第34話 第三の道

「……アンナ、お前まで、何を……」

 俺は、呆然とアンナの顔を見つめた。サラに言われた時とは、また違う衝撃が、俺の心を揺さぶる。


 アンナは、俺の動揺など意に介さず、毅然とした態度で続けた。

「ユウキ、あんたは、一人で悩みすぎよ。英雄だなんて、勝手に背負い込んで。でも、もう、一人で戦う必要なんてないの」

 彼女は、集会所にいる村人たちを、一人一人、見渡した。


「みんな、聞いて。デメテルは、確かに私たちを救ってくれたわ。でも、あの力は、私たちには過ぎた力よ。あれに頼り続ければ、いつか、私たちは、アルブレヒトさんと同じ過ちを犯すことになる。力に溺れ、大切なものを見失ってしまう」


 その言葉に、ダントさんやギデオン長老も、神妙な顔で頷いている。彼らもまた、デメテルの力に、畏怖と、そして一抹の不安を感じていたのだ。


「私たちは、ポテト農家よ。鍬と、知恵と、そして仲間との絆で、この村を守ってきたじゃない。これからも、そうであるべきなの。鉄の巨人に頼るんじゃなくて、私たちのポテトの力で、困難に立ち向かうべきよ」

 アンナの言葉は、まっすぐで、力強かった。それは、ただの理想論ではない。これまでの経験に裏打ちされた、確かな信念だった。

 俺が、ポテトの持つ『破壊』の力に囚われていた間に、彼女は、ポテトが持つ本来の『生産』の力を、誰よりも信じ、育ててくれていたのだ。


「……面白いことを言う」

 話を聞いていたバルトロが、嘲るように言った。「小娘の綺麗事では、腹は膨れんし、再生委員会の鉄槌からは、身を守れんぞ」


「いいえ」

 バルトロの言葉を遮ったのは、サラだった。

 彼女は、いつの間にかアンナの隣に立ち、二人でバルトロと対峙していた。

「デメテルを捨てる、というのは、ただの降伏を意味しないわ。それは、私たちなりの『交渉カード』よ」


「交渉カードだと?」


「ええ」とサラは頷いた。「デメテルを、あなたたちにも、再生委員会にも、渡さない。その代わり、私たちは、この場所で、デメテルを『解体』する。完全に破壊し、二度と使えないようにするわ」

「なっ!?」

 バルトロだけでなく、俺も、ザギたちも、その突飛な提案に驚愕した。


「考えてもみなさい」とサラは続ける。「再生委員会にとって、デメテルは、秩序を乱す不安定要素であると同時に、喉から手が出るほど欲しい技術のはず。私たちがそれを破壊してしまえば、彼らは、その貴重な技術を永遠に失うことになる。それは、彼らにとっても、大きな損失でしょう」


「……」


「だから、取引しましょう。私たちは、デメテルを破壊する。その代わり、再生委員会は、私たちフロンティアの自治を認め、一切の干渉をしない。そして、あなたたちギアヘブンは、その交渉の仲介役を務めるのよ。それが、あなたたちが、この泥沼から抜け出す、唯一の道じゃないかしら?」


 サラの提案は、大胆不敵で、そしてあまりにもクレバーだった。

 最強の武器を、『破壊する』という行為そのものを、最強の外交カードに変える。

 それは、力と力のぶつかり合いしか知らない、男たちの発想にはない、第三の道だった。


 バルトロは、額に汗を浮かべ、サラとアンナの顔を交互に見ている。

 二人の少女――一人は太陽のように明るい希望を語り、もう一人は氷のように冷徹な現実を突きつける。その対照的な二人が、今、同じ目的のために、完璧な連携を見せていた。


「……わかった……」

 やがて、バルトロは、絞り出すように言った。「……その条件、持ち帰って、再生委員会と交渉してみよう。だが、保証はできんぞ。彼らが、お前たちのそのふざけた提案に乗ってくるかどうかは……」


「ええ、もちろん。交渉が、必ずしもうまくいくとは思っていないわ」

 サラは、冷ややかに笑った。「だから、私たちは、もう一つの『保険』を用意する」


 彼女の視線が、俺に向けられた。

「ユウキ。あなたの出番よ」

「俺の?」


「デメテルを失った私たちが、再生委員会や、あなたたちのようなハイエナから、どうやって身を守るか。それを、見せつけてやらなければ、本当の意味での対等な交渉はできない」

 サラは、アルブレヒトの日誌のあるページを指差した。

 そこには、俺がまだ手を出していなかった、一つの品種についての記述があった。


『生体防衛システムポテト "ガーディアン"』


 それは、アルブレヒトが、自身の研究所を守るために開発したという、特殊なポテトだった。

 地中に、電気信号を感知する広大な根のネットワークを張り巡らせ、侵入者を感知すると、地上部の蔓が、獲物を捕らえる食虫植物のように、高速で動き出し、敵を拘束する。

 さらに、その蔓には、強力な麻痺性の毒が含まれているという。

 村全体を、生きた要塞に変える、究極の防衛ポテト。


「このガーディアンを、村の周囲一帯に植えるのよ。交渉が決裂し、再生委員会が攻めてきたとしても、この生きた要塞が、時間を稼いでくれるはず。その間に、私たちは、次の手を打つ」

「……次の手?」


「ええ」

 サラの瞳が、初めて、ギラリとした野心の色を宿した。

「再生委員会が、独占しているという、大崩壊以前のテクノロジー。それを、今度は、私たちが、奪いに行くのよ」


 守るだけじゃない。奪いに行く。

 その、あまりにも攻撃的な発想。

 俺は、目の前にいる二人の少女に、戦慄を覚えた。

 アンナの持つ、人を惹きつけ、未来を信じさせる光の力。

 そして、サラの持つ、現実を的確に分析し、敵の弱点を突く、影の力。

 光と影。二つの力が合わさった時、それは、俺一人の力など、遥かに凌駕する、無限の可能性を生み出すのかもしれない。


 俺は、いつの間にか、自分が抱えていた孤独感が、消え去っていることに気づいた。

 俺は、一人じゃなかった。

 最高の仲間が、隣にいてくれる。


 俺は、バルトロに向き直り、きっぱりと宣言した。

「……話は、決まった。あんたは、俺たちの条件を、再生委員会に伝えろ。そして、俺たちは、俺たちのやり方で、未来を掴み取る」


 バルトロは、もはや何も言えず、ただ、呆然と頷くだけだった。


 その日、俺は、デメテルのコックピットに、最後にもう一度だけ、座った。

 そして、仲間たちが見守る中、この鉄の巨人の、自爆シークエンスを、起動させた。

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