009超絶ハッピーラブラブなショートストーリー

矢久勝基@修行中。百篇予定

009超絶ハッピーラブラブなショートストーリー

 こんにちは☆ミ わたし、本庄佑里香。清心女子高等学校二年次のゆめみる乙女なのだ!

 え? どんな夢かって? そりゃ、超絶イケメンの戦国武将かヴァンパイアに、こぅ……さらわれるっていうの? 奪われるっていうの?

 いつかゼッタイに叶うと信じて、わたしは日々自分磨きに余念がない。

「必ずいるはずだよね」ってドレッサーに映る女神様に問いかける毎日。でも、なかなかその瞬間は巡ってこないわけですよ。

 電車のホームで見回しても、別の学校の学園祭に行ってみても、なかなか理想のダーリンなんて見つからない。

 っていうか、そんなとこにいなくてよかった、とも思う。

 だってもし、だよ、すれ違う電車に一瞬超絶ダーリンの姿が見えたりしても、そんなのはもう二度と逢えない確率150割なわけじゃないですか。なんならサイゼリヤの隣りの席にいたって話しかけられないだろうに、そんなイケメンがわたしの人生通り過ぎていくことを思えば、いっそのこと逢えなくてよかったぁ……って思える。……わかるよね?

 そうじゃないのよ。お互いが一瞬で忘れられなくなるような運命の出会いでなければならないわけ。お母さんが再婚してみたらその人の息子さんがイケナイくらいのダーリンだったりみたいな?

 ……そういうの。そういうの!

 ……まぁお母さん、離婚もしてないけど。


 ともあれ、デス。

 なかなか訪れないその瞬間がくるまで、トキメキパワーを充電しなきゃいけないと考えた2025年の6月某日。

 命短し恋せよ乙女……来たるべき日が来た時に慌てないようにするためにも、ちゃんとシミュレーションが必要なんだと思いつく。馬で迎えに来られてもマントで空を飛ばれても「キャーーー!」ってなんないためには、心の準備が必要なのだ、と。

 ……というわけで、わたしはこのたび、〝乙女ゲーム〟なるものをやってみることにしました。

 そもそも皆様は乙女ゲームって知ってる? わたし、初めて聞いた時に、「なに?」って思ったけど。

 だから友達に聞いてみると、

『乙女ゲーム(おとめゲーム)とは、女性向け恋愛ゲームのうち、主人公(プレイヤー)が女性のゲームの総称である』

 なんだって。

 へぇ、恋愛ゲーム。いいじゃん。その説明を聞いてわたしは胸が躍ってしまった。勧めてくれた友達……舞香っていうんだけど……やっぱ大親友だけあって、わたしのことがよく分かってる!

 ただ問題は……。

 わたしはゲームというものをほとんどやったことがないので、〝乙女ゲームをやる〟といっても、何から始めればいいのか分からないトコロ。

 だから、その乙女ゲームというのをやるにはどうしたらいいかを聞いてみると、さすがの舞香もあきれたようだった。

「アンタホント世間知らずだよね~」

「だから舞香が頼りなのよ」

「しょうがないなぁ」

 舞香は親友だ。「しょうがないなぁ」でいろいろ何とかしてくれる大親友。……今回だって、後日、最新機種のゲーム機をわたしの家に持ってきてくれた。

「これ、『セガサたーーーーン』っていって今すごい人気なんだけどね。舞香に特別に売ってあげる」

「うわぁ! ありがとーーーー!! だから舞香好き~~!!」

 抱きついてチュッチュしてあげるとさすがに引いてたけど、ともあれソフト込み10万円で高性能ゲーム機を手に入れたわたしは、そそくさ帰った舞香を見送って早速ゲームを開始。

