第6話 新しいハンナ
お父様!今度は私から行きますね!」
「よし来い!ハンナ!相手の急所を狙うんだ!」
ハンナは腰に付けた剣を抜き父に向かって行った。
『カキン!』
剣と剣がぶつかった。ハンナの攻撃は父に阻止された。
「まだまだ練習が必要だな。もう少し素早く剣を抜ける様にした方がいいな。」
「今度は負けないです!」
ハンナはそう言って何度も父に剣の相手をしてもらった。
「ハンナ、少し休もう。近くに綺麗な泉があるからそこに行こう。」
「はい。お父様。」
ハンナは父の後を着いて行った。
「ほらここだよ。」
そこはキラキラとした透明な水が湧き出る泉があり、一面に色とりどりの小さな花がたくさん咲いていた。
「うわあ!綺麗!ここのお花少しだけ頂いてもいいかしら?お家に飾りたいわ!」
「いいけど余りたくさん取ってはいけないぞ。」
「はあい。そんな遠くまで行かない様にします。」
ハンナは嬉しそうに花を摘んでいた。父はそんなハンナを見守っていた。その時、一瞬周りの音が止まった様に思えた。
「ケー―――――ン」
キジの様な、いやそれよりも高く大きな鳴き声が響き渡った。父は身構えて辺りを見た。ハンナも花を摘むのを止めて父の近くに行って隠れた。
「何の声?」
ハンナが父に尋ねた時に真っ白な美しい鳥がハンナ達の目の前に現れると、二人の上を旋回し直ぐにどこかへ飛んで行った。
「なあにあれ?とても大きな鳥さんだった。」
「ハンナ、大丈夫か?何ともないか?」
「私は大丈夫です!」
「ハンナ、あれは不死鳥だ。幻の鳥と言われている。この場所は不死鳥の巣の近くだという言い伝えがあるんだ。」
「そうなんですね。巣の近くに来てしまったから鳥さんは怒ってる?」
「いや。すぐにどこかへ行ったから大丈夫だよ。けれど悪い奴らに見つかると不死鳥を狙いに来るぞ。だからこの場所はむやみに人に言ってはいけないからな。」
「悪い奴らは鳥さんを捕まえに来るの?」
「そうだ。不死鳥には偉大なる力が宿っている。不死鳥に触れる事が出来た者は特別な力を授かる事が出来るとも言い伝えられているんだ。そして特別な力を持った者の血を呑むとその力は自分の物になると言われていているんだよ。それに巣の近くには不治の病を治す薬草が生えているから悪い奴らは金儲けなんかに利用するから絶対にバレてはいけないんだ。」
「そうなのね。あの鳥さんとても綺麗なのに悪い人に捕まったら可哀想だわ。」
ハンナはあの鳥が捕まらない事を心から祈った。
「大丈夫だ。ハンナ。さあ、帰ろう。」
「けれどお父様、私がもっと小さい時に見た事ある不死鳥さんはもっともっと小さくて尾が紫色をしてたわ。」
ハンナはふと思い出した遠い記憶を父に伝えた。その言葉を聞いた父は顔色が変わった。
「ハンナ!いいか、その事は誰にも言ってはいけない。そしてハンナもその事は忘れるんだ。そんな事を言うと皆に嘘つきだ!と言われるぞ。」
父は今まで聞いた事ない様な怒った声でハンナに注意した。
「嘘じゃないです!ハンナは見ました!ハンナの部屋で寝てる時にベットの中で見ました!エーン。エーン。」
父に嘘つき呼ばわりをされ悲しかったハンナは泣いてしまった。
「嘘…じゃないです…お父様…」
その時、ハンナの意識がハッと戻って辺りを見回すと、そこは見知らぬ部屋だ。
「夢?ここはどこ?……あ、そうか、私は結婚して家を出たんだったわ。」
ハンナはふうっと深呼吸して体を起こした。
「ハンナ妃!」
エクラの叫び声が聞こえたかと思ったら近づいて来て抱きしめられた。
「ハンナ妃!気付かれたのですね!覚えていますか?パーティー会場の中庭で倒れられてそのまま一週間も眠り続けていらっしゃったんですよ!って…あれ?ハンナ妃?」
エクラが私の顔を見て何だか不思議そうな顔をしている。
「ハンナ妃ですよね?」
意味の分からない質問をして来た。私はそんなに病状が良くないのだろうか。体は案外スッキリとしているのだが。
「そうですよ。エクラ。ハンナ・サラよ。」
そう答えるとエクラは何とも言えない顔をした。
「ハ、ハ、ハ、ハンナ妃!か、か、か鏡を見てくださいませ!」
慌てふためいて鏡を取りに行く様子を見ると相当、悪いようだが、今までの男の子みたいな風貌がどう悪くなるというのだろうか。
「どうぞ。ご覧になってください。何を見てもお気を確かにお持ちください!エクラはハンナ様の味方ですから。」
そんな風に言われると怖くなってしまう。エクラの取り乱しようは相当だ。これは狼男にでもなってしまったのだろうか。そうなってしまうと益々アンベスに辛く当たられるに違いない。色々考えながら思い切って鏡を見た。
「え…これは一体どういう事?」
その鏡に映っていたのは今まで見た事ない様な絶世の美女だった。厳密に言うと顔はハンナのままなのだが艶やかさが今までとは全く違うのだ。
ハンナの二人の姉よりも遥かに美しい。白くきめ細やかな肌。長く濃い睫毛、紫の瞳、シルク糸の様な繊細な長い髪の毛、うっすらとピンクに染まった頬、血が滲んだみたいに見える艶やかな唇。
「エクラ?これは一体…。」
ハンナも訳が分からずに戸惑ってしまっている。
「ハンナ様。取り合えず落ち着きましょう。お顔はハンナ様のお顔なんですが…、なんだか雰囲気と言いますか、何かが少し違って見えます。」
