第50話 ポテトアポカリプス

 サラが遺した、緑の奇跡。

 それは、瞬く間に、世界中に広がっていった。

 彼女の生命が宿ったポテト――いつしか、人々はそれを『聖女の恵みセイントサラ』と呼ぶようになった――は、どんな痩せた土地にも根付き、汚染された大地さえも浄化していく、不思議な力を持っていた。

 世界から、飢えの恐怖が、消え去った。


 数年後。

 世界は、見違えるように、その姿を変えていた。

 錆び色だった大地は、どこまでも続く緑の絨毯に覆われ、空を覆っていた鈍色の雲は薄れ、青空が当たり前のように顔を覗かせるようになった。


 アークシティの技術は、クロンカイト議長の約束通り、すべての人々に解放された。

 人々は、もはや小さな集落で脅威に怯えながら暮らす必要はなくなった。

 フロンティアを中心としたポテトユニオンと、アークシティの再生委員会は、手を取り合い、新たな世界の秩序を築き上げていた。


 そして、俺たちのフロンティアは、今や世界中から人々が集まる、農業と文化の中心地となっていた。


「ユウキ! こっちの、フロートポテトの改良、うまくいったぞ! 荷馬車一台くらいなら、軽々と浮かせられるようになった!」

 キバが、泥だらけの顔で、満面の笑みを浮かべて報告してくる。

 彼の作った『ポテト飛行船』は、今や大陸中の物流を支える、重要な輸送手段となっていた。


「すごいじゃないか、キバ!」

「へへん。俺にかかれば、こんなもんよ。次は、アークシティの連中も驚くような、ポテトエンジンを作ってやるぜ!」


 ザギは、ポテトナイツを、世界全体の治安を守る国際警備隊へと発展させていた。

 ダントさんたちは、熟成ポマトワインの名人として、その名を世界に轟かせている。

 誰もが、自分の役割を見つけ、生き生きと、その人生を謳歌していた。


 俺は、そんな仲間たちの姿を、丘の上から微笑ましく眺めていた。

 俺の隣には、アンナがいる。

 彼女の薬指には、俺がルナポテトを削って作った、青白い指輪がささやかに輝いていた。


「……平和に、なったわね」

 アンナが、俺の肩にそっと頭を乗せてきた。

「ああ。本当に」

 俺は、眼下に広がる黄金色のポテト畑を見つめた。

 それは、俺とアンナが二人で作り上げた新しい品種。『サンライズポテト』。太陽の光を浴びると黄金色に輝く、甘くて美味しいポテトだ。


「お父さん!」

 畑の方から、小さな女の子が手を振りながら駆けてくる。

 俺とアンナの娘だ。

 その髪は、サラと同じ、月光のような銀色をしていた。

 俺たちは、彼女をサラ、と名付けた。


「お父さん! 見て! こんなにおっきな、おイモがとれたよ!」

 小さなサラは、自分の顔ほどもあるサンライズポテトを、一生懸命に抱えている。

「おお、すごいじゃないか、サラ! 今日の夕飯は、特製のポテトグラタンだな!」

「やったー!」


 俺は、娘を高く抱き上げた。

 彼女の屈託のない笑顔。

 これこそが、俺が守りたかった未来。

 俺が夢見ていた、黄金の光景。


 俺は、ふと空を見上げた。

 どこまでも青く、澄み渡った空。

 もう、あの錆び色の世界はどこにもない。


(……見てるか、じいちゃん。……見てるか、サラ)


 あんたたちが夢見て、そして託してくれた未来。

 俺は、ちゃんとたどり着けたよ。

 この、黄金の大地に。


 俺は、愛する妻と娘、そしてかけがえのない仲間たちと共に、この豊かな大地で生きていく。

 これからも、ずっと、ポテトを愛し、育て、そして食べていく。


 俺の名前は、ユウキ。

 この再生した世界で、一番幸せな、ポテト農家だ。

 俺のポテトアポカリプスは、最高のハッピーエンドを迎えたのだ。


 風が吹き、黄金色のポテト畑がさざ波のように揺れる。

 その風は、どこか懐かしい、ポテトの優しい匂いを運んできた。

 それは、この星が俺たちを祝福してくれているかのような、温かい、黄金の香りだった。

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ポテトアポカリプス ~錆びた大地の黄金~ 月読二兎 @29432t0

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