3-2 薬、外出
◯●◯●
兎がアルバイトとして働くことになってから六日目。
トラやリュウが銃と刃物についてレクチャーするため、連日通いつめていたが、ついに昨日一通りの説明を終えたとのこと。そして昨日の夕刻、「これ以上工房も放置してると部下に叱られちゃうんだよなぁ。つーわけで、暫く来れないかもだぜ……」とトラは嘆いていた。右に同じく、という感じでリュウも頷いていた。
そんなわけで、今日は久しぶりに店長と二人きり。掃除もつい先日したばかりなので、さて今日は何をするのだろう。兎はそう考えながら店に向かった。(店に客が来るという発想はない)
無事に店まで辿り着き、店へ入る。兎は外套を脱ぎながら挨拶した。
「おはようございまーす。あれ……?」
カウンターには誰も座っておらず、人の気配がしない。何処かに出掛けたとしても、あの店長が無防備に店を開けたまま外出するとは考えにくい。兎が首を傾げて考えていると、外から物音が聞こえてきた。金属音、騒々しくかち合う音は恐らく鎖が鳴らす音だ。
兎は玄関を出て、店の外周を回る。店の角を曲がり、側面に出ると、店長が一人で何か作業をしていた。鎖を握り締め、店の屋根から何かを下ろしていた。
「店長、何をしてるんですか?」
兎の挨拶も返さず、店長はゆっくりと鎖を緩めながら吊るした物を下ろしている。相当重いものなのか店長は応答せず、慎重に鎖を緩め、やっと地面にその物体が着地した。店長が下ろしていた物は、大型のバイクだった。
ふぅ、と一息ついた店長が「おう、来たか」と言いつつ、バイクに手を添える。
「見てのとおり、屋根に積んでたバイクを降ろしてたところだ」
バイクなんてあったのか、と少し驚く兎。店の上に置いてあったから今まで気付かなかったのだろう。店の外装と同じく真っ黒なバイクなので遠目から店を見ても気付かなかったわけだ。
砂地走行用のバイク。ゴツゴツして砂漠の砂を掴むことに特化したタイヤ、悪路に耐えうる長いストロークのサスペンション、剥き出しになったエンジン部。必要最低限の装備のみで、カウルなど装飾類が一切無い。シンプルで軽量を重視した大型バイクのようだ。盗賊達が乗っているのは偶に遠目で見かけたことがある。昨日まで通い詰めていたトラやリュウもバイクに乗っていたが、改めてこんな間近で見るのは兎にとって初めての経験だった。
まじまじと見つめながら店長に再度問う。
「へー、ってことは、どこかに出掛けるんですか?」
そう問うと店長はいつの間にか工具を手に持っていた。たぶん、エプロンのポケットから取り出したのだろうが……どうなってるんだそのポケット。四次元空間でも広がっているのだろうか?
