉を聞いて、藪蛇は吹き出した。
「代償、ねぇ。ああ、それくらいちゃんと分かってるさ。でも言っただろ? 俺たちはいずれ、そういうの全部を払うつもりだって。力でも富でも、それか命でも、好きに持っていってくれ。でもよ」
「それでも、アタシらはあなた様の……『
羅礼が言葉を継ぐと同時に、彼女の足元の空気が淡紫に揺らめく。絡み合う鎖が音もなく浮かび上がり、彼女の右手には「金属製の木刀」とでも呼ぶべき、異質な剣——刃のない、鎖を纏った黒鉄の棒が形を成した。
そして藪蛇もまた、その体に異質なオーラを纏わせる。その輝きが収束すると、緑色の宝石がはめ込まれた身の丈ほどある大槌が、いつの間にか彼の側に現れていた。彼はそれを手にとって、地面を一発打ち鳴らす。またしても、建物全体が「地震が起きた」と錯覚するほどに激しく揺れた。
「アケディア様。俺たちはでっけぇ矛盾を抱えてる。アンタを救うためには、アンタを殺さなくちゃならない。その矛盾を受け入れてくれるまで——俺たちは退くに退けねぇんだ」
二人の拷問官は職務を忘れ、飛路をじっと見据えていた。いや、最初から彼らの狙いは飛路だったのだろう。僕はただそれに巻き込まれただけの、哀れな一般人。僕はまだ「普通」から外れていなかった。その一点だけにおいては、安心できた。
そうして僕が穏やかに意識を手放そうとした時、飛路は言った。
「……お前らはでかい勘違いを二つしてる」
その宣告と同時に、またしても彼の肉体に変化が起こった。彼の鳩尾のあたりを貫くようにして、棒のようなものが突き出てきた。飛路がそれを掴んで引き抜いた瞬間、刃が現れる。
「一つ。俺は自分の意思でシラニジに執着してるわけじゃない。これは上からの命令だ」
現れたのは剣だった。一瞬影そのものなのではと錯覚するほどにドス黒い、刃渡り六十センチほどのシンプルな剣。刀身は細身で、鍔には鳥の翼を模した緻密な装飾が施されていた。
「二つ。俺は別に、復活なんか望んじゃいない。それはお前ら側のエゴだ」
飛路がその柄を握る手に力を込めると、その表面を這うようにして、血管のような赤い模様が浮かび上がる。そしてそれが刀身の先端に達したとき、鳥が羽を広げるようにして、刀身から真紅の鋸刃が現れた。
「無関係なヤツを巻き込んだお前らの罪は重い。もし今俺の話を聞かずに、その独善で動き続けるつもりなら、覚悟決めろよ」
三人の視線が、ひとつの点で交差する。
「死に顔……晒してもらうぜ」
次の瞬間、轟音と共に床が弾ける——その音を合図に、かろうじて形を保とうとしていた「普通」の世界が、完全に崩壊を迎えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます