2-5 レクチャー、地図

◯●◯●


「「じゃーん、けーん……ぽぉん!!」」


 トラはグーを出し、リュウはチョキを出した。


「……はい、というわけでトラさんの勝ちですね」


「がぁぁぁ。なんでチョキ(ハサミ)がグー(石)に負けるのよ! アタシが作ったハサミなら岩をも切り裂けるのに……!」


「しゃあっ!! ガハハハハ、オメーは昔から変わらずチョキ信者だな。今回のオレのグーは"石"はじゃなくて超硬質の"鉛玉"だから強いんだよ〜。バーカ!!!!」


「じゃんけんに三すくみ以上の意味はありませんから……」


 じゃんけんの結果、トラの銃についての指南が先になった。敗れたリュウはふくれっ面で自分が店に納めたナイフの手入れをし始めた。


「さっ、それじゃあ始めますか。まずはチューの仕方からかな。オレが顔をちょっと傾けるから、兎ちゃんはそのままの姿勢で――」


「ふざけてるならリュウさんと順番変えますよ」


 「ちぇっ、駄目かー」と残念そうな素振りをしつつ、トラはテキパキと幾つかの種類の銃を店先から持ってきた。どれもこれも形が違う。


「えーっと、銃の事を知るには、まずは銃の構造から覚えなきゃな。そういうのは、実物を分解してみりゃ分かるもんだ。ここにはハンドガンにライフル、ショットガンとか色々種類があるから覚えるの大変かも。まぁ、構造をきっちり理解してれば、あとは感覚で解けるようになるさ。まずは、このコルト・パイソンっつー奴から――」


 幸先不安だったが、いざ話し始めると真面目な説明をしてくれた。流石は銃火器の専門家といったところか。銃の話となると先ほどまでのむっつり顔とは打って変わって真面目な顔付きになった気がする。


 トラは一つ一つの銃の名前と特徴を説明し、一瞬で分解、そして組み立てを繰り返して兎に見せつける。流れるようなその所作に手品でも見せられているかのような気分で、兎はただただ目の前の光景と耳に入る言葉を茫然と受け止めていた。


 一通りの説明が終わったようだ。しかし、銃なんて昨日始めて触ったくらいだ。親しみもなければ感慨もない。流れるような説明は頭に入らなかった。


「――つーわけで、以上が拳銃の説明。とりあえずなんかバラして見よっかー」


 そう言ってトラはカウンターに並べられた数十個の拳銃から一つ選んで兎に渡す。未だに銃の重く冷たい感触に慣れない兎。恐る恐る受け取ったその手つきは今にも落としそうなほどたどたどしい。先ほど見せられた通り、分解しようと指に力を込めるが、どうも外れない。中に弾は入っていないが、今に銃声をがなり立てそうな拳銃に上手く力が入らないのだ。


「ありゃ。ちょっと難し過ぎた?」


 頬を掻くトラに、刀を磨いていたリュウがやらしい笑みを浮かべて言う。


「お姉ちゃんの説明が下手なのよ。なによ「ここをグッてやったらカパッとなるからこのグルグルをスルーって抜いて――」って擬音だらけの説明。各部位の名前と役割ぐらい教えなさいよ」


「うるせぇ、外野は黙ってろ。……説明下手だった? 兎ちゃん?」


 このままではまたこの二人が言い争いを始めてしまう。兎は恐る恐る拳銃の分解作業にとりかかった。


「いえ、私がこういうのにあまり慣れてないせいです……。すいません」


 そう言った途端、やっと分解が一段階進んだ。兎は分解に集中し始める。二人は、そんな兎を横から見守っている。


 何種類かの銃の分解に成功した兎は、次は組み立てに挑戦し始める。その間、助言を交えつつ、三人は他愛のない会話をした。和気あいあいとした空気の中、リュウがポツリと言った。


「それにしても……、兎ちゃん、盤堅街に住んでるんでしょ? だったら店長に感謝しなきゃダメよ」


「へ? どういう事ですか?」


 兎はキョトンとして手を休める。トラとリュウは少し顔を曇らせ、互いに目を合わせる。


「やっぱり、知らないみたいね。教えといた方いいわよね?」


「うーん。でも前に店長は「わざわざ言う必要はない」って言ってたぜ?」


 内輪話のようにぼそぼそ話す二人に兎は我慢できず聞いた。


「あの……私、街に越してきて間もないのでよく分からないのですが……何か店長と街に関係があるんですか?」


 そう聞くと、二人はまた顔を合わせ、小さく頷く。そして、リュウが口を開く。


「越してきたって事は、何となく感じてるかもしれないけど、あの街、妙に平和だと思わない?」


 兎は改めて街の様子を思い出して見る。小さな人工オアシス、痩せながらもなんとか一定量の収穫はある畑、活力なくともそこそこ繁殖する家畜。とても裕福とは言えないが、極貧とも言えない土地だ。


「強盗が一切来ないのって不思議だなぁって思わねぇかい?」


 豊かでなくとも、貧しくないというだけでも十分狙われる世の中。ましてや小さいながらも人工オアシスのある街だ。しかし、トラの言う通り盤堅街には一切盗賊団の類は訪れない。だが、それにはれっきとした理由がある。


