触手君は純愛したいっ!
明日川アソブ
第一手
目が覚めると、俺の枕元には三本の触手がうねっていた。
「……ああ、また寝ぼけて出してたのか……」
朝の光に照らされ、ぬめぬめと輝くそれらを、ため息とともにたたむ。
朝からこれでは、まるで自分が変態のようではないか。
――いや、変態ではない。
俺は普通だ。
ごく普通の、純情な男子高校生だ。
俺の名前は『
都内の高校に通う、いたって普通の一般的な17歳。
そう、何度も言うが、俺は普通なのだ。
確かに父親は異世界で『触手淫獣』とかいう、名前からしてアウトな魔物だったし、
母親はそんな父に手籠めにされた、滅びた王国の姫だったらしい。
そんな二人が現代日本に転生して出会い、恋に落ちて俺が生まれた。
つまり俺は、異世界転生者の「二世」。つまり『ハーフ触手』。
ついでに自慢じゃないが、顔もまあまあイケメンの部類に入るらしい。
身長もそこそこ高い。成績も悪くない。
……けれど、俺はただ、一つの願いを抱いている。
――純愛がしたい。
中学時代、俺は人生を変える一本の美少女ゲームと出会った。
その名も『ワンシーズン・サマーメモリー』。
お色気もなく、過激な展開もなく、ただただ切なく、淡く、美しい純愛を描いたゲームだった。
砂浜、夕焼け、夏服の彼女。
……あれをプレイして、俺は泣いた。
大号泣した。
「俺も、あんな恋がしてぇ……!」
それが今の俺の信条であり、生きる理由でもある。
触手持ちでも。
異形でも。
たとえ淫魔の血を引いていようと!
俺は!
清く正しい恋がしたいんだ!!!!!
……だが現実は非情だった。
登校中、道ですれ違う女子生徒がなぜか頬を赤らめて腰砕けになり、
「ちょ……待って……え、なにこの匂い……やば……なんかムラムラしてきた……」
などと言いながらその場にへたり込む。
教室に入れば、俺の周囲だけ湿度が二割増し。
クラスメイトの女子たちは顔を真っ赤に染め、俺をチラチラ見てくる。
ある者は不自然に胸元のボタンを外して、豊満なバストを俺にアピールしてくるし、
ある者は絶対に俺にも見られる角度で、スカートをめくってドギツい下着を見せつけてくる。
なんかの機会で、女子と話した日には、大変だ。
「天田来栖くん、今度女友達と三人で、私の家で勉強会ひらこう!」
……と言って、絶対に複数プレイにもちこもうとするシチュを作ろうとしたり。
「天田来栖くん、体育館の倉庫にいこう! 二人っきりで!」
……と言って、確実にドアの鍵を閉めて密室空間を作ろうとしたり。
最悪、この間なんて、「あっ!」
……と言って、いきなり体を固くして、時間停止の自作自演を始めた奴もいた。
そして本来、そんな女子の風紀を正すはずの学校の先生でさえ、「放課後残りなさい! 個人授業よ! うふーん」とか言ってくる。このエロ教師どもめ。
…………えっ?
「控えめに言って最高じゃん」だって!?
確かに年頃の男子なら、そういうエロ漫画のシチュ、一度は夢見たものだよな。
でも、そんなイベントが毎日毎日、数十回も。
しかも全校の女子全員から標的にされることを考えてくれ。
無理、無理やて。
実際、そうなってみろ。かなりドン引きやぞ。
ちなみに、俺は今まで一度も、誘惑に乗ったことはない。
触手も出していない。……無意識に出てることもあるけど。
いいか、よく聞いてくれ。
何度もいうように、俺の目的は徹頭徹尾、エロじゃない!
エロなんかじゃないんだ!
確かに俺だって、性欲は人並みにある。
でも、それだけじゃ人生、虚しいと思わないか?
結局、俺に言い寄る女子は全員、己の性欲を満たしたいだけ。
俺を〝性の捌け口〟にしか見ていないんだ。
決して俺のことが、好きなのではない。
俺の巻き散らす淫獣の
そう、俺は性欲よりも、ずっと満たしたいものがある。
それは――〝心〟だ――
俺は異性との心と心の触れ合い――『純愛』がしたいんだ。
触手ではなく、心で絡み合いたい――。
アイ、ニード、プラトニック・ラブ!!
軽く挨拶しただけで、一日がハッピーになったり。
相手を気遣いながらのチャット会話にキュンキュンしたり。
ちょっと手が触れ合っただけでドキドキしたり。
一緒に図書館で受験勉強したり。
あまつさえ、一緒に下校とかできたら、最高だ。
なのに俺の体は、常に強烈な女を色欲に狂わせるフェロモンを撒き散らしているらしい。
父曰く、「育ち盛りになって淫魔の才能が開花しはじめたな、はっはっは」だとか。
なんの才能だよふざけんな。
「くそ……俺の純愛人生、いったいどうなっちまうんだ……!」
机に突っ伏して、嘆息する。
そんな俺に、担任の声が降ってきた。
「おい、天田来栖。新しい転校生を紹介するぞ。お前の隣の席な」
「へ?」
顔を上げた俺の視界に、まるで夏の記憶が具現化したような少女が現れた。
清らかな黒髪。透き通るような白い肌。
目元はどこか寂しげで、けれど微笑んだときの口元はあまりに優しくて。
彼女が教室に一歩足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
生徒たちの視線が一斉に彼女に集まり、ざわめきが起こる。
――けれど、俺は聞いていた。
彼女が言った、たった一言を。
「……はじめまして。
俺はもう、恋に落ちていた。
『ワンシーズン・サマーメモリー』のヒロインが、そのまま現実に現れたような――
そんな奇跡のような、初恋の瞬間だった。
(この子と……この子となら、きっと……)
俺は、隣の席に座る彼女の横顔を見つめながら、そっと願う。
お願いだ。触手――
勝手に出ないでくれよ。
(つづく)
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