第42話 二人の指導者、村の選択
ニトロポテトの爆発は、戦場の空気を一変させた。
再生委員会の兵士たちは、あの得体の知れない爆発するイモを恐れ、明らかに動きが鈍っている。その隙を突き、ザギやキバたちは、次々と兵士たちを打ち倒していった。
「すげえ威力だ、ユウキ! これさえあれば、勝てるぞ!」
キバが、興奮して叫ぶ。
だが、俺の表情は、晴れなかった。
ニトロポテトは、強力すぎる。そして、不安定すぎる。下手をすれば、敵だけでなく、味方や村そのものまで、吹き飛ばしかねない、諸刃の剣だった。
俺は、また、力に頼ろうとしているのか……?
その時、村中に、ドクターアークライトの声が、スピーカーを通じて響き渡った。
「フロンティアの諸君! 聞きたまえ! テロリストであるユウキが、暴れているようだが、心配は無用だ! 我々には、彼を制圧する、用意がある!」
その言葉と共に、村の中心にある広場から、巨大な影が姿を現した。
それは、再生委員会が持ち込んだ、戦闘用ゴーレムだった。
デメテルほど巨大ではないが、より洗練され、機動性に優れた、黒光りする機体。両腕には、ガトリングガンと、高出力のレーザー砲が装備されている。
「な……! あんなものまで、隠し持っていたのか……!」
ザギが、絶句する。
ニトロポテトの優位性は、一瞬にして、消え去った。あんな化け物を相手に、爆発するイモを、正確に命中させることなど、不可能に近い。
「ユウキ君!」
アークライトの声が、嘲笑うように響く。「君の反乱は、ここまでだ。おとなしく投降したまえ。さもなくば、この村ごと、君のポテト畑ごと、灰燼に帰すことになるぞ!」
ゴーレムのレーザー砲の砲口が、俺の実験農場に向けられる。
絶体絶命だ。
仲間たちが、俺を守ろうと、盾になろうとする。
「やめろ、みんな!」
俺が叫んだ、その時だった。
「――待ちなさい」
凛、とした声が、戦場に響き渡った。
声の主は、サラだった。
彼女は、村の広場の中央に、一人で立っていた。そして、アークライトが乗る戦闘用ゴーレムと、真っ向から対峙していた。
「サラさん!?」
「何してんだ、危ねえ!」
「ドクターアークライト」
サラは、マイクを使って、冷静に語りかけた。「あなたの目的は、ルナポテトと、私の知識のはず。この村を破壊すれば、その両方を、永遠に失うことになるわ。それでも、いいの?」
「ふん。脅しのつもりかね?」
アークライトは、せせら笑う。「君を殺しても、君の頭脳は、我々の技術で、データとして抽出す……」
「――それは、どうかしら」
サラは、不気味に微笑むと、おもむろに、自分の首筋に、小さなナイフを当てた。
「私の知識は、私の脳と共にある。私が死ねば、すべては消える。そして、ルナポテトも、ただの光るイモになるわ。あのポテトを、真の薬として、あるいは、あなたが望む不老不死の秘薬として完成させるには、私の知識が不可欠だということを、あなた自身が、一番よくわかっているはずよ」
「……!」
アークライトが、言葉に詰まる。
「そして、ユウキ。あなたも、よく聞きなさい」
サラの視線が、今度は、俺に向けられた。
「あなたが、その爆弾ポテトを使えば、確かに、あのゴーレムを破壊できるかもしれない。でも、その代償は? 村が火の海になり、仲間が傷つき、そして、あなたは、また『力でねじ伏せる英雄』に戻る。それで、本当にいいの?」
サラの言葉が、俺の胸に、重く突き刺さる。
そうだ。俺は、もう、あの孤独な道には、戻りたくない。
「二人とも、武器を降ろしなさい」
サラは、高らかに宣言した。「そして、この村の未来を、村人自身の手に、委ねなさい!」
彼女は、広場に集まっていた、すべての村人たちに向かって、語りかけた。
「皆さん! 聞いてください! 今、私たちの前には、二つの道があります!」
彼女は、アークライトのゴーレムと、俺を、交互に指差した。
「一つは、再生委員会の管理のもとで、安全と、豊かさを享受する道。飢えも、病も、戦いもない、平和な『箱庭』の道です!」
「そして、もう一つは、ユウキと共に、自分たちの手で、未来を切り拓く道! それは、困難で、時には、血が流れるかもしれない、自由だが、茨の道です!」
彼女の言葉に、村人たちは、固唾を飲んで、聞き入っている。
「私は、どちらが正しいとは言いません。どちらの道にも、光と影がある。だから、決めてください! あなた方自身が、この村の未来を、どちらの指導者に託すのかを!」
「選ぶのは、あなたたちです!」
二人の指導者。
安全な管理社会を約束する、サラ(と、その背後のアークライト)。
自由だが、苦難に満ちた未来を提示する、俺。
村の運命は、今、村人たち一人一人の、選択に委ねられたのだ。
広場に、重い沈黙が落ちる。
村人たちは、互いの顔を見合わせ、悩み、囁き合っている。
アークライトは、自信満々の笑みを浮かべていた。人々が、安楽な道を選ぶに決まっている、と。
俺は、ただ、まっすぐに、村人たちの顔を見つめていた。
やがて、一人の男が、ゆっくりと前に進み出た。
ダントさんだった。
彼は、俺の前に立つと、深く、深く、頭を下げた。
「……すまなかった、ユウキ。俺たちは、間違っていた」
彼は、顔を上げ、村人たちに向かって、叫んだ。
「みんな、目を覚ませ! 俺たちが手に入れたこの豊かさは、誰かに与えられたもんじゃねえ! ユウキと一緒に、俺たち自身の手で、汗水流して、勝ち取ってきたもんだ!」
彼の言葉に、村人たちの目が、ハッと、何かを思い出したように、輝きを取り戻していく。
「そうだ……。俺たちは、ポテトで、賊を追い払った!」
「俺たちの手で、畑を耕し、酒を造った!」
「与えられた平和なんかに、価値はねえ! 俺たちの平和は、俺たちの手で、守る!」
一人、また一人と、村人たちが、声を上げる。
そして、彼らは、ゆっくりと、俺の後ろに、集まり始めたのだ。
それは、無言の、しかし、何よりも雄弁な、彼らの『選択』だった。
「……馬鹿な……」
アークライトが、信じられないといった顔で、その光景を見ている。
「なぜだ! なぜ、安楽な道を捨てて、わざわざ、苦難の道を選ぶのだ、愚かな人間ども!」
「それが、人間だからよ」
サラが、静かに答えた。「管理された家畜になるより、たとえ不器用でも、自分の足で立つことを選ぶ。それが、私たち人間なのよ」
彼女は、俺に向かって、小さく微笑んだ。
それは、俺が初めて見る、彼女の、心からの笑顔だった。
「……ユウキ。私の負けよ。この村の未来は、あなたに託すわ」
そして、彼女は、自分の首筋に当てていたナイフを、アークライトのゴーレムに向けた。
「さあ、ドクター。チェックメイトよ。あなたは、もう、詰んでいる」
村人たちの意志。
そして、サラの、命を懸けた覚悟。
その二つが、再生委員会の野望を、打ち砕いたのだ。
本当の勝利は、武力によってもたらされるものではない。
人の、心の、繋がりによってこそ、もたらされるのだ。
俺は、そのことを、この村の仲間たちから、改めて、教えられた気がした。
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