第25話「定義と共鳴のはざまで」
──現実世界に、風見レンは帰還した。
記憶空間での対話は、すべて“主観内時間”の出来事。
実時間では、わずか一瞬だった。
だが、その短い“再定義”は、確実に世界に変化を及ぼしていた。
「……なんだ、これ」
レンは、自宅マンションの前で立ち尽くした。
そこには、かつての街並みとは異なる空気が流れていた。
デジタルサインはちらつき、ARナビゲーションは誤作動し、通行人たちの“ステータスカード”は同期エラーを起こしている。
【エラー:ステータスデバイスが定義対象を識別できません】
「再定義が、現実に……?」
レンが記憶空間で神に“名”を与えたことで、社会全体に走った“定義の揺らぎ”が、現実層にも波及していた。
◇
その日、レンは《適応支援センター》へと招集された。
そこには、行政、ギルド、教育機関の代表が集まっていた。
「風見レンくん。あなたに説明していただきたい」
冷徹な目をした老紳士が口を開く。
「再定義の影響で、“ステータス不適応者”が続出しています。レベルやスキルを前提とした社会制度に、適合しない人々が……」
「“レベルを持たないまま成長した者”たちです」
別の職員が続けた。
再定義により、世界の根幹を支えていた“数値化”が無効化された今、過去にステータスに依存していた者たちは、自分の“価値の根拠”を失ってしまったのだ。
「中には、自分を“定義されていない存在”と錯覚し、精神的混乱を起こすケースも」
それは、まさに──神が辿った道。
「レンさん。あなたには“共鳴者”としての責任がある」
会場の空気が張り詰めた。
「人々の“定義不全”を共鳴によって補完し、個々の存在意義を再確認させてほしい」
「俺に……カウンセラーみたいなことをしろって?」
「その通りです」
◇
レンは迷っていた。
確かに、
だが、それを他者へ無差別に適用することは──“選択の尊厳”を侵すことにもなりかねない。
「……俺ひとりじゃ、抱えきれない」
その言葉を聞いて、背後から誰かが歩み寄ってきた。
「なら、私がいるじゃない」
姫崎つばき──本来の彼女と、記憶の中で統合された新たな“彼女”が、そこに立っていた。
「わたしも、“自分を定義し直した”身。だから、同じように苦しんでる人たちに寄り添いたい」
レンの胸の奥が、じんわりと熱くなる。
「……ありがとう」
◇
翌日から、《共鳴支援室》が正式に設立された。
レンとつばきは、初期メンバーとして活動を開始する。
最初に訪れたのは、中年男性の“元・Sランク勇者”。
「私はね、レベルを失った瞬間、自分の価値がなくなったように感じたんだよ。もう、“戦えない”」
彼の言葉は重かった。
「勇者じゃなくなった自分に、何が残っている?」
レンはゆっくりと答える。
「“勇者だった記憶”は、今もあなたの中にありますよね。それを恥じず、他の誰かに語ることができるなら──それは“今のあなた”の価値じゃないですか?」
「……語って、いいのか?」
「もちろん。“過去”は捨てるものじゃなく、“共鳴”させるものだと思います」
その瞬間、男性の瞳がうっすらと潤んだ。
◇
こうして、少しずつレンの周囲に“再定義適応者”たちが現れはじめる。
自分を語り、自分を受け入れ、自分の“定義”を他者と共有する。
それは、RPG的社会においては“非効率”で、“曖昧”で、“見えづらい価値”だった。
だが、確実に人を変えていた。
◇
ある夜。レンはベッドの中で、つばきに呟いた。
「これが……“共鳴者”の仕事なのかな」
「たぶんね。でも、あんたが始めたことなんだから、最後まで付き合いなさいよ」
「怖くないか? また、神みたいな存在に出くわすかもしれない」
「そのときは、そのとき。大丈夫。わたしが、“隣にいる”」
その言葉に、レンは静かにうなずいた。
新しい世界は、定義され続けることはない。
ただ、共鳴しながら、更新され続けていくのだ。
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