第31話「定義ジャック:奪われた名前と、共鳴の価値」
──2025年秋、深夜。
東京都23区・旧渋谷区域にて。
電子掲示板に、異様な書き込みが現れた。
【またかよ、誰かのステータス、抜き取られてる】
【あれ“定義ジャック”ってやつだろ】
【○○高校の“ナナセ”って子、スキル消えたまま戻らんらしい】
その現象は、数週間前から水面下で続いていた。
「定義された存在」を“奪い”、“自分のものにする”──
まるで“職業”や“スキル”が、“アイテム”のように盗まれていく。
通称、《定義ジャック》。
◇
共鳴支援室。
レンのもとに、RPG省から一本の緊急依頼が届く。
【共鳴支援者・風見レン 様】
【任意対応依頼:職業定義奪取事件(定義ジャック)に関する協力要請】
添付された動画には、不可解な映像が映っていた。
少年が、被害者の目を見てこう言ったのだ。
「きみの“名前”、ちょうだい」
──直後、被害者のステータス画面がホワイトアウト。
【職業:無職】
【スキル:なし】
【称号:なし】
全データが“初期化”されていた。
「……完全に、“定義”ごと奪われてる」
◇
レンは、支援室メンバーを集めた。
「定義ジャックって、物理的なスキルじゃない。きっと、“共鳴”と反転するような概念が使われてる」
ミオが口を開く。
「私たちって、“誰かに思われることで定義される”でしょ? でも逆に、“思い出させない”力があれば……存在ごと、上書きできる」
つばきが呟いた。
「……それって、“共鳴”じゃなくて“沈黙”じゃん」
「“共鳴の否定”。もしくは、“無音共振”……」
レンの脳裏に浮かんだのは、ホワイトゼロで見た「言葉の消滅」現象だった。
◇
数日後、現場に出たレンとつばきは、“定義ジャック”の目撃者に接触した。
「……あいつ、最初に“名前”を確認するんだ」
「名前?」
「ああ。“おまえ、ナナセだろ?”って。で、こっちがうなずいた瞬間──白くなる」
レンはゾッとする。
「名前を認識させてから、“奪う”……。“共鳴の逆利用”ってわけか」
◇
その夜、支援室のモニターが反応した。
つばきの“存在共鳴値”が、突如として大きく揺れた。
【警告:Null-Class 001の存在定義に揺らぎ発生】
「……まさか」
次の瞬間、支援室の玄関がゆっくりと開く。
そこにいたのは、制服姿の少年。
「こんばんは、“つばきさん”」
──その声に、レンが反応する。
「やめろ!」
「彼女は、定義されてない。でも、“君が彼女を定義してる”んだよね?」
少年の目が、真っ直ぐレンを見た。
「なら、“君ごと、奪えばいい”」
◇
空気が歪む。
少年が手をかざすと、レンのステータス画面が瞬間的に乱れる。
【現在:名前 曖昧化(風見レン?)】
【スキル:一時停止】
【職業:共鳴支援者 → 不明】
しかし──その直後、レンの胸ポケットで光が弾けた。
「……無理だよ、“俺”はもう、“誰かの中にある”から」
それは、つばきからもらった「共鳴の証」。
彼の“定義”は、他者の“記憶”と“感情”によって、強固に支えられていた。
◇
レンは立ち上がる。
「おまえ……“名前の価値”を知らないのか?」
「価値?」
「そう。名前は、“呼ばれることで意味が生まれる”。“奪う”ことで意味は生まれない。──それはただの、空虚だ」
少年の目が、微かに揺れる。
「おれは……何者かになりたかっただけだ」
「なら、他人を奪うんじゃなくて、“自分で共鳴”しろ。──“おまえ”のままで、誰かと向き合え!」
◇
少年は静かに崩れ落ちた。
共鳴支援室の光が、彼を包む。
【共鳴反応:対象に“存在名”が生まれました】
【仮名:一ノ瀬遥(いちのせ はるか)】
つばきが、そっと微笑んだ。
「名前ができたら、きっと次は“物語”が始まるよ」
レンは頷く。
「奪うことじゃなく、“名前を育てる”こと。それが、俺たち共鳴支援室の役目だ」
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