 ……タイトルを見ると『イケメントリケラトプス』と書いてある。

 何でトリケラトプスだよ……って思うけど、ゲームを始めてすぐに分かった。

「よぅ、俺に食われに来たのかい?」

「何でトリケラトプスだよ!!」

 開始早々、わたしを迎えに来たのが、トリケラトプスだったのだ。恐竜だよ恐竜。サイがちょっとゴージャスになったヤツ。

 わたしも思わず、乙女を忘れてツッコんでしまっていた。するとこのトリケラトプス、「なにいってんの?」みたいな顔をして答えてくる。

「『イチゴ大福』にはイチゴが入ってるよな」

「そうね」

「『東京大学前』って駅の前には東京大学がなければ嘘だろ?」

「うん」

「なら『イケメントリケラトプス』にトリケラトプスが出てくるのは世界の理ってモンじゃねぇか」

「おかしいだろっ!!」

 〝乙女ゲーム〟なんだよこれゎ!!

 わたし、もしかしてゲーム間違えた?……って思うけど、舞香が乙女ゲームとして渡してくれたものなんだから間違えてるはずがない。そもそも『イケメン~』だし!!

 なお、画面の向こうにマジ会話しちゃってるわたしだけど、このサたーーーンナントカっていうのはマイクがついているのか、声を拾って反応してくれるらしい。

 ともあれ反対弁論開始。

「そこがおかしいんだ! イケメンブサイクっていったらそもそも言葉が矛盾してるよね!?」

「ああ。確かにな」

「イケメン東京タワーもあり得ない!」

「まぁ……」

「だからイケメントリケラトプスも矛盾してると、わたしは言いたい!!」

 主張したい! 国会答弁でも裁判中でもわたしは断固戦う決意を決める。

「じゃあなんでお前『イケメントリケラトプス』を始めたんだよ」

「こっちが聞きたいわよっっ!!」

「ラーメン屋に押し掛けてジェットコースターはどこだって言ってるようなもんだぜ」

「遊園地だとおもったらラーメン屋だったから困ってんの!!」

 怪物はのしのしと身体を揺らすとちょっと画面から避けてみせる。

「どう考えたってラーメン屋(比喩)だろ」

 巨体が避けて、見やすくなった風景は見渡す限りの大草原。その大草原に広がるは無限のジュラシックパークだ。トリケラトプスの他にはTレックスとかアパトサウルスとかしかいない。

「お前、恐竜に詳しいな」

「わたしこれでも優等生だからね」

 武将やヴァンパイアに、学のない女で嫌われるのはごめんだ。

「ほぉ、少しは俺にふさわしそうじゃねぇか」

「わたしの方にふさわしくないわ!!」

「俺は学のある女が大好物だからな」

「食うな!」

「は? 大好物ってのは比喩だよ。お前そんなことも分からないでどうやって恋愛するんだよ」

「……」

 恐竜に恋愛で馬鹿にされるわたし。

「ま、相当ウブなネンネのようだが、惚れてやってもいいだろう。俺が恋愛の何たるかってものを教えてやろうじゃねぇか」

「……」

 恐竜に恋愛でマウントとられるわたし。

 でも、どう言い返してやろうかと思案してる矢先、現れた選択肢を見て、わたしは思わずコントローラーを握りしめて黙ってしまった。


 1,うれしい……

 2,ちょっと恥ずかしい……

 3,……いいよ?


「これ、どれか選ばなきゃダメ……?」

 どう考えても肯定的な選択肢しかない。

 いや、そりゃ乙女ゲームが恋愛ゲームなら、ここで断られたら話が始まらないんだろうけど。何がかなしゅーてこんなサイのナレノハテみたいなのと恋に落ちなきゃいけないのか。

