第31話 鉄の巨人デメテル、大地の怒り
「ユ……ユウキ!?」
アンナの悲鳴のような声が、村に響いた。
「なんだ、あれは……」「ユウキ様が、巨人に乗ってるぞ!」
村人たちは、目の前の光景が信じられず、ただただ、唖然としている。
それは、敵であるデザートウルフも同じだった。彼らの指揮官でさえ、想定外の事態に、驚きを隠せないでいた。
「全軍、攻撃を止めろ! 状況を確認しろ!」
指揮官の命令で、デザートウルフの兵士たちが、俺が乗る鉄の巨人――デメテルを、遠巻きに包囲する。
俺は、デメテルのコックピットで、操縦桿を握りしめていた。
計器類が、正常に稼働していることを示している。オイルポテトの燃料も、まだ十分に残っていた。
「……行くぞ、デメテル!」
俺が操縦桿を倒すと、デメテルは、ゴウン、という重い駆動音と共に、その巨大な一歩を踏み出した。
大地が、揺れる。
二百年の眠りから目覚めた鉄の巨人は、その圧倒的な存在感で、戦場の空気を支配した。
「……訳の分からん、ガラクタめ。脅しか!」
デザートウルフの指揮官が、我に返ったように叫んだ。「構うな! 全軍、あの巨人に集中攻撃をかけろ! 鉄屑にしてやれ!」
命令一下、デザートウルフの兵士たちが、一斉にクロスボウの矢を放ってきた。
無数の矢が、デメテルの装甲に降り注ぐ。
カン、カン、カン! という、軽い音が響くだけで、二百年前の軍事規格で作られたであろう分厚い装甲には、傷一つ付かない。
「なめるなよ!」
俺は、デメテルの巨大な腕(マニピュレーター)を振り下ろした。
その鉄拳は、近くにいたバイクの一団を、まとめて薙ぎ払う。
バイクは、おもちゃのように宙を舞い、兵士たちは、悲鳴を上げて地面を転がった。
「ひるむな! 脚を狙え! 動きを止めろ!」
指揮官の的確な指示。数人の兵士が、バイクでデメテルの足元に殺到し、ワイヤー付きの銛を、関節部分に撃ち込んできた。
「させるか!」
俺は、デメテルの足元にある、小型の機銃のスイッチを入れた。
本来は、害獣駆除用だったのだろう。そこから、ゴム弾のような非殺傷弾が、凄まじい勢いで連射される。
ドドドドド!
ゴム弾の雨は、バイクを蜂の巣にし、兵士たちを容赦なく打ち倒した。
「……すごい。本当に、一人で、あの傭兵団を相手にしてる……」
バリケードの陰から、ザギたちが、信じられないものを見る目で、デメテルの戦いを見守っていた。
だが、デザートウルフも、ただやられてはいない。
指揮官は、すぐさま新たな手を打ってきた。
後方から、荷馬車が数台、前線に運び込まれる。その荷台に積まれていたのは、巨大なバリスタだった。
「対装甲兵器か……!」
バリスタから放たれた、槍のように太い矢が、デメテルの胸部装甲に突き刺さった。
ガギン! という、嫌な音が響き、機体が大きく揺れる。
さすがに、装甲を貫通こそしないものの、深い傷跡が残った。あれを、何度も食らえば、ただでは済まない。
「……そろそろ、とっておきを見せてやるか」
俺は、操縦桿の横にある、一つのレバーを握った。
『モードB:ソルトキャノン』。
アルブレヒトが、兵器と呼んだ、この巨人の真の力。
「目標、前方のバリスタ部隊! ソルトキャノン、発射!」
俺が叫ぶと、デメテルの背中にある、巨大なコンテナのハッチが開き、中から、太い砲身が姿を現した。
そして、その砲口から、白く輝く、高濃度の化学肥料の奔流が、凄まじい圧力で射出された。
シュゴオオオオオオッ!!
それは、もはや砲弾ではなかった。
大地の怒りそのもののような、白い、死の嵐だった。
ソルトキャノンは、バリスタ部隊を、一瞬にして飲み込んだ。
高濃度の化学肥料を浴びた兵士たちは、悲鳴を上げる間もなく、その体の水分を奪われ、まるでミイラのように、瞬時に萎びていく。
鉄でできたバリスタや、バイクでさえ、その強力な腐食作用によって、ボロボロに朽ち果てていった。
後に残ったのは、白い塩の結晶に覆われた、不毛の大地だけだった。
その、あまりにも非人道的な、圧倒的な破壊力。
戦場は、再び、水を打ったように静まり返った。
味方であるはずの、フロンティアの村人たちでさえ、その光景に恐怖し、後ずさっている。
「……化け物……め……」
デザートウルフの指揮官が、震える声で呟いた。
彼の顔からは、完全に戦意が消え失せていた。
もはや、これは戦争ではない。一方的な、蹂躙だ。
「……撤退だ……。全軍、撤退!!」
指揮官の絶叫を合図に、生き残ったデザートウルフの兵士たちは、我先にとバイクに跨り、蜘蛛の子を散らすように、逃げ去っていった。
俺は、勝利を確信した。
だが、心に、喜びはなかった。
コックピットのモニターに映る、白い不毛の大地。俺が、この手で作り出してしまった、死の世界。
俺は、本当に、村を守ったのだろうか。
それとも、村を守るために、もっと大きな、取り返しのつかないものを、この世界に解き放ってしまったのだろうか。
俺は、ただ、呆然と、操縦桿を握りしめていることしか、できなかった。
鉄の巨人の勝利は、俺の心に、これまでで最も重く、そして苦い味を残した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます