第19話 幸せとは何か
父親からの手紙に目を落とすリオノーラの髪を一束救い上げて、シルヴァンは口づけを落とす。
その仕草に、リオノーラは気恥ずかしいのか、シルヴァンの手をやんわりと押した。
「君を幸せにできるかどうか、自信はないが、君と一緒に困難を乗り切る自信はあるよ。
幸せとは、そうやって二人で作るものではないかと私は思っているのだけど」
恥じ入るリオノーラを、そのまま腕の中に導き、シルヴァンは細い体を抱きしめる。
学園時代から、凛とした姿勢が好ましいと思っていた。その時はまだシルヴァンには婚約者がいた。簡単には覆せない制約の元に結ばれた婚約ではあったが、将来的に解消されると決まっているものだった。
シルヴァンも、家族も、婚約者はいないものとしてゆくゆくはどこかの令嬢を娶らなければならないことは分かっていて、解消されればほかの令嬢を婚約者とするつもりだった。
しかし、留学してきたリオノーラを見て、シルヴァンは生涯共にするなら彼女がいいと思った。
リオノーラの身の上は、彼女とは入れ替えにあちらの国へ留学していた友人から情報を得ていた。彼女の婚約者の所業は許されるものではなかったし、その当時の学園の空気も異常だと言えた。
シルヴァンもその小説は手に入れて読んだが、あくまで創作の絵空事であり、それを現実に落とし込んだような学園の異様な状態に、リオノーラを帰したくないと強く思った。あの中にこの清廉な存在を戻して穢すなんて考えられない。
リオノーラの留学中に何とかなればよかったが、事態はそう上手くは回らなかった。その間にシルヴァンは、両親にリオノーラの話をし、現在の婚約者の家とも話をした。
シルヴァンの婚約者は、8歳下の公爵令嬢だった。本当は国の主の落とし胤だったが、秘匿されるべき相手が産んだ子だったため、公爵家に養子に出された女児だった。国の主は、産んだ女性が他国の出身であることから、その国へ生まれた子を戻す為に婚約を整えようとしたが、貿易関連で国家間に諍いが起きた時期と重なりすんなりとは成らなかった。
公爵の実の娘として籍を置いていたため、その子供に縁談が来てしまうことを恐れて、シルヴァンとの仮婚約が成されたのだ。シルヴァンのベシエール公爵家は王家の剣と言われる武の勇で、王家からの依頼は断れない立場にあった。
何れは解消される婚約ではあったが、不実な対応は許されない。
しかし、相手方も母の出身国との縁談が纏まりそうなことと、シルヴァンの状況も鑑みて、婚約の解消に同意すると言ってくれたのだ。シルヴァンはすぐに動いた。婚約の解消が決まったリオノーラに、すぐに新たな婚約者として名乗りを上げた。
そして、リオノーラは今、シルヴァンの隣にいる。
血統は申し分ない公爵令嬢で、傍から見れば立派な国益のための政略結婚に見えるだろう。
だが、シルヴァンは、この得難い存在を自分の腕の中に囲えることを幸せだと思えた。
「そうね。幸せとは、もらうものではなく、作るものだわ。お互いの努力の上に、成り立つもの。二人で努力した結果として、幸せだと感じられたら、それは本当にうれしいことだと思うわ。
わたくしはそう教わってきたし、そうしていくつもりよ。貴方も同じだと思っていいかしら?」
不安げな上目遣いで見るリオノーラが可愛くて仕方がない。
そんなに可愛い顔を見せるのに、元の婚約者はなぜ彼女を捨てたりしたのか。シルヴァンは理解に苦しむと思ったが、ある意味彼のおかげでリオノーラは隣にいる。
「ああ。もちろん。君となら幸せを作っていけると思っている。
共に幸せになろう」
その言葉に、リオノーラが安堵した表情で笑う。
柔らかな茶色の髪を梳きながら、シルヴァンはリオノーラの温もりを確かめる。
「君が、あの二人を案じてやることはない。彼らがどうなろうと、彼らが招いた結果なのだから。
私たちに出来ることは、幸せになることだよ。彼らも彼らなりの幸せを探すだろう。そこに君の責任はない。
安心して、私の元に嫁いでおいで」
腕の中のリオノーラが小さく頷いた。
シルヴァンは、件の二人を報告でしか知らない。
だが、あの国で起きた小説を発端とした一人の令嬢に対する異常な熱は、今後国を守るベシエール公爵家を背負う者として看過できるものではない。
巻き込まれたリオノーラのことを考えても、貴族社会に亀裂を入れるものだ。
自国でも起こらないとは言えないあの出来事については、検証が必要で、警戒すべき事案だ。
あの国で制定された法律についても、他国も含め、注視している。
国とは、秩序を守ることで成り立っている。
今後、シルヴァンがすべきことは、あの騒動からの結果を、自国での戒めとしてどう活かすかである。
それは、きっとリオノーラとの幸せにも繋がるのだから。
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