「全身を写す鏡はあるかしら?」
ハンナも何がどうなって居るのかを知りたい。
「はい。ございますわ。どうぞこちらへ。」
エクラに手を引かれて全身鏡の方へ歩いた。その鏡に映った姿はネグリジェ姿だがそんな事はどうでもいいほどに美しかった。長く細い首、華奢な鎖骨からは想像できない豊満なのに整った形の胸、程よく肉が付いたくびれた腰にツンッと上がったヒップに長い美脚。
「エクラ、ここに写っているのはハンナ・サラでしょうか?」
鏡をマジマジと見つめながら質問した。
「はい。もちろんです。何を仰いますか。今も前も変わらずハンナ妃です。」
エクラがニッコリと答えてくれるとやっと受け入れる事が出来た。
「取り合えず、今日はこの部屋から出ずに様子を見ましょう。」
エクラの提案にハンナは賛同した。
「何か、お食事されますか?食欲がないようでしたらスープでもお作り致しますが。」
エクラが温めたタオルで髪や体を拭いてくれている。
「お腹はとても空いています。そうねサンドイッチと飲み物はぶどうジュースが飲みたいわ。でもその前にお風呂に入りたいのだけど。」
エクラがずっと体を拭いてくれてたとはいえ、一週間も寝たきりだとお風呂に入ってスッキリしたい。
「かしこまりました。では先にお風呂の準備をしますね。その前に何もお召し上がりにならないのはよくないのでチョコレートとミルクをご用意します。」
「分かったわ。ありがとう。」
ハンナはまだボーっとしているので少しだけ外の風に当たりたくてベランダの窓を開けた。下の方では騎士団が剣術の訓練を行っていた。
「ハンナ妃。お風呂の準備が出来たのでどうぞこちらへ。」
つい騎士団の訓練に見入ってしまった。
「あ、ありがとう。」
久しぶりのお風呂はとても気持ち良くリラックス出来た。
「何だか、体の調子がとてもいいわ。ずっと子供のころから貧血気味だったのだけど今日はフラフラしないわ。」
「ハンナ妃、こういうのはあれなんですが、今日のハンナ妃の身体は艶やかで、例えるならば血がいつもより多い気がします。血色がいいですわ。」
「一週間、休養を取ったから貧血も治ったのかもしれないわね。」
エクラとハンナは顔を見合わせて笑った。
その時、ハンナの部屋は鍵を掛けていたはずなのにガチャっと開き、皇帝と付き人がゾロゾロと部屋に入って来た。
「皇帝、申し訳ございません。只今、ハンナ妃は入浴中です。」
エクラが慌てて部屋に入る事を止めた。
「気にするな。それよりもなぜハンナが目覚めたら何故直ぐに言いに来ない。」
「いえ、まだ完全な状態ではないので…」
皇帝達はエクラが止めるのも気にせずにズンズンとハンナが居る風呂場へ入って来た。
「皇帝、お風呂まで来るのはあんまりではないでしょうか。まだ、病み上がりなのでそこはご了承くださいませ。」
ハンナは白のバスローブを着て浴槽の淵に腰かけていた。
「お主は…ハンナか?」
皇帝も付き人も動きが止まった。その目の前に居る女性はコットの何倍も美しく妖艶な女性だった。
「はい。左様でございます。皇帝がアンベス皇子の妃にと選んだハンナ・サラでございます。」
皇帝は息を呑んだ。付き人は今まで見て来た男の様な令嬢がどうしてこんな変わったのか理解できなくてパニックになっている。
「そうか。ところで、ハンナはあのパーティー会場で白い鳥を見たのか?」
ハンナは皇帝の質問に身構えた。
「それが、私は覚えておりません。鳥だったか猿だったか猫だったか何か見たよな見てない様な。」
「本当か?エクラはそなたも一緒に見たと言っておるが。どうだエクラ。」
「あ、いえ、私は見た様な気がしたのですが。ハンナ妃は直ぐに倒れられたのと私も気が動転しておりましたので。」
エクラはシドロモドロになりながら答えた。
「皇帝、今、入浴中ですのでまたこちらから伺います。あ、それと体が鈍っておりますので騎士団の剣術の訓練を一緒に受けたいのですがよろしいですか?」
そう言って湯船のお湯を手でスーッとすくった。その美しい姿に付き人は釘付けだ。
「よかろう。ではまた体調がよくなったら私の所に来なさい。」
皇帝はハンナを舐めまわす様に見て部屋を出て行った。
「ハンナ妃!申し訳ございません!」
「大丈夫よ。何も気にすることはないわ。それより湯冷めしそうだからお風呂に入りましょう。」
「かしこまりました。」
「あ、それとエクラにお願い事があるの。」
「何でしょうか?」
「明日から騎士団の剣術の訓練に参加したいの。騎士団長と交渉出来ないかしら?皇帝は許可を取ったので。」
「それなら今夜にでも交渉しておきます。でもなぜ剣術の訓練なんて危なくはないでしょうか?」
「私の父は剣の腕前は相当なものだったの。その父から手解きを受けてるので心配はいらないわ。」
「分かりました。」
エクラは心配そうに返事をした。
「大丈夫だから。心配しないで。それに剣に慣れておかないと何かあった時に大変だから。」
「え?ハンナ様?それは一体どういう事でしょう。」
「エクラ、近いうちに説明するから。」
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