第39話 裏切りの真意、二つの正義
サラと監査官の密会。
その衝撃的な光景は、俺とザギの心に、重い疑念の影を落とした。
翌日、俺たちは、キバとノクト、そしてダントさんだけに、昨夜の出来事を打ち明けた。
「……なんだと!?」
話を聞いたキバは、激昂した。「あの女、やっぱり俺たちを裏切ってたのか! 今すぐ、問い詰めてやる!」
「待て、キバ。早まるな」
ザギが、冷静にそれを制した。「まだ、サラの真意がわかったわけじゃない。それに、相手は再生委員会だ。下手に動けば、村全体が危険に晒される」
「だが、このまま黙って見てるだけってのかよ!」
「……ユウキはどう思う?」
ザギに問われ、俺は深く考え込んでいた。
サラが、俺を排除することに同意した。その事実は、重い。だが、あの時の彼女の背中……孤独で、苦悩に満ちた姿が、どうしても頭から離れなかった。
彼女は、本当に、俺たちを裏切ったのだろうか。
「……わからない」
俺は、正直な気持ちを口にした。「でも、彼女を、頭ごなしに悪者だと決めたくはない。何か、俺たちの知らない理由があるのかもしれない」
「お人好しだな、ユウキは」
キバは、呆れたように言ったが、それ以上は何も言わなかった。
俺たちは、ひとまず、サラの動向を、注意深く見守ることにした。
表面上、村は、何も変わらない平和な日常が続いていた。
だが、その裏側で、俺たちは、来るべき時に備えていた。
数日後。
俺は、意を決して、サラに直接、話を聞くことにした。
彼女が一人で、実験農場の管理をしている時を見計らって、声をかけた。
「……サラ。少し、いいか」
俺の声に、サラの肩が、わずかに震えた。
「……何かしら」
彼女は、振り返らずに、ポテトの葉を摘みながら答える。
「あんたは、村を、どうしたいんだ?」
俺は、単刀直入に尋ねた。「再生委員会の『特別保護区』になることが、あんたの望みなのか?」
サラの手が、ぴたりと止まった。
彼女は、ゆっくりと、こちらに振り返った。その瞳には、深い悲しみと、そして、鋼のような、冷たい決意の色が宿っていた。
「……あなたには、わからないでしょうね」
彼女は、静かに言った。「デメテルのような、圧倒的な力も、ポテトユニオンのような、新しい秩序も、再生委員会にとっては、ただの『脅威』でしかないのよ。彼らは、自分たちのコントロールできないものを、決して許さない。いずれ、フロンティアは、潰される運命だった」
「だから、委員会に下ったっていうのか!?」
「他に、どんな道があったというの!」
サラの声が、荒らげられた。「私は、もう、誰も死なせたくないのよ! 父さんの村のように、この村が、滅びるのを見たくない! そのためなら、私は、どんな汚い手だって使うわ! たとえ、あなたを裏切ることになったとしてもね!」
彼女の絶叫が、俺の胸に突き刺さる。
そうだ。彼女は、誰よりも、喪失の痛みを知っている。
村を守りたい。その思いは、俺と同じはずなのだ。
だが、そのための道が、俺たちでは、あまりにも違いすぎた。
「……俺を、排除するというのは、本気か」
「……ええ」
サラは、目を伏せた。「あなたという、規格外の『英雄』がいる限り、委員会は、この村を危険視し続ける。あなたさえ、いなくなれば……。フロンティアは、彼らの管理下で、安全な『箱庭』として、存続できる。それが、この村にとって、最も現実的で、確実な、生き残る道よ」
彼女の言うことにも、一理あるのかもしれない。
俺という存在が、平和を脅かす火種になっている。
俺がいなくなれば、村は、平穏を得られる……。
「……ふざけるな」
俺は、低く、しかし、はっきりと、言った。
「そんなもの、本当の平和じゃない。それは、ただの、家畜の安寧だ。誰かに管理され、牙を抜かれ、与えられた餌で生き永らえる。そんな未来のために、俺たちは戦ってきたんじゃない!」
俺は、サラの肩を掴んだ。
「あんたは、間違ってる! 人が、本当に生きるっていうのは、自分の意志で、未来を切り拓いていくことだ! たとえ、それが、困難な道であったとしても!」
「……綺麗事よ」
サラは、俺の手を振り払った。「あなたのその理想が、これまで、どれだけの血を流させてきたか、忘れたの? サンドクローラー、ハイエナ、デザートウルフ……。そして、あのソルトキャノンで、あなたが消し去った命のことも!」
「……!」
俺は、言葉に詰まった。
そうだ。俺の戦いは、常に、犠牲の上に成り立っていた。
俺の正義は、誰かにとっては、不義だったのかもしれない。
「私は、もう、誰も傷つけたくないし、傷つけられたくもない」
サラは、涙をこらえ、毅然と言い放った。「そのためなら、私は、悪にだってなる。あなたという『正義』を、この手で、終わらせてみせるわ」
二つの正義。
自由だが、常に戦いの危険に晒される未来を選ぶか。
管理されているが、安全な未来を選ぶか。
俺とサラの道は、決して、交わることはない。
俺たちの間には、決定的な亀裂が入ってしまった。
その時だった。
村の物見櫓から、甲高い警戒の鐘が、けたたましく鳴り響いた。
「敵襲か!?」
俺とサラは、顔を見合わせた。
まさか、もう、再生委員会が……!?
俺たちが、広場へと駆けつけると、そこには、信じられない光景が広がっていた。
村の入り口に、数台のスキマーが着陸し、中から、白い防護服を着た再生委員会の兵士たちが、次々と降りてきている。
そして、彼らは、武器を構えるのではなく、村人たちに、何かを配り始めたのだ。
それは、綺麗な水、栄養価の高いレーション、そして、様々な病気に効くという、高性能な万能薬だった。
「な……なんだ、これは……」
戸惑う村人たちに、監査官が、メガホンで語りかける。
「フロンティアの諸君! 我々、再生委員会は、今日この時より、この村の『保護』を開始する! 我々の指導のもと、あなた方は、病に苦しむことなく、飢えることなく、安全な暮らしを、永遠に約束されるのだ!」
監査官の言葉に、一部の村人たちが、歓声を上げる。
ギアヘブンの時と同じだ。目先の、甘い蜜に、人々は、いともたやすく、心を奪われていく。
「ただし」と、監査官は続けた。「そのための、新しいリーダーを、我々は、ここに任命する。……サラ、前へ」
サラが、ゆっくりと、監査官の前へと進み出た。
そして、監査官は、高らかに、宣言した。
「そして、この村の平和を乱す、旧時代の指導者であり、危険な兵器の開発者である、ユウキを、これより、拘束する!」
その言葉を合図に、再生委員会の兵士たちが、一斉に、俺を取り囲んだ。
彼らの手には、電磁警棒のような、見たこともない武器が握られている。
ザギやキバが、俺を守ろうと前に出るが、兵士たちの数と、装備の差は、圧倒的だった。
俺は、なす術もなく、彼らに取り押さえられた。
俺が、連行されていく中、最後に見たのは、村人たちの、戸惑いと、安堵と、そして、ほんの少しの罪悪感が入り混じった、複雑な表情だった。
そして、アンナの、絶望に満ちた、叫び声。
俺は、負けたのだ。
武力ではなく、人の心に。
俺の理想は、彼女たちの、巧みな懐柔策の前に、脆くも、崩れ去ったのだった。
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