などと考えといるうちに店長はバイクの点検を始めた。
「あぁ、今日は「薬」の調達に行く。知り合いに医者がいてな。行って帰ってくると、夕方ぐらいになりそうだから、今日はお前に店番を頼む」
テキパキとメンテナンスを行う店長の後ろにいる兎は少し口を震えさせ、答えに遅れる。だが、はっきりとした口調で言う。
「わ、私も行きます! 行かせてください!」
店長は手を止めずに問う。
「駄目だ。荷物もあるし、店に誰か来たら――」
「私、滅茶苦茶軽いので問題ないですよ! それにどうせ客も来ません! 銃や刃物の手入れを習ったんだから、今度は薬についても知っておかなきゃいけないと思います!」
食い気味でそう懇願する兎に店長は流石に手を止め振り返る。
「口だけは達者になりやがって……チッ、わかったよ。出発までに客が来なかったら連れててってやる」
「ありがとうごさいます! お店閉じる準備してきます!」
「てめぇ……客が来ない前提で話を進めるな!」という店長の言葉を聞き終わる前に、兎は店へと戻っていった。
◯●◯●
店長はバイクの調整が終わると、バイク後部に大きなバッグを二つ取りつけた。左右に取り付けられたそれには、先日作ったキラー鳩の干物や燻製が入っている。兎はこれと薬を交換するのだとすぐに分かった。
すでに店の扉を閉め、兎が外套を着直していると、店長は「あっ」と何か思い出したらしく、店内に戻っていった。すぐに戻ってくると兎の元へ近づいていく。その手には一丁の銃が抱えられていた。
「ほれ、これ持っておけ」
兎は言われるがまま銃を受け取った。
細く軽く、鉄筒に沿う様に木製の銃床がついた鉄砲。上にはスコープが取り付けられている。所謂、スナイパーライフルというやつだ。
手に取った銃を観察していると、数日前まで触る事すら恐れていたのに、今ではすっかり大丈夫になっている事に気が付いた。トラの講習のお陰だろう。
更に店長はエプロンのポケットから弾を数個取り出して兎に渡す。兎は訳が分からないまま受け取る。
「装填の仕方や撃ち方はトラから教わっただろ。護身用としてお前が持っておけ」
「り、了解です……」
どこへ行くかも分からないが、たしかに用心に越したことはない。ベルトも渡された兎は銃に取り付け、肩に掛ける。すると、店長はまたもや店の方に帰っていった。今度は少し時間がかかり、出てくると服装が変わっていた。
真っ黒な外套、漆黒のゴーグルに黒いマスク。全身黒ずくめで出てきた店長は、店の扉を閉める。店の色も黒い事から、黒色が好きなんだろうなぁという事だけは分かった。そして鍵を閉め、こちらに歩み寄る。
「行くぞ」
すると、兎は少し気にかかる事が一つあった。
「あの、店長。こんな目立つ店、見張り無しで置いていっていいのでしょうか?」
「大丈夫だ。ま、見てろ」
そう言うと、店長はバイクを押して、店から少し離れる。兎もその後をついていく。
十分店から離れると、外套から何か小さい物を取り出した。灰色の小さなリモコンのような物だ。兎に見せると、店に方にそれを向ける。カチッという音を鳴らし、ボタンが押される。
すると、店の方から歯車が回るような、機械音が聞こえた。
「わっ!?」
何かが回転する轟音、同時に辺りが急に揺れ始めた。兎は、地震かと思ったが、どうやら違う。
地鳴りと共に何かが開くような音。店の周りの砂が盛り上がり、辺りに細かい砂の粒子が舞う。兎はゴーグルをしていたが、思わず目を瞑ってしまう。轟音に耳が慣れた始めた頃、徐々に音が小さくなり、同時に舞い上がった砂も落ち着き始めた。兎はゴーグルに付いた砂を取り払う。すると――。
「あれ!? お店は?」
先ほどまで目の前にあったはずの巨大な戦車、もといお店が無くなっていた。
唖然とした兎の横で、店長が解説する。
「店の真下にシェルターがあってな。俺が留守の時はそこに隠すんだよ。どうだ、凄いだろ」
そう言っておそらくシェルターの開閉と店の収納を操作するリモコンを見せつけてきた。一通り見せびらかすとリモコンを懐に戻した。
砂の下に隠れた店を眺めながら、兎はため息を漏らす。
「もう驚くのも疲れました……。もしかして、今度は空を飛だりしないですよね?」
すると店長は顎に手をやり、頷いて言う。
「昔、それも考えたんだが、燃費が悪すぎてな。諦めた。うーむ。飛んでた方が客寄せになるなら、また考えようかな……」
飛ばそうとしてたんかい……。しかし、空を飛んでるお店にどうやって客は入ればいいのだろうか。そこまで考えていなさそうだ。
呆れ果てた兎は喉元まで来ていたツッコミを飲み込んだ。
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