一休

がらくた作家

一休

 あるところに、とんちで有名な一休という青年がいた。一休というのは仲間がつけたあだ名で、本当の名前は誰も覚えていなかった。

「ちょいとひとやすみしようや」と言って一休は仲間を無理に飲みに連れていくことがしばしばあった。お察しの通り、これが一休という呼び名の由来である。ふたりきりで飲みに行けば、執拗に絡まれ朝まで解放されないに決まっていたから、同じサークルの仲間たちはひとりでサークル室にいないよう気をつけていた。


 ある日のこと。一休はふらっとサークル室に立ち寄り何人かの仲間がいるのを確認したところまでははっきり覚えていたのに、次の記憶はズキズキと痛む頭をおさえて自室の床から起き上がるところだった。

「はて、私はサークル室にいたのではなかったか?」

 壁の時計を見ると3時。カーテンから漏れる光の具合から察するに午前3時ではなさそうだ。しかし、サークル室に立ち寄ったのは午後5時ごろだった。時間が巻き戻ったのか? と考えるほど一休は愚かではなかった。飲みすぎて記憶を飛ばし、次の日の夕方まで寝ているということも珍しくなかった。時には、数日経っているということもあった。

 水曜は出席がやばい授業があったから、2日以上経っていたらまずいな。と考えながら身体の上やまわりを手でゴソゴソとやったが、携帯電話が出てこなかった。他に日付を確認できるものを持っていなかったので、一休は仕方なく外へ出た。

 サークル室に入ると、仲間の新右衛門がいた。

「あれ、一休さん」

「やあ、新右衛門さん」

「一休さん今授業行ってないとやばいんじゃないんすか?」

「え?ああ、まじか。今日水曜?」

「水曜っすよ。え、4限ですよね?今走ればギリギリ滑り込めますよ!」

「ああ……うーん。まあ、ちょいとひとやすみしようや」

「いやいや」

 一休は新右衛門を連れ出した。はずなのだが、次に気がついた時には自分の部屋にひとりでいた。ちゃんと毎回部屋には帰ってこられているのが不思議でならないが、その辺りはあまり詮索するとまずいことを知りそうだからやめておこう、と他に誰もいない空間で一休は言った。さっきより頭が痛くない気がする。さっきが何日前のことなのか定かでなかったが。

 もう単位を落として進級がなくなったことは確かだ。気を取り直して一休は外へ出た。行き先はもちろんサークル室だ。

 扉を開けると、新右衛門がソファでうなだれていた。

「やあ新右衛門さん」

「……ああもうちょ、一休さん。勘弁してくださいよ」

 新右衛門は曖昧な発音で声を絞り出した。

「おや、どうしたんだい?」

「いやもう飲み過ぎっすよ。なんでそんな元気なんすか」

「おや?ということは、まだあの翌日というわけだね。さっきは2日経っていたから、1日得した気分だわ。新右衛門さん、記念にちょいとひとやすみしようや」

「ちょっとまじで勘弁してください無理っす。ふつか酔いがやばいっす」

 新右衛門はうつ伏せで目をキュッと結んだまま喋った。一休はニヤリと笑って新右衛門に言う。

「新右衛門さん。ふつか酔いになったっていうんなら、もっと飲んで記憶を飛ばして、早く3日目にしちまえばいいんですよ」

「いや一休さん、それは無理っすわ。それはとんちじゃねえっす。暴論っす」

 一休は新右衛門を連れて飲みに出かけた。


 そんなことの繰り返しが長いこと続いた。もう進級のなくなった一休にとっては、学期末までの約1ヶ月はまったく自由な時間であったからすこぶる気楽に飲むことができた。

 何度も豪快に記憶を飛ばした後のある日、一休は冷蔵庫と壁の隙間に茶色い紙袋が落ちているのを見つけた。手に取ってみると、バーガーキングの紙袋で、ずっしりと重みがあった。バーガーの単品ではなさそうだ。ワッパー(バーガーキングで売っている、大きなハンバーガー)、それもセットに違いない。おそるおそる袋の中を覗くと、しなびたポテトとふやふやになったドリンクカップ、そしてワッパーの包みが見えた。一体いつ買ったものなのか、まったく見当がつかなかった。ちょうど腹は減っているが、これは食べても大丈夫なものだろうか?噛み合わせた歯に力が入る。悩む時一休はついそうしてしまうのだ。

 ひとまずワッパーの包みを手に取ると、注意書きが目に入った。4時間以内にお召し上がりください、とある。

「うーん」

 一休は冷えたワッパーを電子レンジに入れた。回転するワッパーを見つめながら、時間潰しに硬く結んだ唇を開いてパッ、パッと音を出す。

 パッパッパッパッパッパッ……チーン。

 温まったワッパーを頬張っていると、部屋の奥から新右衛門が現れた。

「あれ、新右衛門さん、来てたのかい」

「一休さんが泊まってけってしつこかったから……って何食ってるんすか」

「ワッパー」

「いやそれ先月買ったまま放置してるんやって言ってたやつでしょう。食っちゃダメっすよ」

「いやいや、いいんだよ」

「まじで腹壊しますよ」

「ああちょ何すんだよ」

 一休に散々迷惑をかけられているというのに、新右衛門は一休の身体を気遣い、ワッパーを取り上げた。

「一休さん、4時間以内にお召し上がりくださいって書いてるじゃないですか。絶対食っちゃダメでしょう」

「新右衛門さん、甘いなあ。食べて大丈夫なんだよ。私が見つけてからまだ4時間も経っていないからね」

「そっか、いつから4時間とは書いてませんものね。さすが一休さん。こりゃ一本取られました」

「はっはっはっ」

「はっはっはっ」

 深夜3時、ふたりの大学生の豪快な笑い声が近所に響き、まもなく警察が低い声で、それを静めにやってきた。

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一休 がらくた作家 @gian_o

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