 しかしこの怪物はそういう質問には答えない。選択肢を前に、時間が止まってしまったかのようにじっとこちらを見つめたまま、わたしの回答を待っている。


「ねぇ、アンタ実はイケメンなんだよね……?」

 とりあえず適当に選択肢を選んだわたしは聞き返した。それを問いたださないことには進められない。

「ホントはそれって仮の姿とかビーストフォームみたいなやつで、なんかの拍子に超絶イケメンに変身……っていうか、戻るんだよね?」

「ごらんの通りだよベイビー」

「トリケラトプスの中ではイケメンなんだ、とかいわないよねぇ!?」

「……驚いたな。お前の目は節穴かい?」

「節穴ならよかったって後悔してるよっ!!」

「まぁいい。じきに俺の良さも分かるだろう。……ああそうだ。お前の名前をまだ聞いてなかったな」

 彼?がそういうと、名前の入力画面が出た。てか、心底実名入れたくない。

「ぽよーんフみ子? 変な名前だな。ウンコふみこの方がまだいいんじゃないかい?」

「全国のフミコさんにあやまれ!!」

 そこでわたしははっとなる。

 冒頭、わたしはこんなキャラじゃなかった。もっともっとゆめみるかわいい感じの乙女だったはず。そして、そうでなければいけない。でないと、いつか現れる超絶イケメンの王子様に嫌われてしまうから。

 これは、ある意味で修行なのだ。こんな怪物相手でもわたしはわたしを保てるか。……今、神様に試されているのだ。

「ホントにフみ子でいいんだな?」

「ううん、そんなことないの! 間違えた!!」

「なんだよ。笑えねぇジョークだぜ」

 そして再び名前入力のチャンスが巡ってくる。佑里香……今度はちゃんと本名を刻んで、毅然と彼?へと向かった。

「ほぅ、ゆりか。その顔に似合う、いい名前じゃねぇか」

「は、はい!」

 こんなやつに褒められてもうれしくない。でも修行修行……。

「じゃあゆりか。お前の顔も名前も忘れねぇぜ」

「はい!」

「このデータはネットを通じてクラウドに登録されたからな」

「はい! え……?」

「俺から離れようなんざ思ったら、このデータ世界中にばらまくぞ」

「なに、ちょっと、脅してんの!?」

「どう思ってもらっても結構。今日からお前は俺のものだからよ」

「ハァ!? ふざけんなよ?」

 再びディティールを崩してしまうわたし。ダメダメ、こんなんじゃ王子様に嫌われてしまう。

 思えば、これくらい強引に迫られて、あれよあれよという間にいろいろ奪われてしまうのが理想なのだ。こんなことでビックリして暴言吐いたら……これが本番ならえらいことになってしまうところだった。くわばらくわばら。

 とはいえ、こんな時はどんな反応をしたらいいの? ……反応に困って目の前の怪獣を見つめるしかできない。

「いいね。その目。かわいいぜ、ゆかり」

「ゆりかだよ!!」

「おお、そうかい。……まぁ好感度が低い間はこんなもんよ。気に入られたかったらもっと俺好みの女になんな」

「……」

 もう軽く屈辱なんだが。

 だけど、大親友の舞香がわざわざ最新機種のこのゲームを選んでわたしに渡してくれた理由……それを考えたら、やはりわたしのためなんだって思い直す。

 がんばろう。そして、いつか本当のヴァンパイアを迎え入れるのだ(それか戦国武将)。

 わたしは頑張ってキラキラおめめに戻ると、聞いた。

「あなたの好みになるのにはどうしたらいいの?」

「おお、少しはかわいいとこ見せるじゃねぇか。……そうだな。まず俺の子を孕むにはお前の骨盤はやわすぎる」

「いきなりおぞましいこと言うな!」

「結ばれるってのは、そういうことだろうが」

「お、おぞましいこと言うなぁぁ!」

 わたしは思わず顔を赤らめてしまった。ちょっと、なんかいろいろ想像しちゃったのだ。コイツ相手だと、そんな想像はもう断固おぞましいわけだけど、確かにちょっとやらしいことを想像させられただけで慌てふためいたら超絶イケメンたちに「めんどくさっ」って思われてしまうかもしれない。

 修行、これも修行だ。舞香ありがとう。わたし、今頑張ってるよ!


 その時だった。また信じられないことが起きる。

 目の前のトリケラトプスが突如画面外に跳ね飛ばされたのだ。入れ替わって登場したのはヘスペロサウルス。なんか葉っぱみたいな背びれを並べた巨大恐竜の一つである。

 まさかの恋のライバルの出現なのか。これってわたしが三角関係の一片に組み込まれちゃったりするパターンなの?

