5-2 やり場のない怒り、フラグ
◯●◯●
西棟の二階。様相は一階とさほど変わらなかった。窓は板がはめ込まれ、すき間から溢れる光だけが頼りとなる。長い廊下が続き、受付口や小部屋がちらほら見える。違いがあるとすれば、一階よりも人通りが少ないのか、床の荒れ具合が多少はマシなくらい。かわりに埃が多く、床も腐り落ちないかが少し心配。
一階の時と同様に部屋を一つ一つ確認していく。辺りは不気味なほど静かで、人の気配は感じられない。兎と姉弟の歩く音と部屋の扉を開けていく音が長い廊下に木霊する。
あまりに静か過ぎ、少し気を紛らわすために兎はまた姉弟に聞いた。
「あまり又聞きするようなことではありませんが……店長の話もしてもらえますか?」
トラとリュウは顔を見合わせ、少し間が空いてからトラが重たそうに口を開いた。
「うーん、まぁ、秘密にしろとは言われてないから、話してもいいか。店長はなー、オレ達よりもハードモードな人生だったらしいぜ。なんせ、生まれた瞬間から周囲の人間に命を狙われるくらいだからな」
先ほどのトラとリュウの話の前に「波乱な人生」と言っていたのである程度覚悟はしていたが、まさか生まれた瞬間からそんな悲惨な状況だとは思ってもいなかった。
どんな子供でも、生まれる瞬間は祝福されるはず。否、祝福されるべきだ。それがいったい何故?
兎は部屋の扉を開ける手を止め、続く言葉を待った。
「オレ達も詳しくは知らないんだが、店長の祖父か曾祖父か――それよりもっと前の祖先が、どえらい大罪人だったらしい。で、その血を引く店長は生まれながらの罪を背負っとるとかなんとか……」
「な、なんですか、それ。ご先祖様だけど直接は面識も無いんですよね? 血の繋がりだけで何の罪になるっていうんですか……!」
珍しく声を荒げる兎。トラは少し困り答えあぐねていると、リュウは冷たく言った。
「まぁ、罪人の子は罪人って考え方も分からないでもないわ」
「そんな! だって、店長自身は何もしてないんでしょ!?」
兎は噛み付くように言ったが、リュウのその表情を見てハッとした。基本的に柔和な態度や表情をしているリュウ。今も微笑むような面持ちではあるが、その表情の下に確かに怒りの色が見えた。
ふと、昔、母と見た火山の噴火を思い出した。静かで不動の山が、突如として地を鳴らし溶岩を噴出する様は、兎を恐怖で失神させるほどのものだった。
今のリュウはまさに噴火直前の火山そのものだった。リュウは浅くため息をこぼす。
「「蛙の子は蛙」って言葉もあるくらいだものね。ただその理屈だと、
そもそも、直接その
結局、被害者
噴火するかと思われた火山は、その直前でフッといつもの落ち着いた雰囲気へと戻った。いくらか
トラがフォローに入る。
「安心しろ、兎ちゃん。
あ、ちなみにオレはそもそもこの話、興味もないんだよな。昔、オレ達が店長を殺そうとしたのはあくまで依頼されたからだ。
……またオレ達の話になっちまったな。まぁ、そんなわけで店長は幼いながら命を狙われて、そのおかげであれだけ強くなったって話だぜ」
リュウが自分以上に怒ってくれたお陰で、少しは兎の気も晴れた。が、それでも少し、腹の底に重たく黒い感覚が残る。
生まれながらにして命を狙われる。それはまるで幼い頃に全てを奪われた自分と酷似――否、それ以上に酷いものだ。
自分の場合は抗争に巻き込まれ、偶然という形で両親を失い自分の命も失いかけたが、店長の場合は恣意的に命を狙われていたのだ。何もできない幼少期、多感な少年期、多くを知った青年期。いったい、店長はどんな思いで生きてきたのか、想像すらできない。
もしも自分や、自分の弟達が同じ目に遭っていたらどう思っていただろうか。生まれて間もない、何も知らない子供が大人達から罪人扱いされ命を狙われる。そんな理不尽が、たとえこんな終わりかけ世界でも、あってはならない。
扉を開けるのを止めていた手が無意識に八つ当たりのように強く動き、扉が大きな音を立てた開いた。幸い、誰も居なかったようだ。
リュウがポンと兎の背中を軽く叩く。
「兎ちゃんがそうやって怒ってくれるだけでも店長は救われるわ。……できれば、直接伝えてあげてね」
リュウがそう言ってウィンクすると、兎が開けた部屋の中を覗き、誰もいないことを確認したようだ。
「う〜ん、二階も誰も居なさそうね。三階に行きましょうか。……あ、ちなみに兎ちゃん。同情心で店長のこと好きにならないでよね。そん時はアタシとのタイマンを覚悟しときなさい」
そう言ってリュウは腰の刀を少し抜き、白刃をキラリと輝かせる。
心配しなくともあんな偏屈な男、同情はすれど好きになることはない。そう思う兎だった。
◯●◯●
西棟の三階。相変わらず窓には板がはめ込まれ、光は少ない。一階や二階との違いは受付のようなスペースはなく、大部屋がいくつかあるようだ。
しかし、壁や扉は破壊され、廊下と部屋の境目が殆ど失くなっていた。そのため開けた空間が広がっている――というわけでもなく、テーブルや椅子、土嚢や工具、ガラクタがそこら中に積み上げられ、他のフロアよりも雑多な印象。
「店長もそうですが、なんでガラクタを積み上げるんでしょうかね。整理整頓ってのを知らないんですか……?」
先ほどのイラつきがまだ残っている兎は、悪態をつきながらいつの間にか先行して辺りを探索していた。トラが少し気不味そうな顔をしていたため、恐らく店長や狸座の人達と同じ人種なのだろう。今度、是非トラの工房を訪れなければ。
今までの階と違い、部屋がないため廊下を歩くだけになってしまう。念の為、ガラクタの山などの合間に矢部さんが放置されていないか確かめようと、兎達は廊下の端から端へ歩くことにした。
しかし、西棟に来てすでに二十分は経った。だが敵の姿は依然として見つからない。やはり、こちらにヘビ以外の狸座の連中がいるというのは嘘だった? 今頃、店長が袋叩きに遭っているのでは?
