第30話 迫る狼、フロンティアの覚悟
俺が、地下施設で鉄の巨人デメテルを起動させている頃、フロンティアの村は、まさに絶望の淵に立たされていた。
東の地平線に、黒い点が現れたのは、夜明けとほぼ同時だった。
その点は、瞬く間に数を増し、やがて、百を超えるバイクで構成された、黒鉄の津波となって、村へと迫ってきた。
デザートウルフだ。
「……来たか」
村の入り口に築かれた、急ごしらえのバリケードの陰で、ザギが低い声で呟いた。
彼の隣には、キバ、ダントさんをはじめ、戦う意志のある村の男たちが、固い表情で並んでいる。その数は、五十にも満たない。
戦力差は、絶望的だった。
「いいか、お前ら!」
ザギが、全員に檄を飛ばす。「ユウキが帰ってくるまで、なんとしても時間を稼ぐ! ここは、俺たちの村だ! あんな鉄クズどもに、好き勝手させてたまるか!」
「「「応!!」」」
男たちの雄叫びが、朝の冷たい空気を震わせた。だが、その声には、悲壮な覚悟の色が滲んでいた。
村の広場では、ギデオン長老の指示のもと、女子供や老人たちが、一番奥にある大倉庫へと避難していた。
アンナは、避難誘導をしながら、何度も、何度も、俺が去っていった西の空を見つめていた。
「……ユウキ……」
彼女は、俺が託したアルブレヒトの日誌を、胸に強く抱きしめていた。
その時、アンナの隣に、サラが静かに立った。
「……信じてるのね。あの、ポテト馬鹿のことを」
「当たり前でしょ」
アンナは、きっぱりと答えた。「彼は、いつだって、不可能を可能にしてきた。だから、今回も、必ず……!」
「……そう」
サラは、それだけ言うと、視線を東に向けた。
デザートウルフの先頭部隊が、すでに村の射程圏内に入りつつある。
デザートウルフの指揮官らしき男が、バイクを止め、巨大な軍扇のようなもので、合図を送った。
すると、部隊は、まるで機械のように、完璧に統率された動きで、三方に分かれていく。村を、完全に包囲するつもりだ。
そこには、賊のような勢いや、感情の昂ぶりは一切ない。ただ、冷徹なまでに計算された、効率的な動きがあるだけだった。
「ちぃっ、さすがに、動きが違うぜ……」
バリケードの陰で、キバが舌打ちする。
「第一陣、来るぞ! 投石準備!」
ダントさんが叫ぶ。
正面から、デザートウルフの突撃部隊、約三十騎が、砂塵を巻き上げながら突っ込んできた。
「放てぇ!」
合図と共に、村人たちが、ありったけのストーンポテトや、セラミックポテトを投げつける。
だが、デザートウルフの兵士たちは、慌てるそぶりも見せない。
全員が、バイクの前面に装備された、分厚い鉄盾で、飛来するポテトを的確に防いでいく。数発が盾を逸れ、兵士に命中するが、彼らの着込んだ黒い鎧は、ストーンポテトの衝撃を、ものともしない。
「くそっ、効いてねえ!」
逆に、敵の反撃が始まった。
バイクの後部座席に乗った兵士たちが、次々とクロスボうを放ってくる。
その矢は、寸分の狂いもなく、バリケードの隙間を縫って、村人たちに襲いかかった。
「ぐあっ!」「うわっ!」
瞬く間に、数人の村人が、矢を受けて倒れる。
「ダメだ、近づけさせるな! オイルを撒け!」
ザギの指示で、村人たちが、貴重なオイルポテトの油を、地面に撒いた。
そして、火矢を放つ。
地面に撒かれた油に火がつき、炎の壁が、デザートウルフの前に立ち塞がった。
だが、彼らは、それさえも読んでいた。
突撃部隊は、炎の前でぴたりと止まると、後方から、別の部隊が進み出てきた。
彼らが構えていたのは、巨大な、筒状の武器。
そして、その筒から、白い泡状の液体が、一斉に発射された。
泡は、炎の壁を覆い尽くし、一瞬にして鎮火させてしまった。
大崩壊以前の、化学消火剤だ。
「な……!?」
村人たちが、愕然とする。
切り札だったはずの炎の壁が、いともたやすく無力化されてしまった。
デザートウルフの指揮官が、再び軍扇を振る。
突撃の合図だ。
もはや、彼らを阻むものは何もない。
「……これまで、か」
ザギが、ナタを握りしめ、最後の突撃を覚悟した。
村人たちの顔に、死の色が浮かぶ。
アンナは、倉庫の中から、その絶望的な光景を見て、ぎゅっと目を閉じた。
(ユウキ……!)
デザートウルフの鉄騎が、バリケードを蹴散らし、村への侵入を果たそうとした、まさにその瞬間だった。
ドドオオオオオオオオオオン!!!
突如、村の西側の、何もないはずの荒野から、地響きと共に、巨大な何かが姿を現したのだ。
それは、赤錆びた、二十メートルの鉄の巨人。
朝日を浴びて、その巨体は、まるで血に濡れたかのように、不気味に輝いていた。
戦場にいた、誰もが、その異様な光景に、動きを止めた。
村人も、デザートウルフも、ただ呆然と、その天から降ってきたかのような、あるいは、地から湧いて出たかのような、圧倒的な存在を見上げていた。
鉄の巨人の、胸部にあるハッチが、ゆっくりと開いた。
そして、そこから、一人の少年が、顔を覗かせた。
「みんな! 待たせたな!」
俺だった。
俺は、眼下に広がる戦場を見下ろし、不敵に笑った。
「さあ、パーティーの始まりだ。俺のポテトの、本当の力を見せてやる」
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