 ……言ってるわたし自身、気は確かかと思ったりもするけど、これは恋愛ゲームなのだ。このタイミングで現れる怪物がただの弱肉強食だったり、ナンパな男(?)を咎めに来た正義漢なはずもないくらいは想像できる。

 ヘスペロサウルスはわたしの方へと首をもたげた。いや、どう考えても恋愛対象にはなりえない。なりえないが、ゲームが『イケメントリケラトプス』である以上、コイツもたぶん恋愛対象なのだ。

 わたしは、頑張って愛想笑いを浮かべた。目と目が合う。何のシンパシーも感じないけど、それでもこの怪物はイケメンなのだと言い聞かせて、ゆめみる佑里香を演じようと神様に誓った。

 そんなわたしの目の前で、ヘスペロサウルスが笑う。

「あらやだ。かわいい子じゃな~い?」

「何でオネェなんだよ!!」

 甲高く甘ったるい声に、神様との約束が一瞬で崩壊する。だってオネェだよ!?

 十代女子が恋愛対象として絶対選ばないであろうオネェを恋愛ゲームにぶちこんでくる開発者のセンスが疑える。そもそも恐竜が恋愛対象なところといい、このゲーム、いくら何でも意欲作過ぎるだろ!!

「いやだ~、あたしの顔見てよ~。どう見たってオネェ属性じゃな~い」

 この怪物を見てオネェ属性だと見抜けるなら、カレーライスを見て明日の天気が分かる自信も湧きそうだ。

「だ~いじょうぶよ。これでも繁殖の機能は残ってるんだから♪」

「なんでみんな二言目には子供産もうとすんのよ!!」

 コイツらは恐竜だけに、繁殖にしか興味がないのか。

「おいクソ野郎」

 その時、軽く気絶してたトリケラトプスが復活してきた。

「テメェになんざ、ゆかりのことは任せらんねぇよ」

「ゆりかだよっっ!!」

「だめねぇ……」

 ヘスペロサウルスが井戸端会議のオバチャンみたいな声を上げた。

「だいじょうぶよ。ゆりかちゃん。こんな男、あたしが追っ払ってあげる」

 お……コノヒト、わたしの名前一発で覚えた……。

「おい。名前くらいで好感度増してんじゃねぇよ」

「こ、好感度が増したわけじゃないもん!!」

「男の価値はそんなところじゃ決まらねぇ。……そうだろ? ゆかり」

「ゆ・り・か!! 決まらないけどいい加減覚えてよ!!」

「だめよん。ゆりかちゃん。トリケラトプスの脳みそにそんなこと言ったって無理に決まってるじゃない」

 そうか、こいつは恐竜だった。普通にしゃべってるから人間並みの知能があるのかと思ってたわ。

 トリケラトプスは鼻を鳴らし、

「テメェも恐竜じゃねぇか。じゃあ試しに100ー7を言ってみろよ」

「93にきまってるじゃな~い」

 ヘスペロサウルスは知能が高いらしい。

「じゃあ93ー7は」

「え……ろ、65?」

「……」

 ヘスペロサウルスは、繰り下がりの引き算ができないらしい。

 彼?のヘイトをして満足げなトリケラトプスは、わたしの方へと振り返り、言った。

「とにかくだ。お前は俺か、このオネェかを選ばなきゃならねぇ」

「……」

 もはやわたしは「……」と叫ぶしかない。だってその答えは回避できない〝選択肢〟だったのだから。


    1,トリケラトプス

    2,ヘスペロサウルス

(お得)3,どっちも


「おい開発者~~~!!!」

 しかもなんで微妙に3を勧めてるのこの選択肢!!

「選べないなら3でもいいんだぜ」

 しかもなんで3の展開に期待してんのこのトリケラトプス!!

