冤罪人のインプロア 〜自称『普通』の僕と特別な君が、肩を並べて戦う理由〜
クロレキシスト
序章:終わりの始まり
EP01:いつも通りの朝
ほんのりと甘いカフェオレを嗜みながら、情報番組に目を通す。うん、理想的な休日の朝と言えるだろう。
「万年休日の君が休日を語らないほうがいいよ」
「……マスター、くつろいでる客を相手に思考盗聴とは悪趣味ですね」
カウンターを挟んだ向こう側、厨房から茶々を入れてきた男を睨む。
「顔を見れば分かるんだよ。『ああ、この人自分の世界に浸ってるな』って」
「だからって『万年休日』は余計です。僕はただの無職ニート、金食い虫とは事情が違うんですから」
「私は感じたことを言っただけだよ。それに今どき高等遊民を名乗ろうものなら、世の歯車たちからゲンコツが飛んでくるよ?『楽して生きてるんじゃねー』ってね」
こういうタイプの隠れ家的な喫茶店を経営する男性像のステレオタイプから外れた、「青年」と形容もできるかもしれない黒髪長身の男は、そう言って僕の目の前に背の低いパフェグラスを置いた。真っ赤なさくらんぼが添えられたプリンが乗っかったパフェグラスだ。
「……頼んでないですけど」
「サービスだよ。なんだか今日は騒がしい日になる予感がするからね。私からの労いってところさ」
「……?」
僕は訝しみながらも、パフェグラスに手を伸ばす。マスターから手渡しされたスプーンで、慎重にプリンをすくう。何か変なものが入っていないか、しっかりと目視で警戒しながら。
「別に何も入れてないってば」
「なんだか不吉なんですもん」
あんなことを言われては、見慣れたカフェの店内も、なんだか落ち着かない異質な光景に見えてしまう。なんとなく背後に視線を向けると、マスターが日本中を旅して手に入れたという、たくさんの置き物が飾られた棚が、所狭しと壁を埋めている。
人によっては圧迫感を感じるかもしれないが、僕はこの静かながら賑やかな雰囲気が嫌いではない。本物の人間によって埋め尽くされた、思わず目や耳を覆ってしまうような世界に比べれば、この店の中の方がずっと平和だ。かといって、寂しさを感じることもない。
そんなことを思いながら、僕は一欠片のプリンを口に運んだ。角のない優しい甘さが、僕の不安を包み込むように口の中に広がる。
「……今回だけですからね」
「何がだい?」
「匂わせぶりな発言を許すことを、ですよ。プリンに免じて許してあげます」
僕はそう言い放った後、パフェグラスの足をつかみ、まだ甘さが通り過ぎきっていない喉にプリンを一気に流し込んだ。
「うぇ……よくそんなことできるね?」
「……不吉な気配を持ってきたあなたが悪いんですよ。さっさとここを離れろって、なんだか本能が言ってるような気がするんです」
僕は叩きつけるようににグラスをカウンターに置き、すぐに席を立って椅子にかかっていた上着を羽織った。
「ごちそうさまでした、マスター」
「ちょっと、このカフェオレはどうするんだい!?」
「マスターが飲んどいてくださいよ。最近はフードロスがなんたらって世間が厳しいんでしょう!」
僕は乱暴に足を動かして、大きな音を立てながら店を飛び出した。《烏丸珈琲店》と書かれた吊り看板が、僕がドアを開けた風圧でゆらとたなびいた。
「全く……僕の平穏を乱さないでほしいな……!」
◆◆◆
僕の名はシラニジ。「普通」の二文字にこだわる、ごくごく「普通」の好青年だ。何事にも乱されない、水を打ったように静かな、それどころか波紋一つ立たない凪のような日常、それが僕の求める「普通」。ため息が出るほど何も起きない日常を求めて、僕は日々を過ごしている。
でも何故か知らないが、僕を取り巻く世界はそれを許してくれない。さっきの店のマスター——
「……全ては、僕の永遠の日常のために」
「それがお前の願いか。つまらない奴だな」
「!」
歩いていて思わずこぼした一言を、すれ違った誰かが拾った。僕は立ち止まり、同時に悟る。マスターの言っていた不穏の気配が、既に僕に襲いかかっていたことに。
「今日の変人……もう現れちゃったか……」
それに合わせて、変人も立ち止まったようだ。ごく近い距離から、ドスの効いた声が僕の鼓膜を震わせてくる。
「今日の? おいおい、それを言うなら今日『も』、だろ?」
「……?」
その言葉が引っかかって、僕は振り向く。そこにあったのは、臙脂色のズボンに、血飛沫のような悪趣味な模様が入った白Tシャツを合わせた格好の青年の姿。Tシャツの上には黒いアウターシャツを羽織り、頭には黒くて丸いキャスケット帽を乗っけている。そのツバの下に覗く瞳は真紅の輝きを放っており、こちらの奥深く、具体的には心臓を狙っているような冷たさを感じられた。
「よお。ついこの間ぶりだな」
「……
僕は拳をギリギリと握りしめた。この男は、この男は僕の前に現れる変人の中でも特別だ。——もっとも、それはポジティブな意味なんかではもちろんなくて、特に疎ましく憎いという意味で、だが。
「……しつこい。また『俺の仲間になれ』なんてうわごとを言いに来たのか?」
「九割正解だ。正しくは、『俺たちの仲間になれ』だけどな」
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