第24話 二通目の手紙

 揺月としては白いワンピースの少女を惹きつけるという黒い粉に少し未練があったのだが、櫻が凄い顔をしているしなにより武装の無い状態で少女に狙われたら今度こそ殺されかねない。

 大人しくプラスチックケースを上司のデスクに置いて部屋を出た。


「あーあったま来るな。揺月をなんだと思ってんだ上の連中」

 櫻は先ほどの出来事がよほど逆鱗に触れたらしい。いつになく言葉が荒い。

「まぁ、少女についてなにも手がかりがないのは事実なんでしょうし。何でもいいから情報が欲しいと思われても無理ないですよ」

「でも最低限のセーフティもなしに放り出されたんじゃ死にに行けって言ってるようなもんだろ。ゆうちゃんなんで怒んないの」

「俺は……ほら最初に少女と会った時死んだと思ってればいいかなって。少なくとも少女退治に協力できる訳ですし」


「なーにーそーれー……」

 櫻はがっくりと両肩を落とすとなにやら恨めしげに揺月を見た。

「ゆうちゃん」

「はい」

「前にも言ったと思うけどさ」

「はい」

「もっと自分を大事にして」

「大事に……」


 していないだろうか。揺月は自問する。櫻と出会う前と比べたら食生活もまともになったし仕事中に無茶もしていない。そもそも人は大なり小なり自分を切り売りして生きるもので、大きなリターンが欲しければより多くを売るのは当然の事だ。


「割と……大事にしてると思うんですけど」

 なんとなくぺたぺたと自分の体を触りながら言った揺月に櫻はため息をついた。

「わかってない。ゆうちゃんはわかってない」

「それより、あのプラケースの中身ってやっぱり怪異溜まりの石ですか?」


 会話が堂々巡りになりそうだったのでやや強引に話題を変えた。

「そう。それもかなり純度が高いって感じだった。純度高められるなら怪異溜まりの研究自体は進んでるのかもね」

 やや不満そうな顔をしながらも櫻は話にのってきた。

「少女ってあれを追って来るんでしょうか」

「いろいろ考えられるけど……このところ、他の戦闘員も怪異溜まりの石の入った装備で出歩いてるよね。でもまだ少女が戦闘員と接敵したって情報は入ってない。俺らが知らないだけかもしれないけど……」

 確かに。少女が石に曳かれるなら新型装備が狙われないのはおかしい。と揺月は思う。

「……たぶん、揺月が石を持つってことが重要なのかなぁ。揺月は少女に執着されてるから」


 呟くように言う櫻に前々から疑問に思っていた事をぶつけてみた。

「……っていうか、俺、少女に寮の部屋知られてますよね。いつでも襲えるのに来ない理由ってなんでしょう」

 櫻は難しい顔で頷いた。

「……揺月が襲われてた時、俺が横から邪魔したら『つまんない』って言ったんだよね。少女なりの殺し方の美学? みたいのがあるのかも……だとしたらその状況が整うまで待ってる? ……凄く悪い言い方をすれば、遊ばれてる、状態なのかも知れない」

「……遊ばれてる……」

 揺月は拳を握りしめた。ここに少女と新型武器があれば、すぐにでも叩き切ってやりたい。

「いずれにせよ、危ない状況なのに変わりは無いから。武器の常時携行許可が出ればいいんだけど……」





 武器の常時携行許可はすぐに出た。

 同時に黒い粉の入ったプラスチックケースも揺月のところに戻って来た。


「わかりやすいなー上層部。よほど白い少女を釣り出したいんだろうな」

 昨日の今日である。早いと言わざるを得ない。呆れたように言った櫻の言葉に揺月は頷いた。

「でも、これでようやく少女とまともにやり合えますよ。新型武器が少女に有効なら被害ももっと抑えられるかも知れない」


 少女による被害は今日も拡大中である。出現場所は神出鬼没、日本中に被害が及んでいた。

「新型武器が効くと決まった訳じゃないから慎重にね。で、これから俺たちは自宅待機かぁ。釣り餌のきぶん」


 今は支部の武器保管庫から装備を取り出して、自宅である寮に戻る道中である。支部から寮まで歩いて五分もないが、足取りは軽くはない。おそらくこれは、自宅待機という名の少女が現われるまで家に居ろという上からの命令だ。


