怪しい政略結婚で命の危険を感じたので田舎に帰らせて頂きます!

みとしろ

第1話 なぜハンナ・サラなのか

ハンナ・サラ。少年の様なそなたを抱く気にはなれない。世継ぎは期待しないでくれ。たとえ泣いて土下座して頼んでも無理だ。」

結婚初夜、旦那様になったアンベス皇子に言われた言葉だった。アンベス皇子は汚い物を見るかの様な目でハンナを見た。

「皇帝もこんな令嬢か令息か分からない奴をどこから見つけて来たんだ。鬱陶しい。」

皇子はそう言うとテーブルに用意してあったワインのグラスを床に投げつけた。


ハンナ・サラは田舎の貴族の三人姉妹の末っ子だ。長女と次女はスタイルが良く、絶世の美女で有名だった。二人とも国内外でもトップの大富豪に見初められて嫁いでいった。

その姉二人に色気を吸い取られたのか三女のハンナだけはヒョロヒョロとした体で髪にも艶がなく、アンベスの言う通り令嬢というより令息といった方がしっくり来た。

それにハンナ本人もお茶会をする暇があるなら、お父様に剣の使い方を教えてもらう方が好きな女の子だった。

サラ姉妹の長女と次女の噂を聞きつけたのかは分からないが、隣国のデグラス皇帝が自身の第二皇子アンベスの妃候補にハンナの名を上げたのだ。両親はハンナは上の娘とは全く似てないと伝えたのだが、それでもいいとハンナを妃に迎え入れたのだ。


「それではこのまま離縁という事になりますか?」

ハンナは呆れた感じで皇子に聞いた。

「いや。父上がそなたとの結婚を決めたので離縁は出来ない。表面上だけ仲のよい振りをしていればそれで結構。普段は話しかける事も遠慮してくれ。そなたを見てると虫唾が走る。」

そう言い残すと皇子はフイっと部屋を出て行った。ハンナは余りの酷い言葉に怒りで手が震えた。

初夜なのに、余りにも早い皇子の退室に侍女のエクラがいそいそとハンナの元に駆け寄った。

「ハンナ妃。引き留めなくてよろしいのですか?」

エクラはオロオロしながら遠ざかる皇子を見ていた。

「大丈夫よ。今日は疲れたから寝るわ。貴方も早く休んでね。」

ハンナはもうここは諦めるしかないと思い休む事にした。デグラス皇帝の申し出に泣く泣く嫁がせた両親には心配かけたくないので我慢するしかなかった。

十七歳という若さでいきなり見知らぬ土地に来て、アホみたいな皇子にには酷い言葉をいわれるなんて…。

「私だってこんなクソみたいな所来たくもなかったわよ。ああ、もうここから逃げ出したい。」

ハンナの頬には悔し涙が流れた。




―――半年前―――

「ハンナ・サラを我が国の皇子の妃にしたいのだが。」

大所帯の兵士を連れ立って、デグラス皇帝が直々に出向いてハンナの父親に縁談を申し出た。

「そんな、恐れ多い…。ハンナは上の姉二人とは全く違い男の子の様な娘ですので皇子にはふさわしくないかと。」

「その答えはこの私の申し出を断っているのかね?」

穏やかな様で威圧的な皇帝の言葉に両親は黙ってしまった。近隣の住民が何事かとハンナの家を覗いている。

「ここの領地一帯を潤わせる位の資金は援助するつもりだがそれでは不満という事かな?」

「いいえ、そんな滅相もございません。」

「まあ。断られなどでもしたらこの領地一帯を潰さなければいけなかったのだがな。」

デグラス皇帝の一言にハンナの父は拳にグッと力を入れ歯を食いしばった。

「では、支度が整えばすぐにでも迎えに来る。」

皇帝の強引なやり取りでハンナとアンベスの結婚は決まった。


皇帝達が引き上げた後、ハンナの両親は真剣に話し合っていた。貴族と言っても田舎で、そんなに位が高いわけでもない。それなのに皇帝がわざわざ来た事が両親は不思議だった。なにか企んでいるに違いないと疑念を持った。

「ねえ、もしかして皇帝はあの事に気付いて、皇子の妃にハンナを選んだのではないですか?もしそうだとしたらハンナはどうなるのかしら。」

ハンナの母が心配そうに呟いた。

「まさか。そんなはずはないだろ。皇帝があの事を知る訳もないし、噂を聞きつけたなんて事があっても、そんな賭けに出る様な事はしないだろう。」

父はそうは言うが眉間に皺を寄せて考え込んでいる。

「貴方、私はハンナが心配だわ。」

「大丈夫だ。危ないことなどないよ。」

二人は慰め合うかの様に肩を抱き合った。


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