第15話 怪異研究
浴衣の少女が言い残した、怪異は殺しても死なない。元の世界に帰るだけ、という言葉。
つまり怪異たちは異世界からこちらの世界に来ていて、殺されると向こうの世界に無傷で帰る。自分たちは怪異を追い払うことはできても、殺す事は出来ない。
揺月たちはそれを報告書にして上に上げた。するとすぐに上から呼び出しがあった。普段揺月たち現場の人間が顔を合わさない程度に上の人間だ。
個室があてられているその上司の部屋をノックするとすぐ入れ、と返事があった。
無言で二人、目を見交わして中に入る。
「報告書の件だが」
上司は単刀直入に喋りだした。
「忘れろ。他言無用だ。わかったな」
取り付くしまのない態度だった。揺月はその態度に違和感を覚えた。
「つまり上はもうこの件については知っているっていう事ですか」
隣で櫻が言った。上司は眉根を寄せた。
「とにかく、忘れろ。お前達には関係の無いことだ」
「怪異は殺せない。その事を現場の俺たちに知られると士気が下がるから知られたくない。そういう事ですか」
あくまで淡々と、櫻は言う。その口調には静かな怒りが込められていた。
「……そういう事だ」
さじを投げたように上司が言う。
「上はこの件をどこまで掴んでるんですか? 怪異は殺せない、異世界に帰るだけ。他に俺たちに隠してる事は?」
櫻が問い詰める。
「知らん。答える義理はない。……これ以上何か知りたければ遙 小春に聞け。くれぐれも他言無用にな」
いきなり遙の名前が出てきたので二人は顔を見合わせた。
*
夜、人気の途切れた食堂で一人食事をとっていた遙に二人は迫った。
「……っていう話で、これ以上知りたければ遙さんに聞けって言われたんですけど……何か知ってます?」
遙に質問する経緯で他言無用の命令は破っていたが、そもそも遙はそれ以上の何かを知っているような上司の口ぶりだった。
遙は二人の話を聞き終えると、何か考えるような顔で黙った後、口を開いた。
「知ってる。父に、聞いたの」
「お父さん?」
「私の父、遙 祐介は、怪異研究の第一人者なのよ」
初めて聞く話だ。
「知っての通り、怪異に関する研究は、怪異の発生から十年たった今でもほとんど進んでない。でもそれは表向きで、分かってることもあるの。
それがさっき聞いた、怪異は異世界から来てて、こっちで殺しても異世界に帰るだけ、っていう事。
――でも父たち研究者は、怪異を殺す方法を研究してる」
「それ、どのくらい進んでるんですか」
櫻が聞く。遙は目を伏せた。
「思うようには進んでないみたい。……でも父たちは必ず方法を見つける。……だからそれまで、黙っておいて欲しいの、この事。ただでさえ私たちは人手が足りない。この事で士気が落ちて離職者が出たら、怪異を押さえておけなくなる。……だからお願い」
二人を見る遙の目の色は暗かった。やはり仲間を騙すような行為に後ろめたさがあるのだろう。しかし遙の言うことも事実だった。
「……わかりました」
二人はこの件について、無言を貫くことにした。
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