兎がハラハラしているとトラが懐から取り出したリボルバー式の拳銃をくるくる回しながら言う。
「まぁまぁ兎ちゃん、落ち着けって。こういう「こっちは誰も居なくて、安全なんじゃないか?」って油断してる時が一番危ねーんだぜ。店長が言ってた。「フラグが勃つ」ってやつだ」
「嫌だわお姉ちゃん、字が違うわよ。「フラグが
ガハハハと笑うトラ。どうしてこうも皆、余裕そうなのだろうか……。
ちょうど三階廊下の真ん中辺り。既に壊れて使われていないエレベーター前のホールまでやってきた。ガラクタが比較的少なく、そこだけ少し開けている。
「ところで、「フラグ」ってなんですか?」
なんとなしに兎がそう問うとトラが顎に手をやり考える。
「なんか……「こういう出来事が起きますよ!」っていう前兆みたいな?」
「「フラグが立つ」ってのはそういう意味でしょうけど、兎ちゃんが聞いてるのは「フラグ」が何なのかって話でしょ? フラグってのは「flag(旗)」のことかしら。……たぶん、何かしらの前触れの『目印』って意味からそういう言葉ができたんじゃないかしら」
「さっすがオレの弟だぜ!」と膝を叩くトラ。兎もなるほどと頷く。ちょうと視界の端、ガラクタの山の一角に茶色い旗が映った。
「ああいう感じの旗が立つ、ってことですか。たしかに、何か起きそうですね!」
兎がそう言い旗を指差すと、その旗の隣にスッと新しく旗が立った。
「そうそう、あんな感じ。……って、ん?」
一つ旗が立つとまた一つ立ち、また一つ……。周囲のガラクタの山からのニョキニョキと茶色い旗が立ち始めた。まるで蜘蛛の巣をつついたかのようにワラワラと立ち、気づけば周囲は茶色い旗で覆われた。
「さすがにフラグ立ち過ぎじゃね?」
トラが含み笑いをしながらそう言うと、三人の真正面のガラクタの山から人影が現れた。
茶色い布を鼻から下に巻きつけた男。一目で狸座の一味と分かるそいつは少し震える声で牽制する。
「や、やい、ホモ姉弟! か、覚悟しろぃ! 貴様らを討ち、俺達狸座の格を上げてやる! 野郎ども、用意――」
その掛け声と共に、旗の元からいくつもの人影が現れた。いずれも茶色い布を頭に巻き付けたりこの男と同じ様に顔下半分を覆っている。狸座の手下は皆見た目が分かりやすい。――と、そんな見た目のことはどうでもよく、重要なのは彼らが手に持っている物。いずれも古びてはいるが紛れもない自動小銃だ。
「おー! あいつもそいつもこいつも……よくもまぁそんだけ揃えたなぁ! あ、ウチで取り扱ってないヤツもあるじゃん!」
ズラッと並ぶ銃に興奮気味のトラ。
「あらー、いつの間にか取り囲まれてたのね。不意打ちでもすればよかったのにわざわざ名乗り上げてから攻めるなんて、律儀ねぇ。それにしても、宣言通りこっちに狸座、店長の方にはヘビちゃんだけが行ってるみたいね。良かったわね、兎ちゃん。これならきっと店長は無事よ♡」
取り囲む狸座の男達に色めくリュウ。
「あ、あががががが………。た、たしかに店長は無事でしょうけど、私達が無事じゃ済まない気ががががが。こ、こんなにピンチになるなんて思ってませんでしたー!」
全方位囲まれ、今にも泡を吹いて倒れそうな兎。いつの間にかトラとリュウの巨体の間に逃げ込み、しゃがみ込んでガタガタと震える。
「撃てーーーーっ!!!」
狸座の男の掛け声の元、弾幕が張られた。
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