第28話 傭兵団デザートウルフ

 ポテトユニオンの成功は、フロンティアに、かつてないほどの平和と繁栄をもたらした。

 共生栽培とゴールデン肥料によって、ポテトの生産量は飛躍的に増大し、村の備蓄庫は、常に山のようなポテトで満たされていた。

 ザギ率いるポテトナイツは、ユニオンの交易路を完璧に守り、彼らの名は、荒野の賊たちの間では、恐怖の対象となっていた。もはや、フロンティアに手を出そうなどと考える愚かな賊は、いなくなっていた。


 誰もが、この平和が永遠に続くと、信じ始めていた。

 俺も、アンナやサラと共に、新しいポテトの開発に没頭する日々に、満ち足りた思いを感じていた。

 だが、平和は、人を鈍感にさせる。


 その報せは、血相を変えたポテトナイツの偵察兵によって、もたらされた。


「大変だ! 東から、大規模な武装集団が、この村に向かっている!」


 村の中央広場に、激震が走った。

「武装集団だと? 賊の類か?」

 ザギが、厳しい表情で問い詰める。


「違う……。あいつらは、ただの賊じゃない」

 偵察兵は、恐怖に震えながら報告を続けた。「装備も、動きも、これまで見てきたどんな奴らとも、レベルが違う。全員が、統一された黒い鎧を身につけ、巨大な軍用バイクに乗っている。その数、百は下らない……! 旗印は、牙を剥く狼だった」


「牙を剥く狼……」

 その言葉に、ザギとキバが、同時に顔色を変えた。

「まさか……『デザートウルフ』か!?」


 デザートウルフ。

 その名は、荒野の伝説、あるいは悪夢として語り継がれる、最強最悪の傭兵団だった。

 金さえ払えば、どんな汚い仕事も請け負う、戦争のプロフェッショナル集団。彼らが通った後には、草一本残らない、と言われている。


「ギアヘブンめ……。ついに、最後の手段に打って出やがったか……!」

 ザギが、悔しそうに地面を殴りつけた。

 経済戦争に敗れたバルトロが、デザートウルフを雇い、フロンティアを物理的に破壊しにきたのだ。


 村は、一瞬にしてパニックに陥った。

「百以上の、傭兵団だと!?」

「勝てるわけがない!」

「逃げるんだ!」


 せっかく手に入れた平和が、暴力によって、いともたやすく踏み潰されようとしている。

 村人たちの顔に、再び、あのサンドクローラー襲撃以前の、絶望の色が浮かんだ。


「落ち着け!」

 俺は、ありったけの声で叫んだ。「まだ、諦める時じゃない! 俺たちには、ポテトがある!」

 だが、その声は、かつてほどの力を持たなかった。

 相手は、ただの賊ではない。訓練された、戦争のプロだ。ストーンポテトや、セラミックポテトが、どこまで通用するのか。


「……無理よ」

 静かに、しかしはっきりと、その言葉を発したのは、サラだった。

「デザートウルフは、違う。彼らは、個々の戦闘能力もさることながら、その戦術が恐ろしいのよ。徹底的な情報収集、兵站の確保、そして、弱点を的確に突く、冷徹なまでの用兵。感情で動く賊とは、わけが違う。正面からぶつかれば、私たちに勝ち目はないわ」


 彼女の冷静な分析が、わずかに残っていた希望さえも打ち砕いていく。


「じゃあ、どうしろってんだ! ただ、皆殺しにされるのを待ってろって言うのか!」

 ダントさんが、自暴自棄に叫んだ。


 重い、絶望的な沈黙が、広場を支配した。

 俺は、唇を噛み締めた。

 何か、手はないのか。奴らの弱点。奴らの意表を突く、何か……。

 アルブレヒトの日誌、ポテトの力……。


 その時、俺の脳裏に、ある光景が蘇った。

 西のオアシスで見た、あの研究所。棚から落ち、床に散乱していた、ボロボロの書類の山。

 その中に、一枚だけ、奇妙な書類があったのを、俺は思い出していた。

 それは、品種リストでも、研究記録でもなかった。確か、『旧世界物資輸送記録』と書かれていた。そして、そこには、意味不明な文字列と、一つの座標が記されていた。


 あれは、一体……?

 アルブレヒトは、なぜ、あんなものを保管していたんだ?


「……サラ」

 俺は、藁にもすがる思いで、彼女に尋ねた。「あんたの父親は、ポテト以外のものに、興味を示すことはあったか? 例えば、大崩壊以前の、兵器とか……」


「兵器? まさか」

 サラは、首を振った。「父さんが興味あったのは、ポテトだけよ。……でも」

 彼女は、何かを思い出すように、目を細めた。

「一度だけ、言っていたことがあるわ。『究極の肥料は、究極の兵器にもなりうる』って……。あの頃の私には、意味がわからなかったけど」


 究極の肥料は、究極の兵器にもなりうる。

 その言葉と、あの輸送記録の座標が、俺の頭の中で、一つの線で結ばれた。

 それは、あまりにも突飛で、荒唐無稽な仮説。

 だが、この絶望的な状況を覆せる可能性があるとしたら、それに賭けるしかない。


「……ザギ、キバ。俺に、バイクを一台貸してくれ」

 俺は、決意を固めて言った。

「何する気だ、ユウキ! まさか、一人で特攻でもするつもりか!?」

「違う。最後の希望を、探しに行くだけだ」


 俺は、日誌の間に挟んでおいた、あの古い輸送記録の紙切れを取り出した。

「デザートウルフが、この村にたどり着くまで、あと丸一日。俺は、夜明けまでに、この座標が示す場所へ行って、帰ってくる。それまで、なんとか村を持ちこたえさせてくれ」


「無茶だ!」

「自殺行為よ!」

 仲間たちが、口々に反対する。


 だが、俺の目は、もう迷っていなかった。

「俺たちのポテトは、食料にも、薬にも、酒にもなった。だったら、最強の兵器にだって、なれるはずだ。俺は、ポテトの可能性を、信じてる」


 俺は、アンナに、アルブレヒトの日誌を託した。

「俺が帰ってくるまで、これを。頼んだぞ」


 アンナは、涙をこらえ、強く頷いた。

「……うん。信じてる。信じて、待ってるから」


 俺は、キバの愛車である、最速に改造されたバイクに跨った。

 そして、たった一人、デザートウルフが迫る東とは逆の、西の荒野へと、バイクを疾走させた。


 俺が向かう先にあるのは、希望か、それとも、さらなる絶望か。

 答えは、錆びた大地の向こう側で、俺を待っているはずだった。

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