第7話 ヒロインはその感情に蓋をする
アレクと一緒に町を歩きながら、横に並ぶ彼を見上げる。アレクは私の視線に気付くと「ん?」と穏やかに微笑んだ。「なんでもない」と返して、私はアレクと繋いでいる手を見る。
さり気なく繋がれた手は未だ離される事なく、まるで恋人同士の様に町を連れ歩く。アレクがくれた認識阻害のマントのお陰で他人に私たちは認識されていないが、もし見えていたら“仲の良い恋人同士”と思われていた事だろう。
___本来の〈ルミナ〉は乙女ゲームの主人公らしく鈍感であったが、前世の記憶を持つ私はアレクが〈ルミナ〉に抱く感情について察しがついている。
アレクが私と一緒に逃げてくれたのも、その後も甲斐甲斐しく面倒を見てくれるのも、…こうして手を繋いで町を歩こうとするのも、全部、
___つまり、彼は私の事が恋愛的な意味で好きなのだろう。……これだけ聞くととても自意識過剰だけど。
だって、流石に好きでもなきゃここまでしてくれないだろう。聖女と一緒に逃げるだなんて反逆者として国から罰せられてもおかしくない。上手く逃げおおせたとして、もう二度とこの国に、故郷の村に帰れない。いくらアレクが優しいからといって、たかが幼なじみの為にそこまでするとは思えない。
何より、ヒロインだけあって〈ルミナ〉は美少女。こんな可愛い幼なじみがいたらそりゃ好きになるだろう。…まぁ、今まで告白の類いをされた事ないけど。おかしい。この顔面ならもっと男の子から告白されてもいいと思うんだけど。やっぱりちょっと喧嘩っ早いのがいけなかったのかな。
まぁ私がモテなかった理由は置いておいて、少なくともアレクが私に好意を抱いているのはその通りだと思う。では私は彼の事をどう思っているのか。
………正直に言えば、私も彼が好き。あんなに顔も良くて性格も良くて、スパダリチートな人間が傍にいて好きにならないわけがない。まぁ〈ルミナ〉は鈍感だったので、自分の気持ちに気付いたのもつい最近なんだけど。でも前世を思い出す前に気付けたのは鈍感ヒロインにしてはよくやったと思う。
彼への想いは前世を思い出した今でも変わる事はない。……けど、前世を思い出したからこその問題もある訳で。
未成年に手を出すのは…ちょっと…、と前世の私が脳内でバツ印を作っているのだ。
アレクは16歳。成人もしていない子と恋愛関係になるのは非常にはばかられる。いや、今は同い年なんだけど。私もピチピチの16歳なんだけど。それでも良識ある大人であった前世の自分が
ならば彼が大人になるまで待てば良いのか。それはそれで、私の気持ちは変わらなくとも彼の気持ちが変わる可能性がある。
___そして何より、年齢云々を抜きにしても彼へと想いを封じ込めたい一番の理由がある。私はこれ以上彼の邪魔をしたくないのだ。
アレクは才能の塊、将来有望な人材。こうして私と逃げ出す選択をしなければ、冒険者として名を馳せたり、はたまた商人や魔道具作成者として財を成したり、王宮に就職してのし上がる事だって出来ただろう。
勿論、彼の優秀さはどこの国行っても重宝されるだろうから、私と一緒に他国へ渡った所で彼の将来が潰えた訳ではない。きっとどこの国に行っても、彼はその才能でその名を世界中に轟かせる。
でも、アレクは優しい人だから、もし私と付き合ったりなんかしたら、万が一にも
そんなのは、嫌だ。
ただでさえ彼はもう故郷どころか母国にも二度と帰ることが出来ない。私のせいで。ならば、せめてこの先は、無事に逃亡が成功した後はやりたい事をやって欲しい。私に構わず、彼は彼の道を進んで欲しい。
いつだったか、アレクに聞いた事がある。「どうしてそんなに鍛錬も、勉強も頑張るのか」と。アレクは答えた。「僕には目標があるから」と。
その目標がなんなのかは結局教えて貰えなかったけど、私と逃げ出した時点でその目標が叶えられなくなってしまったかもしれない。もし、他の国でも叶えられるものだったとしても、目標を叶える彼にとって私は足枷になるかもしれない。
これ以上、彼の邪魔をしたくない。そうなるなら、いつでも彼の前から消える覚悟は出来ている。
だからこそ、私はこの気持ちに蓋をする。彼の足枷にならない為に。
そして彼の好意にも自分の気持ちにも気付かない、鈍感ヒロインのフリをする。
___この逃亡生活が終わるまで。
・・・・・
ルミナは分かっていない。アレクが自分に抱く感情は純朴な恋心とは程遠いモノだという事を。
ルミナは知らない。“ルミナに相応しい人間になって彼女と一生共にある”が彼の目標だという事を。
ルミナは気付いていない。あの日、彼の手を取った時から、自分には彼と共に生きる選択肢しかない事を。彼がルミナを手放す気などない事を。ルミナが消える事など彼は許さない。
………ルミナは気付かない。アレクの
そうして何も知らない、何も気付かない鈍感ヒロインのまま、ルミナの逃亡は続いていく____。
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