第46話 再生委員会の正体
コントロールタワーのシステムが復旧したことで、アークシティの機能は劇的な変化を遂げた。
街を徘徊していた攻撃的なオートマタたちはその動きを止め、本来の警備用モードへと戻っていく。閉ざされていた都市の各区画へのゲートも、ゆっくりと開かれていった。
まるで、長い眠りから覚めた巨人が、大きく伸びをしているかのようだった。
「……一体、何が、起こっているんだ……?」
タワーのスピーカーから、先ほどの若い男の、戸惑った声が聞こえてくる。
「話がしたい」
俺は、マイクを使って呼びかけた。「俺たちは、敵じゃない。あなたたちのことを、知りに来ただけだ」
しばらくの沈黙の後、タワーの入り口が静かに開かれた。
俺たちは武器を置き、丸腰でタワーの中へと足を踏み入れた。
タワーの内部は、白を基調とした、清潔で近未来的な空間だった。
俺たちを最上階の司令室へと案内したのは、声の主であろう、俺と同じくらいの歳に見える痩せた青年だった。
彼は、自分を『レオン』と名乗った。
司令室には、巨大なモニターと複雑なコンソールが並び、その中央には、数人の老人たちが静かに座っていた。
彼らこそが、再生委員会の中心メンバーだった。
「……よくぞ、ここまで来た。ポテトの少年よ」
中心に座る、一番年嵩で穏やかな目をした老人が、口を開いた。
彼の名は、議長プロフェッサークロンカイト、というらしい。
「あなた方が、再生委員会……」
「いかにも。我々は、大崩壊を生き延びた、最後の科学者たちの末裔だ」
クロンカイトは、静かに語り始めた。
彼らの正体は、俺たちが想像していたような、世界征服を目論む悪の組織ではなかった。
彼らは、二百年以上もの間、このアークシティの中で失われた文明と知識を守り、そして、いつかこの汚染された世界を再生させる日を夢見てきた、研究者たちだったのだ。
「我々は、世界を、管理しようとしてきた。汚染を広げないように、そして、人類が再び同じ過ちを犯さないように。だから、我々の秩序を乱す不安定要素――デメテルのような強力な兵器や、君のような規格外の力を持つ存在を、排除しようとしてきた」
「それが、あんたたちの、正義だったというわけか」
ザギが、吐き捨てるように言った。
「そうだ」と、クロンカイトは悲しげに頷いた。「だが、我々も過ちを犯した。長く閉ざされた世界にいたせいで、我々は外の世界がどう変わったのかを見誤っていた。そして、アークライトのような、力を妄信する歪んだ人間を生み出してしまった……」
彼の話によれば、アークライトはクロンカイトの弟子だったが、再生委員会の穏健なやり方に反発し、力による世界の浄化を主張していたらしい。
俺たちの存在は、彼の野心を暴走させる、格好の口実となってしまったのだ。
「君が、システムの汚染を浄化してくれたおかげで、我々は、ようやく真実を知ることができた」
レオンがモニターを操作すると、そこに、アークシティが二百年間観測し続けてきた、世界のデータが映し出された。
汚染の分布、変異生物の生態系、そして、各地に点在する生き残った人類のコミュニティ。
「見てくれ。これは、君たちの村、フロンティアが、この一年で周囲に与えた影響だ」
モニターには、フロンティアを中心として、緑色の円が少しずつ広がっていく様子が、シミュレーション映像として映し出されていた。
それは、ポテトユニオンの拡大図だった。
俺たちのポテトが、荒れた大地を豊かにし、人々の暮らしを安定させていく。その様子が、客観的なデータとして示されていた。
「我々は、世界を『上から』管理しようとしてきた。だが、君は、『下から』、大地から世界を変えようとしている。……どちらが正しい道だったのか、もはや言うまでもないだろう」
クロンカイトは、深く、頭を下げた。
「我々の、負けだ。そして、我々の過ちを、許してほしい」
再生委員会の指導者からの、真摯な謝罪。
俺たちの、長い戦いが、ついに、終わったのだ。
そう、思われた。
だが、その時だった。
司令室に、けたたましい警報音が鳴り響いた。
「議長! 大変です!」
レオンが、血相を変えて叫んだ。「大崩壊の原因となった、自己増殖型ナノマシン、『グレイグー』の活動が、急速に活性化しています! 発生源は……この、アークシティの、直下です!」
「なに!?」
モニターに、新たな映像が映し出される。
アークシティの地下深く。墜落の衝撃で、封印されていた、船の最下層部。
そこで、銀色の液体金属のようなものが脈動し、自己増殖を繰り返している。
それが、この世界を滅ぼした、本当の元凶。
「……どうやら、アークライトが、ゴーレムを使った際のエネルギーと、戦闘の衝撃が、休眠状態だったグレイグーを目覚めさせてしまったらしい……!」
クロンカイトが、絶望の表情で呟いた。
「このままでは、あと数時間でナノマシンは地上に溢れ出す! そうなれば、今度こそ、この星のすべての生命が、食い尽くされる……! もう、終わりだ……」
ついに、本当の、ポテトアポカリプスが、始まろうとしていた。
もはや、人の手ではどうすることもできない、世界の終わり。
誰もが、絶望に打ちひしがれる中。
俺は、一人、言った。
「……いや。まだ、手は、ある」
俺は、司令室の隅に、打ち捨てられていた一体の機械に、目を向けた。
それは、大崩壊の際に役目を終えたはずの、旧式の、農業用ポッドだった。
作物の種子を、宇宙空間に射出するための、小さなロケット。
そして、俺は、自分の最後の切り札を、強く、握りしめた。
アルブレヒトの日誌に、たった一行だけ、記されていた、禁断のポテト。
彼が、恐怖のあまり、その存在自体を、封印したという、究極の品種。
その名は、『ブラックホールポテト』。
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