3-5 似た者同士、懇願
◯●◯●
矢部医師は掻き集めた薬の中から更に選別を行い、店長へ食料との物々交換の交渉を始めた。薬について一つ一つ説明するが、兎には全く分からない単語ばかりで、なんの薬を交換したのか全く分からなかった。しかし店長は理解しているのか、うんうん頷き受け取る。
交渉が終わると結局来る時と同じくらいバッグは一杯になった。てっきりこのまま帰るのかと思ったが、店長は「ここで昼食も喰っていく」と言いだした。
という事で、三人でこのゴミ山の中、昼飯を始めたのだった。
「――でだ、最近、新型の吸水ポリマーを作ろうと思ったんだが、なかなか上手くいかんくてな。できたのは水に粘着性を持たせるだけの薬だ。もう一歩だとは思うんだが……。店長、一つお前にやるから、これで何かできるか考えておいてくれないか?」
「あぁ、貰えるもんなら貰っておこう。吸水ポリマーね。植物の栽培に利用できるかもな。まぁ、他にもあるか考えておこう。つーか、使い道考えずにアレコレ作るの、いい加減に止めたらどうだ?」
「この前、施設の奥から偶々文献を見つけてな。暇だから作ったんだよ。本当だったら有用な薬の研究をしたいんだが、実験体が必要だろ? 実験用の動物でもいたら良いんだけどなぁ。今度は死んだ動物じゃなくて、生きた動物でも持ってきてくれよ。――っと、そうだ、頼みごとと言えば、お前に話すことがあったんだ」
そう言って矢部医師はごみの山の奥に鎮座するプロペラのような物体を指さした。兎の身長ほどある大きなプロペラだが、所々表面に凹凸ができておりボロボロの様子。
「井戸に入れてたポンプのプロペラが何故かあのとおりボロボロになってな。水質とかには特に変化ないんだが……お前、原因が分かるか?」
問われて店長は首を傾げる。
「いや、分からん。が、また調べてみる。最近のポンプの稼働状況のデータが欲しいな。水質に変化がないのなら、プロペラの耐久精度とか水温で何か問題があるのかもしれん」
「そう言われると思って――ほい、直近一ヶ月分のデータだ」
矢部医師は親指ほどの大きさの立方体の箱を店長へ渡した。USBメモリというやつだろう。
昼食中、店長と矢部医師はずっとこの調子で話し続けていた。兎にとっては何を話しているのかちんぷんかんだが、二人は淀みなく会話のキャッチボールを続ける。
どことなく、店長と矢部医師は似ているように感じた。もちろん見た目ではなく、なんというか、その雰囲気が。二人とも気怠げそうな口調で、淡々と話を進める。仲の良い兄妹にも見えるし、似たもの夫婦に見えなくもない。とにかく波長が合うんだろうな、と感じた。心なしか、トラやリュウと話す時より店長は機嫌が良さそうだ。
そういえば最近、ようやく気付いたことがある。店長は眉一つ動かさない無表情の仏頂面の鉄仮面ではあるが、感情自体はあるようだ。顔に出ないので分かりづらい時もあるが、普通に怒ったり笑ったりしているのが語気などから薄っすら感じとれた。想像し辛いが、たぶん泣いたりもするのだろう。
兎は一人黙って干し芋を食べていた。兎からすれば変化球かつ剛速球の会話のキャッチボールに割って入ることなんてなかった。おかげで兎は退屈な時間を過ごすはめになった。
陽の光が届かない地下では、時間の感覚が掴み辛い。恐らくどこかに時計があるのだろうが、兎には見つけられなかった。しかし、以前店長から時計を預かっていた事を思い出し、ポケットからそれを取り出す。すると、時刻は三時過ぎを差していた。店長達はずっと話を続けていたが、どうやらネタも尽きたらしく、会話のラリーが続かなくなってきた。
突然店長が立ち上がり、言った。
「そろそろ帰るか」
話したい事も十分話せたらしく、満足そうな顔をしている。(やはり無表情だが、そんな気がした)
そういえば兎へ薬関係の雑用を教えるという話があったはずだが、店長も矢部医師も互いの話に夢中ですっかり忘れているらしい。しかし、兎にはそれはどうでもよく、交渉しなければならないことがあるのだ。
店長はバッグを担ぎ、帰る支度を始めるが、兎が数時間ぶりに口を開くとその手は止まった。
「あ、あの、ちょっといいですか? 矢部先生」
呼ばれた矢部医師も、話しかけられるとは思っていなかったので少し反応が鈍い。口を開かずギラリと睨まれただけだ。
初対面、かつ気難しそうな人だが、ここで言わねばなんのために危険を顧みずここまで来たというのだ。小さな心臓を奮い立たせ、言葉を絞り出す。
「せ、先生に是非診てもらい人がいるんですが……」
突然、何故か辺りを静寂が包む。急にピリッとした空気になった気がした。
矢部医師は、その強面を更に険しくして話す。
「お前、なんで私がこんな辺鄙な所に住んでるか、分かるか?」
質問の答えではなく、逆に質問を投げかけられた。凄味のせいもあって、兎はすぐに答えられなかった。しかし、その答えを矢部医師本人が口から出した。
「私は、人が嫌いなんだ。なんでか分かるか? お前みたいに皆すぐに私を頼るからだ。私は無責任に、ノーリスクの人間から頼りにされるのがこの世で一番嫌いなんだよ! どいつもこいつも責任押し付けて、失敗したら侮蔑の眼で私を見やがる。そういうのが嫌だから、ここで一人で暮らしてんだ!」
怒号が広い部屋に響き渡り、また沈黙が始まる。
断られるとは薄っすら思っていた。しかし、それなりの見返りが求められるが、結局は手を貸してくれる。そう思っていた。店長の知り合いは変な人が多いが、どこか気心知れる良い人ばかりと思っていたが、この人は少し違うらしい。兎は店長の方をチラッと見るが、店長は何も言わない。ただ黙って二人を見ている。
「お前の雇い主が帰ると言ったんだ、さっさと帰れ」
一気に機嫌を損ねた矢部医師は腫れ物でも見るかのような目で兎と店長を帰そうと促す。店長はやはり無言でバッグを担ぎ、兎に「行くぞ」と合図すり。しかし、兎は動かなかった。
「ど、どうしても、ダメですか? もし街に行くのが嫌でしたら、こちらから――」
「ダメだって言ってんだろ!」
そう言って矢部医師は後ろを向いて部屋の奥へと向かってい行った。どうやら、聞く耳持たずのようだ。店長が後ろから兎の肩を優しく叩く。帰るしかないようだ。
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