〝どっちも選ばない〟という選択肢がない時点で、わたしの人生は詰んでる。

 ああもう助けてわたしの超絶イケメンなヴァンパイア。こういう人生の行き止まりからすべてを奪って、さらわれるシチュエーションこそ、わたしが望んだ夢なんだから!!

「あ……」

 妄想して閃いた。そういうことね! と心が躍る想いがした。……きっと、ここから本当の王子様が登場するんだ!!

 いや、おかしいと思ったよ。いくらなんでもこんな恋愛ゲームはあり得ない。こんなんじゃゲーム雑誌にクソゲー認定されて次の日には中古ゲームとしてメルカリで1円で、燃えるゴミと一緒に並んでるはず。

 でもだよ、でも。BUT、HOWEVER!

 このゲームはそんなんじゃない。だってアレだよ!? 最新機種のゲーム機が込みで10万円だよ!?

 舞香がぼったくったとは思えないし、きっともともとは30万円くらいしたところを安価で譲ってくれたに違いない。

「いいから早く選べよ」

 興奮して鼻血出してるわたしをせかすトリケラトプス。わたしはよりピンチに陥るよう、あえて3を選んでみる。

 すると……!!


 次の瞬間、二人の恐竜がまた、画面から突き飛ばされた。

 ほら、ほらほら!!

 わたしは思わず、コントローラーを握りしめていた。『Re:ピンチから始まるイケメン生活』なわけよ!……なんか知らないけど二匹の恐竜に貞操を奪われる危機だったわけよ!

 そういう行き止まりから助け出してくれたのは誰!? 織田信長!? それともケッセルリンク伯爵!?

 そしてついに画面に現れる雄姿!

 その雄姿!!!!

 …………

 ……

 ……ティラノサウルス。

「ゆうかさん!!」

 なんか、誰もがこの展開しか想像してなかったようにも思うけど、とりあえず画面いっぱいにわたしを見下ろしているのは超巨大恐竜のティラノサウルス。しかもなんか怒ってる。

「信じられません! ゆうかさんが二人を選ぶような軽い女だったなんて!!」

 すっごく怒って、その象みたいな足で、地団駄を踏んでいる。ちっともかわいくないけど。

「僕、ゆうかさんのこと信じてたのに、すごいショックです!!」

「ちょっと、あの……」

 わたしがいろんな意味で圧倒されてても向こうはお構いなしだ。

「ゆうかさん! ホントは訳があるんですよね? 僕に打ち明けてください。だって僕……だってボク……」

 好きだとか言うなよ?

「ゆうかさんのこと、ずっと前から好きだったのに!!!」

「……」

 もう何とかしてこの展開。

「目を覚ましてくださいゆうかさん! いや……僕が、僕が目を覚まさせてあげますから!」

 言いながら取り出したのは、おたまとフライパン。もはや意味わかんないけど、まさかアレで目を覚まさせるつもり……?

「おいゆかり」

 再び気絶していたトリケラトプスがうなりを上げた。

「お前はそんなガキがいいのかい?」

「ガキですって!?」

 ティラノサウルスが反応する。二人は睨み合いとなった。

「テメェだよ。でかいだけの草食系男子が。生粋の肉食系男子に勝てると思ってんのかい?」

「はぁ。ではでかいだけじゃないってことを教えてあげましょうか」

「やめなさいよ! 二人とも!! ゆりかが困ってるじゃない!」

 険悪なムードに、オネェのヘスペロサウルスが割って入る。

「もうホント野蛮なんだから。女が喧嘩の強さで惹かれるのなんて十代ぐらいまでよ?」

「……」

 いや、わたし十代現役JKだけど、怪物同士の喧嘩じゃ惹かれない。

 トリケラトプスは鼻を鳴らした。

「喧嘩なんかにゃならねぇよ……ゆかりは最終的に俺を選ぶに決まってんだからな」

「あらやだ。それ前提でさっきは3を選ばせたの?」

「比較物があったほうが俺の良さが際立つってモンだろうが」

「その自信、いったいどこから来るのやら……」

 ヘスペロサウルスがため息とかついてる。その脇で、ティラノサウルスが目を潤ませた。

「ゆうかさん。ゆうかさんは自分をもっと大事にしてください。僕が選ばれるなんて思ってないけど、ゆうかさんがやけっぱちに付き合う人を決めるなんて僕……耐えられません」

 なんか……わたしは断固抗議したい気持ちになってきた。

 どうしてこれをイケメンでやってくれないわけ? なんかすごいいい感じにわたしを取り合ってる気がするんだけど!!

