第43話 箱庭の崩壊
「……詰んでいる、だと……?」
ドクターアークライトは、ゴーレムのコックピットの中で、狂ったように笑い始めた。
「面白い冗談だ! この私を、誰だと思っている! 再生委員会の、エリートだぞ! お前たちのような、旧世界の猿どもに、この私が、敗れるものか!」
彼の理性は、完全に、怒りと屈辱によって、焼き切れていた。
「ならば、もはや、交渉の余地はない! ルナポテトも、君の脳も、必要ない! この村ごと、お前たちのそのくだらない理想ごと、すべて、消し去ってくれるわ!」
アークライトは、戦闘用ゴーレムのレーザー砲を、無差別に、村の中心部へと向けた。
「すべて、塵となれ!」
「やめろ!」
俺が叫ぶのと、レーザーが発射されるのは、ほぼ同時だった。
紅蓮の光線が、一直線に、村の家屋めがけて飛んでいく。
もう、間に合わない――。
誰もが、絶望に目を閉じた、その瞬間。
ガギンッ! という、硬質な音と共に、レーザーは、見えない壁に当たったかのように、弾き飛ばされた。
「な……!?」
驚いて目を開けると、レーザーが向かった先に、青白い、半透明のエネルギーフィールドのようなものが、展開されていたのだ。
そして、そのフィールドを発生させているのは……。
俺が実験農場で育てていた、あの『フロートポテト』だった。
ハウスの中で、微弱な反重力フィールドを発生させていた、あの奇妙なポテト。それが、村中に張り巡らされたガーディアンの根のネットワークを通じて、エネルギーを増幅させ、巨大な防御壁を形成したのだ。
「そんな……馬鹿な……! ただのイモが、エネルギーシールドをだと!?」
アークライトが、愕然とする。
アルブレヒトの日誌にあった、オーバーテクノロジーポテト。その真の力は、俺の想像さえも、遥かに超えていた。
「すごい……ユウキ、あんた、こんなものまで……!」
アンナが、驚きの声を上げる。
「俺も、今、初めて知った……」
だが、防御壁は、万能ではなかった。
ゴーレムのレーザーを、一発、二発と防ぐうちに、表面にヒビが入り始め、青白い光も、弱々しくなっていく。
「ふん! 所詮は、イモの力か! あと何発、耐えられるかな!?」
アークライトは、再び、レーザーのチャージを始めた。
このままでは、ジリ貧だ。
「……ユウキ、あれを」
サラが、俺の耳元で囁いた。「あのゴーレムの、弱点は、関節部。特に、脚部の動力パイプが、剥き出しになっているわ。そこを、正確に破壊できれば……」
「だが、どうやって……。ニトロポテトは、危険すぎる」
「いいえ。もっと、いいものがあるじゃない」
サラは、不敵に笑うと、ザギとキバに、目配せをした。
二人は、頷き合うと、村の倉庫へと走り出した。
そして、彼らが、荷車に積んで持ってきたものを見て、俺は、息を呑んだ。
それは、俺が、西のオアシスへの旅に出る前に、一つだけ、奇跡的に収穫できた、あの『アイアンポテト』だった。
村では、硬すぎて使い道がなく、ずっと、倉庫の隅で眠っていた、あの鉄の塊。
「こいつなら、いける!」
俺は、アイアンポテトを手に取った。
ずしりとした、信頼できる重み。
だが、どうやって、あのゴーレムの、精密な弱点を、狙う?
俺が、思案していると、キバが、自慢のバイクの横に、何かを設置し始めた。
それは、巨大な投石器だった。彼が、廃材を組み合わせて、密かに作り上げていた、フロンティアの秘密兵器。
「名付けて、『ポテトバズーカ』だ!」
キバは、得意げに胸を張る。「バイクのエンジンを動力源にして、圧縮空気で、ポテトを撃ち出す。ただの投石器とは、威力も精度も段違いだぜ!」
「……みんな……」
俺が、一人で悩んでいる間に、仲間たちは、ちゃんと、戦う準備を、進めてくれていたのだ。
「ユウキ! 狙いは、お前に任せた!」
ザギが叫ぶ。
俺は、力強く頷くと、ポテトバズーカに、アイアンポテトを装填した。
そして、照準を、ゴーレムの右脚、動力パイプが集中している、膝の関節部へと、合わせた。
「防御壁が、もたない!」
アンナの悲鳴。
フロートポテトのシールドが、ついに、限界を超えて、砕け散った。
「終わりだ!」
アークライトが、とどめのレーザーを、放とうとする。
「――今だ! 撃てぇぇぇぇ!」
俺の叫びと共に、キバが、バイクのアクセルを全開にした。
バシュウウウウウンッ!
圧縮空気が解放される、轟音。
アイアンポテトは、黒い弾丸となって、一直線に、ゴーレムの膝へと飛んでいった。
ガッッッキイイイイイン!
凄まじい金属音と共に、アイアンポテトは、寸分たがわず、動力パイプに命中した。
パイプは、無残に引きちぎられ、中から、冷却液が、火花を散らしながら噴き出す。
ゴーレムは、片膝を失い、大きく、バランスを崩した。
「な……馬鹿な……! この私が……イモに……!」
アークライトの断末魔の叫び。
巨体は、ゆっくりと、前のめりに倒れ込み、地面に、激突した。
ドッゴオオオオオン!
衝撃で、コックピットが大破し、内部で、誘爆が始まる。
そして、戦闘用ゴーレムは、巨大な火柱を上げて、爆発、四散した。
後に残ったのは、静寂と、燃え盛る鉄の残骸だけだった。
俺たちは、勝ったのだ。
デメテルに頼らず、俺たちの、ポテトと、知恵と、仲間との絆の力で。
だが、俺たちの戦いは、まだ終わってはいなかった。
アークライトは死んだ。だが、その背後にいる、再生委員会は、まだ健在だ。
彼らは、この敗北を知り、必ず、次なる手を打ってくるだろう。
「……行くしかないな」
俺は、仲間たちを見渡して、言った。
「こっちから、出向くしか、ない」
再生委員会の、本拠地へ。
この、歪んだ世界の、中心へ。
「ああ。それが、俺たちの、選んだ道だ」
ザギが、頷く。
「面白い。どこまでも、付き合ってやるぜ」
キバが、笑う。
「私も、行くわ。私の、最後の戦いのために」
サラが、決意の目を向ける。
「私も! もう、ユウキを、一人にはさせない!」
アンナが、俺の手を、強く握った。
俺たちの、最後の戦い。
それは、この村を守るための戦いではない。
この世界に、本当の自由と、未来を取り戻すための、旅立ちだった。
俺は、空を見上げた。
錆び色の空は、どこまでも、続いている。
その向こう側に、どんな敵が、どんな未来が待っていようとも、俺は、もう、何も恐れはしない。
俺の隣には、最高の仲間たちと、そして、無限の可能性を秘めた、黄金のポテトが、ついているのだから。
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