第36話 ポテトの定義

「兵器の破棄……。ふざけたことを」

 集会所で、キバが吐き捨てるように言った。「デザートウルフをけしかけてきた連中が、どの口で言うんだ。俺たちから牙を全部引っこ抜いて、丸裸にしてから、ゆっくり料理するって魂胆だろうが」


 キバの意見は、もっともだった。

 ザギやダントさんをはじめ、村の男たちのほとんどが、再生委員会の「非武装化」という要求に、強い不信感と反発を示していた。


「そうだ。クロスボウや、ポテトナイツの装備まで取り上げるというのか」

「そんなことをすれば、また賊に襲われた時に、どうやって身を守るんだ!」


 集会所は、紛糾していた。

 デメテルという絶対的な抑止力を失った今、村の防衛力が低下することへの不安は、当然のものだった。


「まあ、待て」

 俺は、議論を制するように、手を上げた。「バルトロさん。その『兵器』というのは、具体的に、何を指しているんですか?」


 俺の問いに、バルトロは、困ったように口髭を捻った。

「……委員会からの通達では、極めて曖昧な表現が使われている。『フロンティアが所有する、攻撃能力を持つ、大崩壊以前の遺物、および、それに準ずる新開発の武具』、と……。解釈の余地が、いくらでもある、実にたちの悪い言い方だ」


「つまり、連中のさじ加減一つで、俺たちの鍬や鋤まで『兵器』だと認定されかねん、ということか」

 ザギが、苦々しく言った。


 その通りだ。

 再生委員会の狙いは、フロンティアの力を、骨抜きにすることにある。

 そして、その最大のターゲットは、間違いなく、俺が開発してきた『特殊なポテト』たちだろう。


 ストーンポテト。アイアンポテト。セラミックポテト。

 これらは、果たして『兵器』なのだろうか?

 それとも、ただの『イモ』なのだろうか?


 そして、最大の懸案事項は、ガーディアンだ。

 村全体を覆う、生きた防衛システム。

 あれは、どう考えても、ただの農作物とは言えない。委員会が、あれの存在を知れば、間違いなく『新開発の武具』と見なしてくるだろう。


「……どうする、ユウキ」

 ギデオン長老が、俺の顔を覗き込む。

 村の全員の視線が、俺に集まっていた。

 俺の判断一つで、村の未来が、再び大きく変わる。


 俺は、しばらく黙って、考えていた。

 そして、一つの答えにたどり着いた。


「……わかりました。その条件、飲みましょう」


「なっ!?」

 俺の言葉に、ザギやキバたちが、一斉に驚きの声を上げた。

「ユウキ、お前、正気か!」

「武器を捨てて、どうやって戦うんだ!」


「戦わないのよ」

 俺の意図を正確に読み取った、サラが、静かに言った。「戦うのではなく、戦わせない。それが、ユウキの答えでしょう?」

「……その通りだ」


 俺は、バルトロに向き直った。

「再生委員会に、こう伝えてください。『フロンティアは、非武装化を受け入れる』、と。我々は、委員会が『兵器』と見なすすべてのものを、あなた方の目の前で、破棄してみせましょう」


「……ほう。面白い。具体的には、どうする?」

 バルトロが、興味深そうに身を乗り出してきた。


「まず、ストーンポテトやセラミックポテト。これらは、すべて、砕いて『ゴールデン肥料』の原料にします。攻撃能力を持つイモは、一粒たりとも残しません」

「なるほど。武器を、肥料に変える、と。うまいやり方だ」


「次に、ポテトナイツの装備。クロスボウや、金属の鎧。これらも、すべて溶かして、農具に作り替えます。剣を、鋤に。鎧を、鍬に。俺たちは、戦う力ではなく、大地を耕す力を選びます」


 俺の宣言に、ザギやキバは、最初は不満そうな顔をしていたが、やがて、その真意に気づき、ニヤリと笑った。

 彼らは、武器を失っても、その腕と、荒野で生き抜いてきた知恵は、失わない。形が変わっても、彼らがフロンティアの守り手であることに、変わりはないのだ。


「……そして、最後に」

 俺は、一呼吸置いた。「委員会が、最も警戒しているであろう、我々の『新兵器』についても、お話しなければなりませんね」


 バルトロの目が、鋭く光る。

「……新兵器?」


「ええ。ですが、それは、あなた方が想像しているようなものではありません。ぜひ、ご自身の目で、確かめていただきたい」


 俺は、バルトロを、村の外れにある、ガーディアンの畑へと案内した。

 アンナも、サラも、そして村の仲間たちも、俺の後についてくる。

 畑には、青々としたポテトの葉が、風にそよいでいるだけ。一見、何の変哲もない、平和な光景だ。


「……これが、新兵器だと? ただのイモ畑にしか、見えんが」

 バルトロが、訝しげに言った。


「その通りです。これは、ただのイモ畑ですよ」

 俺は、にこやかに答えた。「再生委員会に、そうお伝えください。フロンティアには、武器など一つもない。あるのは、豊かな実りをもたらす、広大な畑だけだ、と」


「……」

 バルトロは、俺の真意が読めず、狐につままれたような顔をしている。


「ただし」と俺は付け加えた。「この畑には、一つだけ、ルールがあるんです。……『許可なく、足を踏み入れてはならない』。ただ、それだけです」


 俺は、近くにいたウサギを捕まえると、それを、畑の中へと放り投げた。

 次の瞬間。

 ビュッ! という音と共に、地面から無数の蔓が飛び出し、ウサギを絡め取り、大地の中へと引きずり込んでいく。

 そして、再び、何事もなかったかのような、静かな畑に戻る。


「……ひっ……」

 バルトロの護衛が、小さな悲鳴を上げた。

 バルトロ自身も、顔面蒼白になり、冷や汗を流している。


「ご覧の通り、これは、畑を荒らす害獣から、我々の大事な作物を守るための、ただの『防護柵』です。攻撃を目的とした『兵器』では、断じてありません。もちろん、この畑に立ち入ろうなどと考える、愚かな人間がいない限りは、ですが」


 俺は、満面の笑みで、バルトロの目を見つめた。

 武装か、非武装か。

 兵器か、農具か。

 その定義を決めるのは、委員会ではない。この俺たちだ。


 俺たちは、武器を捨てる。

 だが、牙を捨てるわけじゃない。

 俺たちの牙は、もはや、鉄の剣や、石のイモではない。

 大地そのものと一体化した、この生きた要塞。

 そして、どんな困難も、知恵と工夫で乗り越えてきた、俺たちの絆だ。


 バルトロは、もはや、何も言えなかった。

 彼は、俺たちの村が、デメテルよりも、ある意味で、ずっと厄介で、手強い要塞へと変貌を遂げたことを、理解しただろう。


 彼は、震える声で、それだけを言うと、逃げるように、フロンティアを去っていった。

「……わかった。……委員会には、……確かに、そう伝えよう……」


 俺たちの、知略による防衛戦が、静かに、しかし、確かに始まった瞬間だった。

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