魔女の人狩り ~Little Witch Hunt People~
堂場鬼院
第1話 崩壊
アローナがリリスだったとき、リリスは母親と森の中で静かに暮らしていた。
アローナとして生き始めてから思うことは、あの頃がやはり一番平和で優しく穏やかな日々であった、ということだった。
リリスの父親は、リリスが幼い頃に流行り病で死んだと、母親からは聞かされていた。
父親に関してはそれだけで、記憶はおろか写真一枚も残っていない。
――お父さんはとってもいい人だった
リリスは母親からそういい聞かされてきた。
いまでもふと、母親の声を思い出すことがある。
慈愛に満ちた、優しく包み込むようなあの声を……。
「リリス。リリス起きて、早く」
あの日――生涯忘れられないであろう、あの日。
真夜中に揺り起こされたリリスが寝ぼけ眼で見たのは、母親の青白い顔だった。
「うん……どうしたのお母さん?」
「リリス」
母親の冷たい指が頬に当たり、リリスは目を開いた。
「冷たいよ、お母さん」
「ごめんなさい。リリス。お母さんのいうことをよく聴いて」
母親は、リリスの目をじっと見つめながらいった。
「家の裏口からいますぐ東へ逃げなさい。川が見えたら丸太橋を探して渡りなさい」
「え、何? 急にどうしたの? 何かあったの?」
「説明してる時間はないの。とにかく逃げて。月を背にして逃げるのよ、いいわね?」
母親が急いでそこまでいうと、
『ドンドンドン!!!』
家の扉が荒々しく叩かれた。
「遅かった……」
母親が振り返り、震え始めた。
「いったいどうしたの? 誰がきたの?」
「しっー」
母親の人さし指で唇をそっと撫でられ、リリスは黙った。
「ベッドの下に隠れて、早く……!」
母親の焦った表情に事態の切迫を感じたリリスは、急いでベッドの下に潜り込んだ。
『バーーン!!!』
木の扉が外から破壊され、三人の男たちが踏み込んできた。
「へっへっへ……こいつぁ噂通り、なかなかの上玉じゃねえか」
「だからいっただろう? とびきりの美人だって」
斧を手にした二人がいった。
リリスは、あんなに醜く汚い人間の顔を見たことがなかった。母親に向けられた言葉を発した男たちの顔はひどく歪んでいた。
「え~~、ロウィナ・レプリル。この者は魔女でありながらその素性を隠し、人間として生きていた罪で処刑されることをここに宣告する。スプリングヤード簡易裁判所」
三人目の男が一枚の紙を手に内容を読み上げた。
魔女……?
お母さんが魔女だって……?
「代理人! この魔女は村の男たちを家に引き込んでたって話ですぜ!」
「とんでもねえあばずれ女だなあ?」
そのとき、母親が無言で窓の方を指さした。
「……出ていきなさい。あなたたちのくるところではありません」
「うるせえ売女! てめえの罪は明白なんだよ!!」
一人が斧を振り回し、辺りの家具が砕け散った。
「……!!」
声が出そうになり、思わずリリスは口を手で押さえた。
「代理人。この女、いつあれを使うかわかりませんぜ?」
斧を手にした男がいう。
「そうだそうだ。あれを使われた日にゃ、俺たち人間はすぐに死んじまう」
「あれを使われる前に、ちょっと弱らせておいた方がいいと思いませんか、代理人」
さっきからいってるあれって、いったい何……?
「……左様。魔女の技にかかっては、我々の命が危うい。それは事実だな」
「ということは代理人、俺たちの好きにしていいってことですかい?」
斧を手にした二人が、じりじり母親に近づいていく。
母親は、一歩も引き下がらなかった。
「やむをえん。ただし、多少はわきまえろよ?」
「へっへっへ……もちろんですとも」
そこから先は凄惨だった。
リリスの母親は二人の男から乱暴され、辱めを受けた。
リリスは気を失いそうになりながらも、すべてを見ていた。目を閉じれば意識を失いそうになるから。
代理人と呼ばれた男は初め見ていただけだったが、そのうち自分も輪に加わり、母親を犯し始めていた。
長い時がたった。
三人は床に倒れ伏す母親を見下ろし、中の一人が、母親の体を足で蹴った。
「……死んだか」
「舌を噛んで自分で死にやがった」
「もっと声を聞きたかったんだがな……まあいいだろう」
「ところで……娘が一人いるらしいが……」
男が振り返り、リリスは目を閉じた。
「どこかに隠れてるのか?」
「裏口から逃げやがったか」
「いや、そんな気配はなかったぞ」
男たちの足音が近づいてくる。
リリスは、目をさらにぎゅっとつむった。
「……ん? いまのは何だ?」
足音が止まった。
リリスは薄目を開いた。
「おい! 外にいるぞ!」
「いつのまに!?」
「逃がすかっ!!」
三人の男たちは窓の外を見ながら荒々しく表に飛び出していった。
しんと静まり返った家の中に、ぽつんと母親の亡骸だけが遺されていた。
「……お母さん」
ベッドの下から呼びかけても返事はない。
母親の目は見開かれ、生気を失った視線がリリスに注がれていた。
リリスと母親の幸せな日常が、永遠に失われたことを告げていた。
それからまた、どれくらい時がたっただろう。
空が明け白んできて、早起きの小鳥たちが鳴き始めたとき、リリスの耳に新たな足音と声が聞こえてきた。
「……まったく……旦那たちも人使いが荒いっての……」
ボソボソいいながら、背の低い男が壊れた家の入口に現れた。
「やっぱり、なんてこった……しかし死んじまったら女もくそもねえよな……可哀想だが、化けて出てくるんじゃねえぞ? おれのせいじゃないんだからな……」
いいながら男は、持ってきた缶の中身を床に撒き始めた。
「……日頃から魔女が魔物がと口うるせえが、旦那らの方がよっぽど魔物だぜ……」
油の臭いが漂ってきた。
思わずリリスはベッドの下から這い出した。
「おじさん!!」
「ひゃあああっっっ!!??」
悲鳴を上げ仰向けにひっくり返った男の手からカンテラが飛んでいた。
「あつっっっ!! あちゃあちゃああちゃあああっっっ!!!」
足に火が付いた男は階段を転がりながら外に逃げると、燃えたまま森の中へ入っていった。
「お母さん……!!」
炎が床を走り、リリスと母親を隔てるようにわっと広がった。
「逃げなさい、リリス」
母親の目がそういっていた。
リリスは、裏口から外へ逃げ出した。
涙も出なかった。
ただ母親の声だけが脳裏にこだまする。
「家の裏口からいますぐ東へ逃げなさい。川が見えたら丸太橋を探して渡りなさい」
パチパチと、家が焼ける音が聞こえてくる。
幸せが、日常が、愛する人が、すべてが崩れ落ちる音がする。
そのとき、リリスの中で、何かが壊れ、何かが生まれていた。
魔女の人狩り ~Little Witch Hunt People~ 堂場鬼院 @Dovakin
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