 今からでも開発会社に手紙が書きたい。これ、ヴァンパイアの一族でやってくれませんかって!!

 そしたらうれしいのに! そしたら興奮するのに!!

「大丈夫? ゆりか」

 一人の世界に入って鼻血の止まらないわたしを心配してくれるヘスペロサウルス。オネェはオンナを演じてるからか、小さなことにも気を配れたりする、みたいな偏見があるけど、この人(?)もそうなのかな。

「怖いよね。大丈夫よ。あたしが守ってあげるから。……とりあえず、三葉虫とか食べて落ち着く?」

「うぎゃぁぁぁぁぁ!!!!」

 言いながら口から吐いたのは巨大なゲジゲジのカタマリ。どうやら胃袋から反芻してきたらしい。

「そんな気配りいらんわぁあ!!!」

「え?」

「そんなもん食べられるわけないだろーーーー!!!」

「は? お前なに言ってんの?」

 突如オネェがマジになる。

「食べ物を粗末にすんなよ。三葉虫はごちそうだぞ。……まさかお前、『イケメントリケラトプス』やってて三葉虫が食えねえってことはねぇよな?」

「ええ……?」

 豹変。オネェが突如粗野な言葉を使い始めるとすっごい怖い。

「『こんなもん』じゃねぇんだよ。オラ、食えよ」

 画面越しなのにすっごい怖いんですけど!!

 しかもそこで選択肢。


 (死亡フラグ)1,食べる

 (死亡フラグ)2,食べない

 (死亡フラグ)3,逆ギレ


「詰んでんじゃん!!」

 補足説明がカオスすぎて、わたしは思わず叫んでいた。いや、叫んでも飽き足らない。まるで、戦国時代のホトトギスになった気分だ。え? どういう意味かって?


 食べたなら 絶対死ぬぞ ほととぎす

 食べぬなら フォアグラにするぞ ほととぎす

 キレるなら 食してしまえ ほととぎす


 自分で食べるか無理やり食べさせられるか自分が食べられるか……ほととぎす。

 ……行間から絶望がにじみ出してて、わたしは動けない。……何でゲームでこんなに人生ピンチを迎えてるのわたし!!

