第27話 ポテト肥料の革新

 ポテトユニオンの結成宣言は、周辺の集落に大きな衝撃と、そして希望を与えた。

 ギアヘブンの経済支配に苦しんできた小さな村々が、次々とユニオンへの参加を表明し、フロンティアは、名実ともに新たな経済圏の中心地となった。

 ザギが組織した交易路護衛部隊『ポテトナイツ』(キバが勝手に命名した)の活躍も目覚ましく、彼らの知識と経験によって、交易は驚くほど安全に行われた。


 フロンティアは、日に日に豊かになっていく。

 だが、俺は、新たな問題に直面していた。

 急激なポテトの需要拡大に、生産が追いつかなくなってきたのだ。


「ユウキ、このままじゃマズいぞ」

 実験農場で、ダントさんが深刻な顔で言った。「クイックグロウを連作したせいで、土地がどんどん痩せてきている。収穫量が、目に見えて落ちてきた」

「わかってる。アルブレヒトの日誌にも書いてあった。土地を休ませるか、あるいは、強力な肥料が必要だって……」


 俺は、頭を抱えていた。

 日誌には、いくつかの肥料の作り方が載っていた。動物の骨を焼いて砕いた骨粉、魚の内臓を発酵させた魚粉。だが、それらを大量に確保するのは、今のフロンティアでは難しかった。


 どうすればいい……。

 俺が、連日連夜、解決策を見つけ出せずに悩んでいると、不意に、背後から静かな声がした。


「……そんなに難しい顔をして、どうしたの」

 声の主は、サラだった。

 彼女は、西のオアシスから帰ってきて以来、牢に入れられてはいたが、比較的自由に過ごすことを許されていた。時折、こうして俺の農場に現れては、何も言わずに、ただポテトが育つのを眺めていることがあった。


「……サラか。見ての通りだよ。ポテトの増産に行き詰まってる」

 俺は、自嘲気味に答えた。

「土地が、悲鳴を上げてるんだ。このままじゃ、ポテトユニオンも、絵に描いた餅で終わっちまう」


 サラは、痩せた土と、勢いのないポテトの葉を、しばらく黙って見つめていた。

 そして、ぽつりと呟いた。

「……毒が、足りないのよ」


「毒?」

 俺は、彼女の言葉の意味がわからず、聞き返した。

「ええ。植物にとって、必要な『毒』がね」


 彼女は、俺の隣にしゃがみ込むと、土をひとつまみ、指先でこすった。

「父さんの日誌にも、書いてあったはずよ。植物の成長に必要な、三大要素。窒素、リン、カリウム。これらは、適量なら薬になるけど、多すぎれば、植物を枯らす『毒』にもなる。今のこの土地には、その三つの要素が、決定的に欠けているわ」


 確かに、アルブレヒトの日誌にも、その三つの要素についての記述はあった。だが、それはあまりにも化学的で、俺の知識では完全には理解できていなかった部分だ。


「……じゃあ、どうすれば、その窒素やリンとやらを、土地に補給できるんだ?」


「いくつか方法はあるわ」

 サラは、淡々と説明を始めた。

「窒素は、空気中にいくらでもある。特定の根粒菌を持つマメ科の植物を植えれば、空気中の窒素を土に固定してくれる。リンは、動物の骨。カリウムは、植物を燃やした灰に多く含まれている」


 彼女の口から、淀みなく語られる、専門的な知識。

 それは、ただ日誌を読んだだけでは得られない、父親から受け継いだ、あるいは、彼女自身が学んだであろう、生きた知識だった。


「……すごいな、あんた」

 俺は、素直に感心した。「ポテトをあれだけ憎んでいたのに、誰よりもポテトに詳しいじゃないか」

「……憎んでいたからこそ、知り尽くそうとしただけよ。敵のことは、誰よりも詳しくなければならないでしょう?」

 サラは、そう言って顔を背けた。だが、その横顔は、以前のような冷たさではなく、どこか寂しげに見えた。


「マメ科の植物、か……」

 俺は、一つのアイデアを思いついた。「だったら、ポテトと、マメ科の植物を、一緒に植えたらどうなる? 互いに、足りないものを補い合って、もっと効率よく育つんじゃないか?」


共栄作物コンパニオンプランツ……ね。面白い発想だわ。試してみる価値は、あるかもしれない」


 俺の突飛なアイデアに、サラの目が、ほんの少しだけ、輝いた気がした。

 俺は、早速、ザギたちに頼んで、交易で手に入るマメ科の植物を探してもらうことにした。


 数日後、ザギたちが持ち帰ってきたのは、『デザートピー』と呼ばれる、乾燥に強い野生のエンドウマメだった。

 俺とサラは、二人で、そのデザートピーとポテトを、同じ畝に植えてみた。


 結果は、驚くべきものだった。

 デザートピーの根が固定した窒素を、ポテトが吸収し、ポテトの大きな葉が作る日陰が、デザートピーを強い日差しから守る。

 二つの植物は、見事な共生関係を築き、これまでの倍以上の速さで、青々と成長していったのだ。

 収穫したポテトは、大きく、味も濃厚だった。


「やった……! やったぞ、サラ!」

 俺は、巨大なポテトを手に、思わず叫んだ。「これなら、増産も夢じゃない! あんたのおかげだ!」


「……別に。私は、ただ、知っていることを言っただけ」

 サラは、そっぽを向きながらも、その口元には、かすかな笑みが浮かんでいるように見えた。


 俺は、この新しい農法を『共生栽培ポテトコンパニオン』と名付け、村中に広めた。

 さらに、俺はサラの助言を元に、究極の有機肥料の開発にも着手した。

 ポテトウォッカを蒸留した際に出る、大量のポテトのかす。それに、骨粉と、草木灰を混ぜ合わせ、発酵させる。

 完成した『ゴールデン肥料』は、痩せた土地を、瞬く間に豊かな土壌へと変える、まさに魔法の粉だった。


 食料生産の問題は、解決した。

 フロンティアは、ポテトユニオンの中心地として、盤石の体制を築きつつあった。

 サラもまた、自分の知識が村の役に立つことに、少しずつ生きがいを見出し始めているようだった。


 すべてが、順調に進んでいるように見えた。

 だが、俺たちは、気づいていなかった。

 東の空に、経済戦争の敗北に激怒したギアヘブンが、もはやビジネスではない、本物の『戦争』の準備を進めていることを。

 平和な開拓の時代は、俺たちが思うより、ずっと早く、終わりを告げようとしていた。

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