第9話
今回は――
いよいよ
相席したふたりが、出版した本をそれぞれ持って、「ひとつぶ」に訪れる日の物語をお届けします。
「本になった言葉」と「はじまりの場所」が、静かに重なり合う一日です。
⸻
『本と再会』
春の光がやわらかく差し込む午後だった。
ケーキ屋「ひとつぶ」は、穏やかに香ばしいにおいをただよわせながら、いつもと変わらぬ時間を過ごしていた。
店の奥、カウンターのそばの本棚に、小さな余白があった。
そこは、**「誰かが持ち寄る本」**のためのスペースだった。
⸻
その日、扉が静かに開いた。
最初に入ってきたのは、上田海(かい)。
初めての絵本『ねこのいるせかい』を手に抱えていた。
続いて、数分後に現れたのが、紺野あい。
彼女もまた、詩集『雨の音が聞こえる日』を、大事に紙に包んで持ってきていた。
扉がカランと鳴って、ふたりの視線が、ふたたび交差する。
「……あ」
「こんにちは」
ふたりは、言葉を探すように微笑み合った。
そして、自然と同じテーブルに向かって並んで座った。
⸻
「持ってきたんですか?」
「はい。置いてもらえたらって思って」
「僕もです。……あの日から、ちょうど3年みたいです」
葉が気づいて、声をかけてきた。
「ようこそ、おふたりとも。……もしよければ、その本棚に並べさせてもらってもいいですか?」
「もちろんです」
「お願いします」
ふたりの本が、静かに並べられた。
表紙が向き合うように置かれているのが、どこか象徴的だった。
⸻
テーブルに紅茶とスコーンが置かれる。
湯気の向こう、ふたりの間には、三年前と同じような静けさが流れていた。
「……この場所って、やっぱり、何か始まる場所ですね」
「そうですね。止まってた時間が、少し動き出すような」
「今度は、誰かが私たちの本を読んで、また来てくれるかもしれませんね」
「その人が、たとえば、ここで誰かと相席になって。
そしてまた何かを始めてくれたら――すごく素敵ですね」
⸻
ふたりは、それぞれの本にサインと短いことばを書いて、本棚の奥の余白にそっと置いた。
海はこう書いた。
> 「この本が、あなたの時間のひとつぶになりますように」
あいは、こう書いた。
> 「迷ったときは、やさしいお菓子と、ページをひらいて」
⸻
日が傾くころ、ふたりはそれぞれの帰路についた。
ふたりの本は、「ひとつぶ」の小さな棚のなかで、
たった一度の出会いから生まれた、二冊の証として、
次の誰かを静かに待っていた。
⸻
あの日のテーブルが、はじまりになっていた。
言葉と記憶が、ふたたび“同じ場所”に帰ってくる日。
それが、きっとほんとうの再会。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます