第38話「空白の始祖──アーク・ブランクの記憶」
──かつて、“名前を持たぬ者”だった少女がいた。
時代はRPG化の黎明期。
まだ職業もスキルも不安定で、世界が秩序を模索していた頃。
その少女は、名も職もスキルも与えられなかった。
あらゆる検査でも「未定義」とされ、制度の隙間に押し込まれていた。
彼女の名は──アーク・ブランク。
その名も、十歳の時、自分自身で勝手に名乗ったものだった。
◇
(私には、何もなかった。定義すら、存在しなかった)
アークは自室で、RPG省のデータファイルを開いた。
【命名者ネットワーク登録情報】
風見レン
スキル:
称号:存在肯定者(プロトタイプ)
登録日:2025/6/21
「……あの人は、私の過去そのものを、正面から抱きしめた」
アークは記憶の底を辿る。
◇
かつて、アークは“定義不適格児”として、ステータス特別観察区域に隔離されていた。
自我も曖昧で、言葉も発せず、ただ空虚な存在だった彼女に、ある日「名づけの儀」が施された。
しかし──結果は、失敗。
【命名失敗:存在ベースとの共鳴不可】
【理由:本人に“名を受け入れる意思”が存在しない】
名を与えられることを、彼女自身が拒んでいた。
理由は簡単だった。
(──どうせ、その“名前”でしか見てもらえないのなら、いらない)
◇
アークが“アーク・ブランク”という名を自称しはじめたのは、それから数ヶ月後。
自分で自分に名づけた“空白の箱”という意味のその名は、周囲から「異常」とされたが──
唯一、当時の観察官だった若き日のサリナだけが、それを「肯定」した。
「あなたは、定義されることを拒んだ。だから、自分で“空白”を定義した。それは……強さよ」
その一言で、アークの人生が変わった。
彼女は初めて、自分が“存在していい”と感じた。
◇
そして現在──
「風見レン……あなたは、かつての私に“名前をくれた側”の人間なんだ」
彼女は静かにノート端末を閉じ、空を見上げる。
だがその背後には、すでに不穏な影が近づいていた。
漆黒のスーツに無面の仮面。
命名者を抹消する、
「アーク・ブランク。命名スキル保持者──抹消対象、認定」
◇
一方、《Null-Lab》。
レンたちは、NRC設立の発表に向けて準備を進めていた。
そのとき、警告が表示される。
【警戒信号:命名特使アーク・ブランク、所在不明】
【信号発信元:レゾン圏外、廃墟区域ガンマ3】
レンが立ち上がる。
「アークが危ない……!」
彼は静かに、しかし確かな意志で告げた。
「NRCとして、初任務だ。──“名を持つ者”を、救いに行くぞ」
──次回、《命名狩り》と《Null-Class》の初任務激突編へ。
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