第45話 天空要塞アークシティ

 アークシティへの道は、これまでの荒野とは、明らかに空気が違っていた。

 東へ進むにつれて、地面は、整備された古いアスファルトに変わり、道端には、等間隔で、機能停止した監視カメラや、センサーの残骸が、転がっている。

 再生委員会の、支配領域。その内側へと、俺たちは、足を踏み入れていた。


「……静かすぎる」

 先頭を走っていたザギが、無線で呟いた。「変異生物の一匹もいやがらねえ。気味が悪いぜ」

 その通りだった。ここは、まるで、生命の存在が許されていないかのような、無機質な静寂に、支配されていた。


 走り続けること、二日。

 ついに、俺たちの目の前に、その威容が、はっきりと姿を現した。

 アークシティ。

 大崩壊の際に、地上に墜落した、全長数キロにも及ぶ、超巨大な宇宙船。その船体を、そのまま、都市として利用しているのだ。

 船体のあちこちからは、パイプラインが、蛇のように伸び、地上にある、いくつかの付属施設と、繋がっている。

 そして、その都市全体が、陽炎のように揺らめく、半透明のエネルギーバリアに、覆われていた。


「……あれが、電磁バリアか」

 キバが、ゴクリと唾を飲む。「あんなもんに突っ込んだら、俺たちのバイクは、一瞬で鉄屑だな」


「サラ。あんたの言っていた通りだ」

 俺は、無線でサラに話しかけた。「チャフポテトの、出番だ」

「ええ。任せて」


 俺たちは、バリアから、数キロ離れた、岩陰にバイクを隠した。

 そして、サラが取り出したのは、俺たちが開発した、チャフポテトだった。

 見た目は、黒く、ゴツゴツした、ただのイモだ。


「これを、どうするんだ?」

「見てて」

 サラは、チャフポテトを、キバが改造した、ポテトバズーカに装填した。

 そして、照準を、バリアの上空へと合わせる。


「……いい? このポテトは、上空で、高圧の電流を流すことで、効果を発揮する。タイミングは、一瞬よ」

 サラの言葉に、キバが頷く。

 彼は、ポテトバズーカの横に、小さな電撃装置を取り付けていた。


「いつでもいいぜ!」

「……撃って!」


 バシュン!

 チャフポテトは、放物線を描いて、バリアの上空へと飛んでいく。

 そして、バリアに最も近づいた、その瞬間。

 キバが、電撃装置のスイッチを入れた。


 バチッ!


 上空で、チャフポテトが、閃光と共に、弾け飛んだ。

 中から、金属粉を練り込んだ、無数の黒い胞子が、まるで煙幕のように、あたりに撒き散らされる。

 その胞子が、電磁バリアに触れた、次の瞬間。


 ブツン、という、低い音と共に、都市を覆っていた、巨大なバリアが、一瞬だけ、大きく揺らぎ、その一部が、ノイズが走ったテレビのように、消滅した。

 ほんの、数十秒間の、切れ目。


「今だ! 突っ込め!」

 ザギの号令と共に、俺たちは、一斉にバイクのエンジンをかけ、全速力で、バリアの切れ目へと突入した。


 警報が、都市全体に鳴り響く。

「侵入者だ! 北西ゲートより、侵入者あり!」


 バリアの内側は、外とは、全くの別世界だった。

 整備された道路、整然と並ぶ、白い建造物。そして、空気さえもが、ろ過されているのか、澄み切っている。

 だが、そこに、人の姿は、ほとんど見えなかった。

 代わりに、俺たちを迎えたのは、無数の、機械の兵士たちだった。


「オートマタか!」

 キバが叫ぶ。

 人型の、ドロイド兵士が、プラズマライフルを構え、俺たちに、一斉に射撃を開始してきた。


「散開しろ! 狙いは、都市の中枢、コントロールタワーだ!」

 俺たちは、銃弾の雨を掻い潜りながら、都市の中を、疾走する。

 アンナが、後部座席から、ニトロポテトを投げつけ、オートマタの数体を、吹き飛ばした。

「道は、私が作る!」


 ザギとノクトが、巧みなバイク捌きで、敵の注意を引きつけ、キバが、改造したバイクの機銃で、応戦する。

 そして、サラは、冷静に、最短ルートを、ナビゲートしていた。


「次の角を、右! そこを抜ければ、タワーの直下に出るはずよ!」


 俺たちは、完璧な連携で、敵の防衛網を、突破していく。

 そして、ついに、都市の中心にそびえ立つ、巨大なタワーの前に、たどり着いた。

 だが、そこには、最後の番人が、待ち構えていた。


 それは、アークライトが乗っていたものと、同型の、戦闘用ゴーレムだった。

 その数、三体。


「……嘘だろ」

 キバが、呻く。

 アイアンポテトは、もう、残っていない。

 絶望的な戦力差。


「……いいえ」

 その時、サラが、静かに言った。「見て。あのゴーレム、動きが、どこかおかしいわ」

 彼女の言う通り、三体のゴーレムは、まるで、操り人形のように、ぎこちない動きを繰り返しているだけだった。


「……遠隔操作されているのね。おそらく、あのタワーの上から。そして、操作しているパイロットは、数が足りていない。三体を、同時に、完璧には、操れていないのよ」


「……チャンスは、ある、ということか」

 俺は、最後の切り札を、取り出した。

 木箱の中に、大切に保管されていた、数個の『ルナポテト』。


「……また、あれを使うのか」

 ザギが、苦い顔をする。

「いや、違う」

 俺は、首を振った。「今度は、毒としてじゃない。薬として、使うんだ」


 俺は、アンナに向かって、叫んだ。

「アンナ! ペンダントを、貸してくれ!」

 彼女は、頷くと、自分の首から、緑色の解毒石のペンダントを外し、俺に投げ渡した。


 俺は、ルナポテトと、ペンダントを、一緒に、ポテトバズーカに装填した。

「ユウキ、何を……?」

「信じてくれ」


 俺は、照準を、ゴーレムではない、はるか上空――コントロールタワーの、最上階の、ガラス窓に合わせた。

 そして、撃ち出した。


 ポテトは、一直線に、タワーの窓を突き破り、中へと吸い込まれていった。

 数秒の、沈黙。

 やがて、ゴーレムたちの動きが、完全に、止まった。


 タワーの内部から、スピーカーを通じて、狼狽したような、若い男の声が、響き渡ってきた。

「な……なんだ、これは……!? システムが、復旧していく……? 汚染が、浄化されて……?」


 俺の狙いは、的中した。

 ルナポテトの、細胞を活性化させる力。それを、解毒石で、穏やかなものに変える。

 その二つが合わさった時、それは、機械さえも『治癒』する、奇跡の力を、生み出したのだ。

 大崩壊以来、ナノマシン汚染に蝕まれ続けていた、アークシティのメインシステムが、今、正常な状態へと、復旧し始めたのだ。


 俺たちの戦いは、新たな局面を、迎えようとしていた。

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