第35話 芽吹く生体要塞

 デメテルの自爆シークエンスを起動した俺は、コックピットから降り、仲間たちのもとへ駆け寄った。

 鉄の巨人の内部から、低い警告音が鳴り響き、機体のあちこちから白い蒸気が噴き出し始めている。


「……本当によかったのか、ユウキ」

 ザギが、名残惜しそうにデメテルを見上げながら言った。

「ああ。こいつに頼っている限り、俺たちは前に進めない」


 俺の心に、もはや迷いはなかった。

 アンナとサラが示してくれた、第三の道。それこそが、俺たちが選ぶべき未来だと、確信していたからだ。


 やがて、警告音は甲高いサイレンへと変わり、デメテルの機体全体が、真っ赤な光を放ち始めた。

「みんな、伏せろ!」


 俺の叫び声と共に、デメテルは、轟音を立てて爆発した。

 だが、それは、ソルトキャノンのような破壊的な爆発ではなかった。

 内部の動力炉が、高熱を発して自壊し、分厚い装甲を内側から溶かしていく。鉄の巨人は、まるで燃え尽きる巨星のように、眩い光を放った後、ゆっくりとその場に崩れ落ち、ただの巨大な鉄塊と化した。

 二度と、誰にも利用できないように。


 呆然と立ち尽くすバルトロとその護衛たちを尻目に、俺たちは、その光景を静かに見届けていた。

 一つの時代の、終わり。

 俺の、英雄としての時代の、終わり。


「……さて、と」

 俺は、パン、と手を叩き、仲間たちに向き直った。「感傷に浸ってる暇はないぞ。やることは、山積みだ!」


 その日から、フロンティアの村は、新たな目標に向かって、再び一つになった。

 『生体防衛システムポてト "ガーディアン"』の栽培。

 村全体を、生きた要塞へと変える、壮大なプロジェクトだ。


 俺は、アルブレヒトの日誌を元に、ガーディアンの種イモの培養に着手した。

 それは、複数のポテトの遺伝子を、非常に繊細なバランスで組み合わせる必要のある、これまでで最も難易度の高い品種改良だった。

 ストーンポテトの硬質な細胞壁、クイックグロウの蔓の強靭さ、そして、日誌にのみ記されていた、微弱な電気信号を発する特殊なポテトの性質。それらを、一つのイモに凝縮させるのだ。


 俺が種イモ作りに没頭する傍らで、村人たちは、サラの指揮のもと、村の周囲の土地を、広範囲にわたって耕し始めた。

 彼女の指示は、的確で、一切の無駄がなかった。

「そこの区画は、もっと深く耕して。ガーディアンの主根は、地下深くまで伸びるわ」

「こっちの土壌には、リンが足りない。ゴールデン肥料を、もっと追加してちょうだい」


 最初は、元ハイエナのリーダーに指図されることに、戸惑いを見せていたダントさんたちも、彼女の持つ圧倒的な知識と、的確な指導力に、次第に信頼を寄せるようになっていった。

 サラもまた、人々に頼られ、自分の知識が役に立つことに、生きる意味を見出し始めているようだった。彼女の顔から、かつての虚無の色は消え、今は、厳しさの中にも、確かな充実感が浮かんでいた。


 そして、アンナは、村人たちの心を一つにまとめる、太陽のような役割を担っていた。

「みんな、頑張って! この畑が、私たちの未来の壁になるのよ!」

 彼女の明るい声と笑顔は、過酷な肉体労働に疲れた村人たちの、何よりの清涼剤となった。

 俺と、サラと、アンナ。

 俺たち三人が、それぞれの役割を果たすことで、フロンティアは、巨大な一つの生命体のように、機能し始めていた。


 数週間後、俺は、ついにガーディアンの種イモを、百個ほど培養することに成功した。

 俺たちは、それを、村を囲むように、広大な畑へと、一つ一つ、丁寧に植え付けていった。

 未来への希望を、大地に埋めていくように。


 ガーディアンの成長は、異様だった。

 地上部は、普通のポテトとさほど変わらない。だが、その地下では、俺たちの目には見えない、驚くべき変化が起きていた。

 根が、驚異的な速さで伸長し、互いに絡み合い、まるで神経網のように、村の周囲の地下を、びっしりと覆い尽くしていくのだ。


「……すごい。土の中の電気信号が、日に日に強くなってる」

 俺は、アルブレヒトの日誌にあった、簡易的な電位測定器を作り、地面に突き刺しながら、その成長を観測していた。

 村全体が、一つの巨大な感覚器官になろうとしていた。


 そして、植え付けから一ヶ月が経った、ある朝。

 ついに、その時が来た。


「……ユウキ! 見て!」

 アンナの叫び声に、俺は畑へと駆けつけた。

 地上部に伸びていた、何の変哲もなかったはずの蔓が、まるで蛇のように、鎌首をもたげ、ゆっくりと動き始めているのだ。


「……成功だ」


 俺は、実験として、近くにいた野生のネズミに、石を投げて、ガーディアンの畑の中へと追い込んだ。

 ネズミが、畑に足を踏み入れた、その瞬間。


 ビュッ!


 地面から、数本の蔓が、鞭のようにしなり、瞬く間にネズミを絡め取った。

 ネズミは、一瞬、痙攣したが、すぐにぐったりと動かなくなる。蔓に含まれる、麻痺毒が効いたのだ。

 やがて、蔓は、ネズミを地面に引きずり込むと、まるで何事もなかったかのように、静かになった。


「……」

 その光景を見ていた村人たちは、息を呑んだ。

 それは、頼もしくもあり、同時に、どこか恐ろしい光景だった。

 俺たちは、自分たちの手で、生きた魔物を、生み出してしまったのかもしれない。


「……これで、再生委員会と、交渉ができる」

 サラが、静かに言った。

 そうだ。これは、俺たちが、力に頼らずに生きるための、最後の切り札。

 俺は、改めて、気を引き締めた。


 その日の午後、ギアヘブンから、バルトロが、返答を持ってやってきた。

 彼の顔は、疲れ切っていた。


「……再生委員会は、あなた方の提案を、受け入れた」

 彼は、重々しく告げた。「デメテルの完全な破壊を確認し、そして、フロンティアの『非武装化』を条件に、当面の不可侵を約束する、と」


「非武装化、だと?」

 ザギが、声を荒らげた。


「そうだ。委員会は、あなた方が、デメテルに代わる、新たな脅威を持つことを、何よりも警戒している。この村にある、すべての『兵器』を、破棄しろ、と。それが、彼らの絶対条件だ」


 兵器の破棄。

 その言葉に、俺は、畑で蠢くガーディアンの蔓を、思い浮かべた。

 あれは、兵器だろうか?

 それとも、ただの、自衛のための、植物だろうか?


 再生委員会との、新たな駆け引きが、始まろうとしていた。

 俺たちのポテトは、またしても、その価値を、世界に問われることになったのだ。

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