紅の約束、白の再来

Chocola

第1話

 公爵家の屋敷の門前に、その子は倒れていた。


 白銀の髪。深紅の瞳。透き通るような白い肌。


 ――人ならざるもの。


 それでも私は、放っておけなかった。


 「……誰か! すぐに手当を!」


 この人生で二度目の五歳を迎えたばかりの私には、少し荷が重かったけれど、それでも私は決めていた。


 “前の人生のようにはさせない”


 


 その子は、屋敷の奥の客間で目を覚ました。


 「ん……ここ、どこ?」


 「うちの屋敷よ。あなた、倒れていたの」


 「そっか……あ、わたし、リーシャ。あなたは?」


 「リュシエル。グランディール公爵家の娘よ」


 その瞬間、彼女の赤い瞳がふっと揺れた。


 「……知ってる。リュシエル。あなたがここにいて、よかった」


 


 それからしばらくして、リーシャはぽつぽつと語り出した。


 「わたし、本当は……ショコラの子なの」


 ショコラ――それは伝承の中で語られる、世界を創った時渡りの吸血鬼。


 彼女は自らの姿を4つに分け、各国の王族に与えたという。


 


 白い髪は、信仰の国に。


 赤い目は、魔術の国に。


 頑丈な肉体は、戦闘の国に。


 そして、透き通るような白い肌は、このリュシエルの国に。


 


 「でも、世界は壊れちゃったんだ。みんな、力を恐れたの。

 誰かが“全部を持つ存在”を怖がった……だから、わたしは戻ってきたの。

 この世界が壊れる前に、やり直すために」


 


 私はその言葉に、胸がざわついた。


 前の人生のことは、誰にも話していない。


 けれど、あのとき。私は「彼」と結婚することで家を守ろうとした。

 そして、家族は全員、謀反の罪を着せられて処刑された。


 理由はこうだ。


 “おまえの家は、異形の吸血鬼と関わっていたから”


 


 「今度こそ、守るわ」


 私は決意した。誰にも言わない。ただ、リーシャを守る。

 彼女が“世界を救うために戻ってきた”と語ったことを、私は信じる。


 


 そんなある日、第一王子が我が家を訪れた。


 「グランディール令嬢。屋敷に、異形の子を匿っていると聞いた」


 彼の金色の目は、何もかも見透かすように冷たい。


 「白髪、赤い目、異常な再生能力――すべて、ショコラの因子を持つ。

 そんな存在が現れれば、世界はまた崩れる。だから、我々が処理しなくてはならない」


 


 「その子は、そんな存在じゃないわ」


 「おまえはまた、異端を庇うのか?」


 前の人生でも、彼はそう言った。


 “おまえの家族が罪に問われたのは、おまえのせいだ”と。


 


 「だったら、いいわ。私が“異端”になる。

 でも、あの子を、もう誰にも傷つけさせない」


 


 その背後から、リーシャの声が響いた。


 「リュシエル、ありがとう。でも、わたしは戦うよ」


 


 その小さな身体が、真紅の魔力に包まれる。


 白い髪が揺れて、瞳に紅が灯る。


 「わたしは、ショコラの記憶と願いを継いだ“完全な似姿”。

 けれど、壊すために来たんじゃない。守るために来たの!」


 


 第一王子は動けなかった。


 それが、あまりに“神のよう”だったからだ。


 


 世界が再び動き出す音がした。


 


 そうして私は、やり直しの人生の中で――本当の希望に出会った。


 


 リーシャ。あなたは、世界を救うために戻ってきたのかもしれないけど、

 私にとっては、何よりも“わたしを救ってくれた存在”だったのよ。

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紅の約束、白の再来 Chocola @chocolat-r

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