第3話 驚異のチート能力

 売店で出会った見知らぬ白衣の男性。

 研究部の米谷よねやさんとおっしゃるそうで、どうやら私は入隊時のテストの受験科目が、一つ足りなかったらしい。


「おかしいですね。案内書類にあったとおりに、試験を全て受けたと思ったんですけど」

 

 米谷さんは私のつぶやきなんか聞こえていないのか、こちらに背を向け、パソコンに向かって何かを打ち込んでいる。


 眼鏡をかけたボサボサ頭の三十代くらいの男性。

 テンションの浮き沈みが激しそうな、どこか変わった人というのが正直な印象だ。


「えーっと。あなたのお名前は?」


 米谷さんはこちらを振り返り、眼鏡をクイッと持ち上げながら尋ねて来た。


「桜坂小春ですけど、米谷さんは私を探していたのでは⋯⋯?」


 名前も分からないのに、どうやって私を見つけ出したというのか。


「テスト前の確認ですよ。病院でも本人確認のために、検査の前とかに聞かれる時があるでしょ?」


「なるほど。そういうことでしたか」


 薄暗い部屋に突然連れ込まれて、受験科目が足りないなんて言われたから、不安がピークに達している。


 これから受ける試験の結果次第では、内定が取り消されたりするのかな?

 どんな試験なんだろう。

 難しかったらどうしよう。


「じゃあ、まずはこの棒を握って、思い切り力を入れて、君の願いを込めるんだ」


 米谷さんに連れられて向かったのは、六角形のレーダーチャートが表示されたモニターの前だ。


 テニスラケットのグリップが金属製になったみたいなものを両手で握らされる。

 グリップの先端からはコードが伸びていて、数字が書かれた電球に繋がっている。


 つまり、近未来の握力測定ってこと?


「さぁ! 早く! 結果を見せて!」

 

 前のめりになって急かされるので、指示通りに目をつぶり、願いを込めながら、グリップを強く握った。


 私の願いは⋯⋯UFOが消え去って、平和な世の中になること。

 自分の行動が誰かの役に立てること。

 秋人の病気が治ること。


 モーターが激しく回転するような、けたたましい音がする。


「おお! おお! これはすごい! もっとだ! もっと強く! 君ならまだまだいけるよ!」


 米谷さんの嬉しそうな合いの手が聞こえる。


 握力検査でこんな風におだてられるのは初めてだ。

 ついつい気分が良くなって、力が入る。


 私の願いは世界平和! 全人類の幸福!

 それを叶えられる、ヒーローになること!!


 本当はレンジャー部隊に入りたい!

 六連星プレアデスになって、人々に夢と希望を届けたい!!!


 願いを上乗せすると、モーター音がさらに加速した。


「きたきたぁ〜〜! いいぞいいぞ! ひゃっほぉ〜!」


 米谷さんが雄たけびを上げたその時。


――ヒューーーーン⋯⋯⋯⋯⋯⋯ボン!


 モーター音が停止したかと思ったら、けたたましい炸裂音がした。

 ガラガラと何かが床に落ちる音に、ガラスがパリパリと割れる音。


「ひえ〜! 何が起こりました?」

 

 目を開けると、目の前のレーダーチャートの六角形は画面の外に振り切れ、モニターには亀裂が入っていた。


 数字が書かれた電球は粉々に割れて、かろうじて無事なのは私が握っていたグリップだけのよう。


「やったよ! 小春ちゃん! やはり君は最高の人材だ!」


 興奮状態の米谷さんは私の両手を握り、ぴょんぴょんとその場でジャンプする。


「はぁ。何がなんだか⋯⋯」


 わかるのは、米谷さんが喜んでいるということと、機械を壊したことは怒っていないということ。


「ここまで粉々にしてくれたのは、君が二人目だよ

! この測定機も、まだまだ改良の余地がありそうだね!」


 米谷さんは床に飛び散った破片をバリバリ踏みしめながら、機械の周りをうろつく。


「革靴でそんなの踏んだら危ないですよ?」


 足に破片が刺さったりしないのだろうか。

 心配で見守っていると、館内放送が流れた。


『セキュリティシステム稼働。第3区画、ディアラボ5にて、異常事態発生。繰り返します。第3区画⋯⋯⋯⋯』


 けたたましいサイレンの音が鳴り響き、天井に取り付けられたランプが、真っ赤に光って、回転している。


「あ! まずいね! これからセキュリティ部門のヤツらがすっ飛んでくるよ! 君には、もういくつかテストを受けてもらわないといけないのに! ここから逃げよう!」


 米谷さんは私の腕を掴み、走り出した。


「え? ちょっと、後始末をしないと!」


「いいから! この部屋にしよう!」


 廊下を何度か曲がった先にある、面談室のような小さな部屋に強引に押し込められる。


 米谷さんはガサゴソと引き出しを漁り、中から検査用紙の束を取り出した。

 

「これに全部回答してね。終わるまで出てきちゃだめだよ! また迎えに来るから!」


 米谷さんはそう言い残して、慌ただしく部屋を出ていった。


――バタン。ガチャ。


 しかも何故か外側から鍵までかけて。


 気を取り直して用紙をめくると、検査の内容は、よくある性格分析の類のように見えた。


 初対面の人ともすぐ仲良くなれるか。他人と意見が違う時、無理に押し通すか⋯⋯など。

 当てはまるか、当てはまらないか、どちらでもないかの三択で答えるものだ。


 それほど苦痛な作業でもなく、サクサクと直感で回答している内に、米谷さんが帰って来た。


 そして、一連の検査の結果が人生を変えたのである。



 ある日、レンジャー本部の会議に呼び出されたと聞かされ、給食部の部長に連れられて、わけがわからないまま会議室に入った。


 室内にはすでに空席はなく、お偉いさん方がずらりと座っている。


 レンジャー部隊の現場指揮官、管理本部長に、人事部長。

 あの方は今は指導官をされている、3代目六連星プレアデスのブルーだ。

 そのお隣は5代目のレッド。

 そして、レンジャー本部の最高責任者、飯島いいじま本部長のお姿もあった。


 なぜ私が、こんなにも、おじさんたちに詳しいかと言うと、防衛隊アトモスフィアから毎月発行される機関誌を熟読しているからだ。


「給食部所属、桜坂 小春くん。研究部の米谷くんから報告は受けている。ディアラボの測定機を破壊したそうだね。君のような逸材が管理部門にいただなんて」


 飯島本部長は、デスクの上に両肘をつき、あごの下で拳を握りながら言った。


 機械を壊した責任を問われるのかと思ったけど、どうやらそうではないらしい。

 

「あまりピンと来ていないようだから、簡単に説明しよう。防衛隊のレンジャー部隊が扱う武器は『デザライト鉱石』が原料になっていることは、君も知っているね? 今回、君が受けた検査は、簡単に言うとその武器を扱う適性能力『ディア能力』を測るものだった。そして君はその検査で、未曾有みぞうの値を叩き出した⋯⋯」


 飯島本部長がおっしゃるのは、つまり、私には、レンジャー部隊の武器を扱う適性があるということ。

 それも、かなりのレアケースらしい。


「君の才能を見込んで頼みたい。桜坂小春くんをレンジャー本部、第14代目『六連星プレアデス』のピンクレンジャーに任命する」


 飯島本部長から発せられた辞令を聞いて、これは私の妄想が見せる幻覚だと確信した。

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