 蝉時雨のなか緑の多い道を寮まで歩いて、一緒に居た方が良いという判断から二人は櫻の部屋に入った。


 特に何事もなく時間は暇に過ぎて行き、昼になると櫻が昼食を作り、晩になれば夕食を作って二人で食べ、交代で風呂に入ると櫻はベッドで、揺月は床で寝た。


 

 その手紙が投函されたのは、次の日の朝の事だった。


 コトン、と玄関のドアの方から音がして床で寝ていた揺月は目を覚ました。


 ――郵便受けに何か入った音だ。


 その事に気付いてはっと顔を上げた。ワンルームの部屋からは一直線に玄関ドアが見渡せる。


 ――あの時と、少女が来た時と同じだ。


 直感的にそう感じて身を起こす。枕元に置いていた刀を掴んで玄関の方へ飛び出した。

 ドアを開ける。誰もいない。そのまま靴をつっかけて表に出ようとして――まだ部屋で眠っている櫻の存在が後ろ髪を引っ張った。

 

 置いていったらさぞ怒る、と言うか心配されるだろう。


 部屋にとって返し、櫻をたたき起こす。

「先輩、起きて、起きてください。少女が来たかも知れません」

「……ん、え?」

 がばっと起き上がった櫻を置いて玄関に向かい、ドアについている郵便受けを開ける。裸足で追って来た櫻が背後でたたらを踏んだ。

「え、なに? また手紙?」

 少女の襲撃前、手紙があったことは櫻にも話してある。今度の手紙は二つ折りの紙ではなく、きちんとした封筒に入っていた。

「……たぶん。これ、宛先も切手も無いです」

 封筒を裏返すと、差出人の住所だけあった。ここから少し離れた、避暑地で有名な場所だ。

 首を傾げながら封を切って手紙を取り出す。何の変哲もない白い便せんに、端正な字で文字が綴られていた。

 文面は季節の挨拶から始まり、この度この避暑地に別荘が完成したこと、お披露目としてぜひ二人に来て欲しいということが丁寧に綴られ、終わりに裏書きにあった住所と揺月と櫻のフルネームが様付けで書かれていた。


「…………」

 手紙を読み終わった揺月は、思わず肩越しに同じように手紙を読んでいた櫻を振り返った。

「……どう思います?」

「……この住所、揺月も心当たり無いんだよね?」

「はい」

 二人して玄関前の廊下に座り込んだ。

「……これが少女からだとして、ここに来て欲しいって事なんだろうけど……罠だろうなぁ」

 櫻が天井を仰ぐ。

「でも釣り餌役としては、ヒットしたって事ですよね」

 揺月は櫻を見詰める。櫻は寝ぐせでくしゃくしゃの髪をかき上げてため息をついた。

「……その手紙は取りあえず支部に預けて……行くかぁ」


 その顔は不思議と軽やかに見えた。



 *



 一時間後、二人は支部から出してきた黒い車に乗っていた。

 運転席に櫻、助手席に揺月。


 連絡役の上司は出勤前だった為、手紙は事の子細と共に居合わせた職員に預けて来た。それで事態が好転するとも思えないがしないよりましだろう。


「ゆうちゃん、あと目的地までどのくらい?」

 ハンドルを操りながら櫻が揺月に声を掛ける。

「あと一時間ちょいです。道が混んでなくて良かったですね」

 助手席でナビを操作しながら揺月が答える。

「んねー。でも朝ごはん食べてないからお腹空いた」

「少女退治したらその辺でなんか食べて帰りましょ」


 本来なら手紙を上司に預けた上で上層部からの指令を待たなければならない案件だ。

 しかし二人はその手順をすっ飛ばして独断で動いていた。

 

 おそらく少女は気まぐれだ。

 上からの指令を待っていたら機会を失うかも知れない。

 逆に言えば今動けば確実に少女に会える。それを見越しての独断だった。

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