「それは、狸座が街を守ってるからじゃないですか? 一応納める物はキチンと納めてるので」


 兎がそう答えるとリュウがすぐに言う。


「でも、あいつら街に駐屯してるわけじゃないでしょ? 街の少し離れた所にアジトを構えてるだけじゃない」


 言われてみれば確かにそうだった。街には狸座の人間は一人も駐屯していない。納品日に数人やってくるだけだ。仮に強盗がやってきた場合、住民をさっさと蹂躙して、盗る物は盗って去ってしまう。狸座の目を盗んで事を起こすのは簡単だろう。


「う、うーん。確かに、そうですね。たまたま今まで襲われなかった――にしてはラッキー過ぎますか。……店長と何か関係が?」


 今度はトラが言う。


「んー、そうだな。ここら一帯の地理を知ってれば説明し易いんだが……越してきたばかりであんまり知らないだろ?」


 兎は目を瞑り、街を中心とした地理を思い浮かべる。


「おおよそは分かっているつもりですが…ここに来るために少し教えて貰いました」


「じゃあ説明してあげるわ」


 するとリュウがカウンター上にある作りかけの硬貨やヤスリを使って近辺の位置関係を示す。


「真ん中に盤堅街があるとして、北には狸座アジト、東には汚染された瓦礫の山、西には海、そして南にはこのお店があるわよね」


 兎は頷く。東の汚染された瓦礫の山とは、旧時代、恐らく都心の一部だった跡である。大戦時に降り注いだ核の放射能が未だに残り、生物が踏み入れる所ではないと聞いている。


「じゃあ問題だ。盤堅街には何処から盗賊が入るでしょう?」


 トラがそう言うと、兎はカウンター上の地図を見ながら考える。


「北は狸座のアジトがあるので、普通の盗賊なら近づきさえしないですよね。東の瓦礫の山は通れませんし、西の海も海獣のせいで人が渡ってくることもできないですし……」


 ブツブツ独り言のように言うと、兎はハッと気付く。


「ってなると、南側からですよね。つまりはこの店の近くを通らなきゃいけない、ってことですか」


 兎が回答すると同時にトラはニタリと笑う。


「そゆこと。強盗達は南からしか来れない訳だが、西寄りでも東寄りでも必ずここに来てしまう。というのも、ここいら一帯は少し盛り上がった丘に囲まれた盆地。この店は平坦な盆地のど真ん中にある。南から北上すれば、嫌でも皆この店に目が行くんだよ。金色の砂の上に真っ黒なこの戦車だ。嫌でも目に入るし、何かあるんじゃないかと惹き寄せられるわな」


「で、街に辿り着くまでの休憩がてらに、この店を襲っちゃうってわけよ。その後はどうなるか分かるわよね?」


 ちょうど一昨日の出来事と同じことが起こるわけだ。「店長にボコボコにされて帰る」という寸法。誘き寄せて一掃する。この店は地形を利用した、「強盗ホイホイ」なのだ。


「でも、それって狙ってやってる事なんですか? もし狙ってやってるとして、どうして店長がそんな事を?」


 尋ねられた二人は一瞬、口を真一文字にして悩むが、お互い目を合わせると「ま、いいか」と同時に呟き、答える。


「昔、店長が図書館で遭難した……って話、聞いたことある?」


「「遭難」?図書館を「見つけた」なら聞きましたが」


 兎は昨日の話を思い出した。すると、トラとリュウは腹を抱えて笑いだした。


「だははっ! あいつ、またそんな誤魔化した言い方してんのかよ! ホントはな――」


「ずいぶんと楽しそうに話すじゃねぇか。銃と剣の扱いは教えてもらったんだろうな?」


 突然の声に振り返ると、店先に例の人、店長がポリタンクを抱えて突っ立っていた。無表情ながらも、ムスッと怒っているように見えた。


「あ、あら、店長。お疲れ様~」


 リュウが慌てて猫撫で声で出迎える。水汲みに行っている事をすっかり忘れていた兎は時計を確認して言う。


「えらく時間が掛かりましたね」


「一度に大量の水は出ないんだって言っただろ。だから二人いっぺんに水を受け取りにくるなと言ったんだ。お陰で時間が掛ったんだ。……ってそんな事より、もう一度聞くがお前はちゃんと仕事してたのか? 俺には無駄話してたように見えるんだが」


「ち、ちゃんと銃について教えてもらってましたよ! ね、トラさん、リュウさん!?」


「「うんー!」」


 息ぴったりの姉弟。店長は少し意外そうに言う。


「そうか。なんか仲良くなってる気がするが……まぁ、どうでもいい。引き続きそいつ等に有意義なことだけ・・・・・・・・教えてもらえ」


 ヘトヘトになった様子の店長は皆の集まるカウンターへとおぼつかない足取りで近寄る。カウンターのいつもの場所に座り込むと、浦茂姉弟と今回納品する品物について話し始めた。兎はせっせと銃の手入れの学習に戻ることにした。


 それにしても、こんなぶっきらぼうな店長が街を守っていたなんて。少し遅れてその事実に驚き、作業に集中できない。謎の多い人物だとは思っていたが……。話の途中になってしまった店長の過去も気になる。いつかまたこの二人に聞かねば。そう思う兎だった。

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