「言っとくけど、リセット押しても追っかけるぞコラ」

「ええーーー……!」

 どういう仕組みか知らないけどオンライン飛び越えてめっちゃ脅してくる。画面のこっちまで追っかけられたら人生本気で詰む。

 ……しかしその時、意外なところから助け舟があった。

「とりあえず2でも選んどけ。俺が何とかしてやるよ」

「え……」

 ぼそりと呟くトリケラトプス。それは画面外から聞こえた声だけだったんだけど、そのニヒルな雰囲気に一瞬キュンとする。

 容姿にばかり気を取られて気づかなかったんだけど、意外に声はいいのよ。だから画面の外から声だけ聞いたら、……ヤバい。けっこうかっこよかった。

 おかげで、すっと気持ちの落ち着いたわたしが2を選択。

「ああああ!? 穴掘って首まで沈めて上から三葉虫詰め込んでやろうかぁ!?」

 豹変したオネェ、ガン切れ。しかしそれとほぼ同時に、その巨体を突き上げる脇からの一撃が彼(彼女?)を襲う。

 それはヘスペロサウルスの巨躯が一瞬浮くほどの力となり、なぎ倒されれば大地が揺れた。

「俺に乗れ!!」


 1.乗る

 2,乗らない


 言われるがままに1を選ぶ。小山みたいな怪物どうやってよじ登るのかは知らないけど、そんなのはゲーム任せだ。

 乗るという選択肢だけでわたしの視点は極端に高くなり、そして風景が高速で流れ出した。

「しっかり掴まってろよ!」

「は、はい!」

 わたしにゲームの耐性なんてない。画面の中の出来事なのに、まるで今ここで起きていることであるかのような臨場感を感じ、心臓の鼓動が高鳴った。


 場面は変わった。

 といっても見渡す限りの大草原の風景はほとんど変わらず、山が少し近づいて木が若干増えただけなんだけど。

「まぁここまでくればひとまず大丈夫だろう」

 そこで自然と降ろされたわたしは、ちょっとドキドキしてる。いや、だって、ある意味さらわれたわけじゃんわたし!! 声もわりといいわけだし。

 いろいろ想像した時、ちょっとこのシチュエーション、かるくヤバいことに気が付いた。

「ちょっと待ってて!」

 だからこそ……思いついたことがある。わたしは反射的に画面から目を離した。

「なんだよ」

 コイツを見ちゃいけない。コイツを見るから幻滅するんだ。

 さらに思いついた天才のわたしは、座ってる体勢から飛び上がって超イケメン織田信長の画集を机の引き出しの〝大事入れ〟から引っ張り出して戻ってくる。

「いいよ!」

「どうしたんだ」

「大丈夫。話して!」

「よくわからねぇが……危ないとこだったな」

「はい! ありがとうございます!!」

「だがここは恐竜たちの国だから、こんなことは日常茶飯事だ」

「恐竜の国とかは言わないで!!」

「……?」

「どうぞ、続けてください!」

「……だから、ずっと俺の傍にいろよ」

「は、はい! よろこんで!!」

 そこで、彼はけげんな声を上げる。

「……なんか、急に素直になったな」

「それはもう!」

「それと、もう一つ気になるんだが……」

「はいっ!」

「お前……俺に話しかけてるか……?」

「もちろん!!」

「そうか……ならいいが……」

 画面の向こうの爬虫類には分かるまい。わたしは握りしめる画集だけを見て、彼の声に耳を傾ける。

 A4版の画集には超絶イケメン織田信長の雄姿が様々な表情を浮かべていた。

 わたしは思いついたのだ。これ見て妄想すれば、トリケラトプスさえも織田信長になれることを!!


 後日、わたしはカフェに舞香を呼び出した。舞香、ややビビり気味に、

「な、なに? 金なら返さないよ?」

「なにビビってんの。わたし、舞香に感謝しなきゃって思ってるの!!」

「へっ?」

「わたしあの乙女ゲームにハマった! 今一人付き合ってる人がいるの!!」

「ハァ……!?」

「ありがとう。あのゲーム、マジ最高!」

「……」

「ちょっとまたさ、弟属性の森蘭丸と三角関係みたいになってるんだけど、……もうね、胸キュンッキュンだよ~~! ジュラシックならぬジェラシックって感じ!!」

「森蘭丸?」

「あ、こっちの話。とにかくすっごい楽しい!」

「……あ、そう。よかったね」

「もう、今度わたしを取り合って、信長と蘭丸が勝負するんだよ!」

「勝負するの? 何の勝負?」

「踏み台昇降運動だって!」

「踏み台昇降運動って……あの……階段上ったり下りたりするやつ……?」

「そう! なんか『わたしのために争わないで!!』って言ったら、じゃあ燃え尽きるまで体力つかって、根性見せてやるから愛の深さを知れって!!」

「もうわけわかんない」

「いいの! とにかくありがとう!! やっぱ舞香大好き!!」

 ……わたしは呆然とする舞香をそのままに、家路を急いだ。

 燃え尽きるまでわたしを求めてくれる二人の踏み台昇降運動の音を聞きながら、画集を並べて妄想するために!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

009超絶ハッピーラブラブなショートストーリー 矢久勝基@修行中。百篇予定 @jofvq3o

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