双子の不協和音
Chocola
第1話
家庭科室に、煙が立ちこめていた。
「……ねぇ杏。それ、本当に目玉焼き?」
蒼は、手にしていたミトンを置いたまま、半分あきれたように尋ねる。
「目玉焼き“だった”はずなんだけど……火をつけたら黒くなった。なんで!?」
姉・杏は自信満々にフライパンを振りながら言った。ツインテールがぶわっと揺れる。
「火が強すぎなんだよ。あと油入れすぎ」
「だって“多め”ってレシピに書いてた!」
「それ“適量”って意味だよ……」
瀧野瀬杏と瀧野瀬蒼。
誕生日は同じ、でも性格も特技も、まるで真逆な二卵性双生児だった。
杏は運動神経抜群。走るのも飛ぶのも投げるのも万能。
けれどもなぜか、運動部には所属していない。本人いわく――
「“試合の日だけ来てくれ”って呼ばれるのって、なんか特別っぽくない?」
彼女は、どの部活からも頼られる“助っ人専門”。サッカー部、バスケ部、時には卓球部や水泳部まで。
一方、弟の蒼はというと――
家庭的なこと全般が得意。料理も裁縫も完璧で、先生の信頼も厚い。
だが、跳び箱は二段でつまずき、鉄棒は一回転もできない。
「……あーあ、また単位落としそう」
杏がしょげると、蒼は小さくため息をついてから、焦げた卵を片づけ始めた。
「……手伝ってやるよ。もうすぐ試験だろ」
「えっ! 蒼、大好き!」
「……料理してるときに抱きつくな、危ない」
姉弟というより、もはや保護者と野生児。
そんな日常が、ずっと続くと思っていた。
でも、ある日の夕方――
杏の様子が、少し変だった。
「最近、なんか楽しそうだな」
蒼がぼそっと言うと、杏はスプーンでカレーをかき回しながら答えた。
「うん。……好きな人ができた」
「……は?」
手に持ったおたまが、ガタンと落ちる。
「クラスの男子でね、私とは正反対で、静かで優しくて……。すごくドキドキするの」
「それ、俺じゃん」
「……蒼は“弟”でしょ」
杏はそう言って笑ったけど、なんとなく照れていた。
蒼も、本当は密かに恋をしていた。
隣のクラスの、図書委員の子。でもなぜか、杏には言えないままだ。
子どものころは、同じ服、同じ靴、同じ道を歩いてきたのに。
大人になるにつれて、同じじゃいられなくなっていく。
「私たち、双子なのに、全然似てないね」
「……それ、今さら?」
でも――
「似てなくても、双子って言っていいよね?」
「当たり前だろ」
蒼がそう言うと、杏はちょっと泣きそうな顔で笑った。
違っているからこそ、支え合える。
不協和音でも、二つの音があるからこそ、響く旋律がある。
「さ、蒼。あのさ、今日はわたしがカレー作ってみる!」
「やめとけって。前に“黒い液体”になっただろ」
「でも! 今日は大丈夫な気がする!」
「はいはい、俺が見てるから好きにしろ」
夕焼け色の家庭科室に、二人の声が混じる。
それは不協和音のようでいて、どこか心地いいハーモニーだった。
双子の不協和音 Chocola @chocolat-r
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