第31話「定義ジャック:奪われた名前と、共鳴の価値」

 ──2025年秋、深夜。


 東京都23区・旧渋谷区域にて。


 電子掲示板に、異様な書き込みが現れた。


【またかよ、誰かのステータス、抜き取られてる】

【あれ“定義ジャック”ってやつだろ】

【○○高校の“ナナセ”って子、スキル消えたまま戻らんらしい】


 その現象は、数週間前から水面下で続いていた。


「定義された存在」を“奪い”、“自分のものにする”──

まるで“職業”や“スキル”が、“アイテム”のように盗まれていく。


 通称、《定義ジャック》。



 共鳴支援室。


 レンのもとに、RPG省から一本の緊急依頼が届く。


【共鳴支援者・風見レン 様】

【任意対応依頼:職業定義奪取事件(定義ジャック)に関する協力要請】


 添付された動画には、不可解な映像が映っていた。


 少年が、被害者の目を見てこう言ったのだ。


「きみの“名前”、ちょうだい」


 ──直後、被害者のステータス画面がホワイトアウト。


【職業:無職】

【スキル:なし】

【称号:なし】


 全データが“初期化”されていた。


「……完全に、“定義”ごと奪われてる」



 レンは、支援室メンバーを集めた。


「定義ジャックって、物理的なスキルじゃない。きっと、“共鳴”と反転するような概念が使われてる」


 ミオが口を開く。


「私たちって、“誰かに思われることで定義される”でしょ? でも逆に、“思い出させない”力があれば……存在ごと、上書きできる」


 つばきが呟いた。


「……それって、“共鳴”じゃなくて“沈黙”じゃん」


「“共鳴の否定”。もしくは、“無音共振”……」


 レンの脳裏に浮かんだのは、ホワイトゼロで見た「言葉の消滅」現象だった。



 数日後、現場に出たレンとつばきは、“定義ジャック”の目撃者に接触した。


「……あいつ、最初に“名前”を確認するんだ」


「名前?」


「ああ。“おまえ、ナナセだろ?”って。で、こっちがうなずいた瞬間──白くなる」


 レンはゾッとする。


「名前を認識させてから、“奪う”……。“共鳴の逆利用”ってわけか」



 その夜、支援室のモニターが反応した。


 つばきの“存在共鳴値”が、突如として大きく揺れた。


【警告:Null-Class 001の存在定義に揺らぎ発生】


「……まさか」


 次の瞬間、支援室の玄関がゆっくりと開く。


 そこにいたのは、制服姿の少年。


「こんばんは、“つばきさん”」


 ──その声に、レンが反応する。


「やめろ!」


「彼女は、定義されてない。でも、“君が彼女を定義してる”んだよね?」


 少年の目が、真っ直ぐレンを見た。


「なら、“君ごと、奪えばいい”」



 空気が歪む。


 少年が手をかざすと、レンのステータス画面が瞬間的に乱れる。


【現在:名前 曖昧化(風見レン?)】

【スキル:一時停止】

【職業:共鳴支援者 → 不明】


 しかし──その直後、レンの胸ポケットで光が弾けた。


「……無理だよ、“俺”はもう、“誰かの中にある”から」


 それは、つばきからもらった「共鳴の証」。


 彼の“定義”は、他者の“記憶”と“感情”によって、強固に支えられていた。



 レンは立ち上がる。


「おまえ……“名前の価値”を知らないのか?」


「価値?」


「そう。名前は、“呼ばれることで意味が生まれる”。“奪う”ことで意味は生まれない。──それはただの、空虚だ」


 少年の目が、微かに揺れる。


「おれは……何者かになりたかっただけだ」


「なら、他人を奪うんじゃなくて、“自分で共鳴”しろ。──“おまえ”のままで、誰かと向き合え!」



 少年は静かに崩れ落ちた。


 共鳴支援室の光が、彼を包む。


【共鳴反応:対象に“存在名”が生まれました】

【仮名:一ノ瀬遥(いちのせ はるか)】


 つばきが、そっと微笑んだ。


「名前ができたら、きっと次は“物語”が始まるよ」


 レンは頷く。


「奪うことじゃなく、“名前を育てる”こと。それが、俺たち共鳴支援室の役目だ」

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