第38話「空白の始祖──アーク・ブランクの記憶」

──かつて、“名前を持たぬ者”だった少女がいた。


 時代はRPG化の黎明期。

 まだ職業もスキルも不安定で、世界が秩序を模索していた頃。


 その少女は、名も職もスキルも与えられなかった。

 あらゆる検査でも「未定義」とされ、制度の隙間に押し込まれていた。


 彼女の名は──アーク・ブランク。


 その名も、十歳の時、自分自身で勝手に名乗ったものだった。



(私には、何もなかった。定義すら、存在しなかった)


 アークは自室で、RPG省のデータファイルを開いた。


【命名者ネットワーク登録情報】

風見レン

スキル:命名共鳴イグジスト・コール

称号:存在肯定者(プロトタイプ)

登録日:2025/6/21


「……あの人は、私の過去そのものを、正面から抱きしめた」


 アークは記憶の底を辿る。



 かつて、アークは“定義不適格児”として、ステータス特別観察区域に隔離されていた。


 自我も曖昧で、言葉も発せず、ただ空虚な存在だった彼女に、ある日「名づけの儀」が施された。


 しかし──結果は、失敗。


【命名失敗:存在ベースとの共鳴不可】

【理由:本人に“名を受け入れる意思”が存在しない】


 名を与えられることを、彼女自身が拒んでいた。


 理由は簡単だった。


(──どうせ、その“名前”でしか見てもらえないのなら、いらない)



 アークが“アーク・ブランク”という名を自称しはじめたのは、それから数ヶ月後。


 自分で自分に名づけた“空白の箱”という意味のその名は、周囲から「異常」とされたが──


 唯一、当時の観察官だった若き日のサリナだけが、それを「肯定」した。


「あなたは、定義されることを拒んだ。だから、自分で“空白”を定義した。それは……強さよ」


 その一言で、アークの人生が変わった。


 彼女は初めて、自分が“存在していい”と感じた。



 そして現在──


「風見レン……あなたは、かつての私に“名前をくれた側”の人間なんだ」


 彼女は静かにノート端末を閉じ、空を見上げる。


 だがその背後には、すでに不穏な影が近づいていた。


 漆黒のスーツに無面の仮面。

 命名者を抹消する、地下勢力エラッタの刺客たち。


「アーク・ブランク。命名スキル保持者──抹消対象、認定」



 一方、《Null-Lab》。


 レンたちは、NRC設立の発表に向けて準備を進めていた。


 そのとき、警告が表示される。


【警戒信号:命名特使アーク・ブランク、所在不明】

【信号発信元:レゾン圏外、廃墟区域ガンマ3】


 レンが立ち上がる。


「アークが危ない……!」


 彼は静かに、しかし確かな意志で告げた。


「NRCとして、初任務だ。──“名を持つ者”を、救いに行くぞ」


──次回、《命名狩り》と《Null-Class》の初任務激突編へ。

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