転生ヒロインはヤンデレ幼なじみに気付かない
沙月
第一章
第1話 ヒロインだったので逃げ出す事にした
「__この者には聖女としての力がある」
光に包まれた教会で、酷く真剣な顔付きで神父がそう言った時、私は前世の記憶を思い出した。
・・・・・
【王宮ラビリンス】という乙女ゲームがある。攻略対象が全員ヤンデレの、基本的にどのルートも救いの無い乙女ゲームである。
ヒロインはその世界での成人の歳でもある16歳の誕生日に、成人の儀を行う為に教会へ赴いた。儀式は簡単で、神父の長いお説教の後、神へ祈りを捧げる。その時、偶に神様からのお告げが聞こえる事がある。大抵は『お前はこの能力が高いからこの職業に就くべき』『近い内に災いが降りかかるのでアレコレを行うと良い』などといったアドバイスだ。
だが、ヒロインが祈りを捧げた瞬間、教会が眩い光包まれた。そして声が聞こえる。
『聖女よ、良くぞ参られた。お主はその力を使い、この世界を光へと導く存在。そなたに神の祝福を__』
ヒロインは聖女として世界に生まれた。その事が判明し、彼女は聖女として国の為に尽くす様に、という使命を受け、王宮で暮らす事になる。そこで様々な攻略対象達と交流を深める、というのが大まかなあらすじだ。
しかし、このゲームはヤンデレ乙女ゲームである。攻略対象は当然ヤンデレ。しかも、エンディングも、基本的にバットENDは死、トゥルーENDはメリバ、通常恋愛ENDは攻略対象にとってのハッピーエンド。ノーマルENDは国の為に聖女の力を酷使され続ける事が示唆されて終わる。ヒロインも救われるENDは数少ないハード系乙女ゲームである。
そして私はそんな乙女ゲームのヒロイン__デフォルト名、ルミナ・シェールズに転生したらしい。その事に気が付いたのは、そして【王宮ラビリンス】の内容を含む前世の記憶を思い出したのはつい先程、ゲームのプロローグに当たるルミナが聖女だと判明するシーンである。
「いや、詰みやん」
ゲームでは数日後に王宮の使者が迎えに来てそれからルミナは聖女として(殆どのルートで)王宮で一生を過ごす事になる。ヤンデレ攻略対象に囲まれながら。
いやいや、絶対にやだ。王宮に行ったら最後、ヤンデレ達のルートに入らなくてもノーマルENDを見る限り国の為にブラック企業並に酷使される事は確定である。各攻略対象のルート入りは避けられても、ブラック企業入りは避けられない。そんなのは嫌だ。何で第二の人生で過労死まっしぐらな生活を送らなきゃいけないんだ。
逃げたい。逃げなきゃ。そう思うけど、では実際問題どうやって逃げるのか。相手は王宮、つまり国である。聖女としての強力な力があるとはいえ、基本的にバフ寄りの力だし、流石に一人で国を相手に逃げ回るのは難しい。他国に逃げようにもツテもないし、どの国が安全か、どうやってそこに向かうのが一番国の目を盗めるか、そういった事を考える頭も知識も無い。詰みである。せめてもっと早く転生に気付いていればやりようはあったのに…!
「はぁー…王宮なんて行きたくない」
村の隅っこの空き地。そこにある座るのに丁度いい形状の岩に腰掛け、深い溜息をつく。誰か私を逃がしてくれる王子様でも現れないかなぁー…なんて、享年28歳のいい大人が考える事ではない夢見がちな思想をしてしまう。現実逃避ですね。
「王宮行きたくないの?」
「うわっ!?」
据わった目で遠くを見つめていたら、音もなく隣に人が現れた。__幼なじみのアレク・イヴァエールだ。
金髪はもちろん、緑髪や青髪といった色彩豊かな髪色が多いこの世界では珍しい黒髪で、夜の海を思わせる暗く深い藍色の目を持つ。年齢よりも幼く見える顔立ちは、乙女ゲームの攻略対象だと言われても納得の顔面偏差値である。その上、柔和な雰囲気に反して剣術にも魔法にも長けている。知識も豊富。料理や裁縫など家事全般も得意。これで攻略対象でない方がおかしい、スパダリチートっぷりである。
しかし、私の知る限り【王宮ラビリンス】の攻略対象に幼なじみ設定の子はいないし、やはり顔もゲームで見た覚えが無い。そもそもあのゲームは基本的に王宮内で物語が進行する。ヒロインが外に出るのはプロローグの故郷を除けば、魔物退治やらのイベントに赴く時だけだ。故郷の描写なんてプロローグと回想シーンのみである。ヒロインに幼なじみがいた事すら今世で初めて知った。
だから、ヒロインが聖女だと分かったその日、その幼なじみがヒロインに声を掛けてくるなんてイベントは知らない。まぁ、ゲームをプレイして感じたヒロインの印象的に、王宮行きたくない、なんて泣き言は言わないと思うので、そもそも私のこの行動自体ゲームに無いものなんだけど。
アレクは私の前にしゃがみこみ、心配そうに顔を覗き込む。整った顔立ちのドアップに思わず目を逸らしたくなる。前世の記憶を思い出した事により二次元の顔面が三次元になった事実に違和感がある。というか慣れない。ウッ顔が良い…!目が焼かれる…!
アレクは目を逸らされた事にショックを受けた様な顔を浮かべる。アッその表情もとても良いけど悲しませてしまった事に罪悪感が…。そうだよね…今まで普通に目を見て話していた仲のいい幼なじみにそんな態度とられた悲しいよね…。反省しつつ、なるべく頑張ってアレクを顔を真っ直ぐに見…れないので胸元あたりで勘弁して下さい。胸元も鍛え上げられた筋肉が目に毒だけど。
「……そんなに王宮に行くのが嫌なの?」
アレクがそう尋ねた。下の方を向いている私を、王宮に行くのが嫌で鬱になっていると思ったらしい。いや、間違っては無いけど今下を向いているのは君の顔面をマトモに見られないから胸元に視線を合わせているだけなんですが。なんなら胸元も目に毒過ぎてどんどん視線が下がっているだけなんだけど。でもそんな事言える訳がないので私は静かに頷いた。実際、王宮に行きたくないし。
「___なら、僕と逃げる?」
「…え」
思わず顔を上げるとアレクはいつもの如く穏やかな笑みを浮かべていた。そしてなんて事ないように、まるでピクニックにでも誘うように軽やかに言う。
「僕は剣術にも魔法にも自信があるし、ルミナには聖女の力がある。他国の情報も僕はある程度なら持ってるし、ツテも…無いわけじゃない。
だからさ、僕と一緒逃げよう?王宮から、全てから__」
……逃げられる?シナリオから、この【王宮ラビリンス】というゲームから。今、彼の手を取れば…私は、ヤンデレ達にも出会うことなく、王宮で聖女として使い潰される事も無く、ただ平凡で、幸せな人生を送れる?
アレク立ち上がって私に手を伸ばす。私はごく無意識に、彼の手を取っていた。このゲームから、ヒロインという立場から、逃げる為に。
・・・・・
ルミナは、突如目の前に広がったシナリオ外の選択肢に、希望の道に夢中になるあまりに気が付かなかった。
「___これで、君は僕だけの聖女だ」
嬉しそうにするルミナを見て、アレクが歪んだ笑みを浮かべていた事に。
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