第41話 反撃の狼煙

 俺が牢に囚われてから、一週間が経った。

 フロンティアの村は、再生委員会の管理のもと、一見すると完璧な秩序と平和を享受しているように見えた。村人たちは、配給される豊かな物資に満足し、労働の負担も軽減され、その顔には明るい笑顔が浮かんでいる。

 だが、その笑顔は、どこか空虚で、作り物めいて見えた。かつて、自分たちの手で村を築き上げてきた、あの力強い輝きは、失われつつあった。


 その夜、アンナが伝えてくれた俺の言葉は、ザギとキバのもとへ、確かに届いていた。

 村の外れにある、ポテトナイツの詰め所。そこでは、夜な夜な、密かな会合が開かれていた。


「『ポテトの根は、まだ、死んではいない』、か」

 ザギは、腕を組み、低い声で呟いた。「ユウキの奴、何か考えがあるに違いねえ」

「ああ」とキバが応じる。「あいつが、このまま、おとなしく捕まってるタマかよ。間違いなく、何か仕掛けてくるぜ。問題は、それが、いつ、どこで、どんな形で始まるか、だ」


 彼らは、再生委員会の監視の目を掻い潜りながら、来るべき時に備えて、水面下で準備を進めていた。

 ダントさんをはじめ、ユウキを信じる一部の村人たちも、彼らの動きに協力していた。

 武器は、すべて農具に変えられた。だが、彼らの手にかかれば、鋭い刃を持つ鍬も、頑丈な柄を持つ鋤も、いざという時には、恐ろしい武器へと姿を変える。


 一方、村の指導者となったサラは、ドクターアークライトと共に、実験農場の管理に当たっていた。

 アークライトは、ルナポテトの持つ、驚異的な細胞増殖能力に、異常なまでの興味を示していた。


「素晴らしい……! このポテトを使えば、人体の欠損さえも、再生できるかもしれん! いや、それどころか、老化という、神にさえ抗えなかった領域に、我々は踏み込めるやもしれんぞ!」

 彼は、狂信的な光を宿した目で、ルナポテトを見つめている。

 彼の目的は、村の平和な管理などではなかった。ルナポテトを、己の野望のために利用すること。それこそが、彼の真の狙いだったのだ。


「……その研究には、危険が伴います」

 サラは、冷静に釘を刺した。「父の二の舞になりたくなければ、慎重に進めるべきです」

「わかっているさ、サラ君。君の助言は、実に有益だ。君という協力者がいて、私は、心から幸運だと思っているよ」

 アークライトは、そう言って笑ったが、その目は、全く笑っていなかった。彼は、サラの知識を利用しているだけで、彼女自身を、心から信頼しているわけではない。互いに、互いを利用し合っているだけの、冷たい関係だった。


 その夜、事件は起きた。

 俺が囚われている、石造りの牢。その床が、音もなく、ゆっくりと隆起し始めたのだ。

 見張りの兵士が、異変に気づいて、扉を開ける。

「な、なんだ!? 地震か!?」


 だが、それは地震ではなかった。

 床の石畳を、内側から突き破り、無数の、太い植物の根が、まるで蛇のように姿を現したのだ。

 ガーディアンの根だ。

 俺の指示がなくとも、アンナを通じて、ザギたちが動いたのだ。彼らは、ガーディアンのネットワークの一部を、この牢の地下まで、密かに伸長させていた。


「な、なんだ、この植物は……!」

 兵士たちが、驚き、怯む。

 その一瞬の隙を、俺は見逃さなかった。


 牢の鉄格子を掴み、渾身の力で、ねじ曲げる。

 ミシミシ、という金属の悲鳴と共に、鉄格子は、俺の怪力によって、大きく歪んだ。

 俺は、その隙間から、外へと飛び出した。


「脱獄だ! 奴を取り押さえろ!」

 兵士たちが、電磁警棒を構えて、俺に襲いかかってくる。

 だが、彼らが俺にたどり着く前に、牢から伸びてきたガーディアンの根が、彼らの足に絡みつき、その動きを封じた。


「……なっ!?」


「言ったはずだ。『ポテトの根は、まだ、死んではいない』、と」

 俺は、不敵に笑うと、闇の中へと駆け出した。


 村中に、警報のサイレンが鳴り響く。

 俺の脱獄は、即座に、アークライトとサラの耳にも届いた。


「……やはり、動いたか」

 アークライトは、忌々しげに呟いた。「サラ君、君の予測通りだったな。だが、好都合だ。これで、あの小僧を、公然と『処分』する、大義名分ができた」

「……」

 サラは、何も答えず、ただ、窓の外の闇を、じっと見つめていた。


 俺が向かったのは、実験農場だった。

 俺の知識と、俺のポテト。それを取り戻さなければ、反撃は始まらない。

 だが、農場の入り口には、すでに、再生委員会の兵士たちが、完全武装で待ち構えていた。


「そこまでだ、ユウキ! おとなしく投降しろ!」


 多勢に無勢。

 このままでは、また捕まるだけだ。

 俺が、どうやってこの包囲網を突破しようか、思案した、その時。


「――今だ、野郎ども! ユウキを援護しろ!」


 闇の中から、ザギの声が響き渡った。

 それを合図に、物陰に潜んでいた、ポテトナイツのメンバーや、村の男たちが、一斉に飛び出してきた。

 彼らの手には、鍬が、鋤が、そして、ただの棍棒が握られている。

 貧弱な装備。だが、その目には、決死の覚悟が宿っていた。


「うおおおおお!」

 ダントさんが、雄叫びを上げて、兵士の一人に、鋤を振り下ろす。

「俺たちのユウキに、手出しはさせねえ!」


 乱戦が始まった。

 だが、やはり、装備の差は歴然だった。ポテトナイツは、次々と、電磁警棒の餌食となり、地面に倒れていく。


「くそっ……!」


 このままでは、仲間たちが、皆殺しにされてしまう。

 俺は、農場に駆け込み、一つの品種が植えられた区画へと、走った。

 それは、アルブレヒトの日誌にあった、一つの記述を元に、俺が密かに開発を進めていた、特殊なポテト。


『警告:極めて不安定。強い衝撃を与えることで、内部の化学物質が連鎖反応を起こし、爆発する危険性あり。取り扱い、要注意』


 その名は、『ニトロポテト』。

 俺は、その小さな、しかし、絶大な破壊力を秘めたイモを、数個、地面から掘り起こした。


「みんな、伏せろ!」


 俺は、ニトロポテトを、兵士たちが密集している場所へと、力いっぱい投げつけた。

 ポテトは、地面に激突した瞬間、閃光と共に、爆発した。


 ドガアアアアン!


 凄まじい爆音と衝撃波が、あたりを薙ぎ払う。

 兵士たちは、もろに爆風を受け、木の葉のように吹き飛んだ。

 一瞬にして、形成は逆転した。


「……な、なんだ、今の爆発は……!?」

「イモが……爆発したぞ……!?」

 仲間たちも、敵も、その信じがたい光景に、呆然としている。


 俺は、残りのニトロポテトを手に、アークライトがいるであろう、村の中心部を睨みつけた。

 反撃の狼煙は、上がった。

 この偽りの平和を、俺のポテトが、根こそぎ、爆破してやる。


 フロンティア解放戦争が、今、始まったのだ。

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