フィクション・ノー・ライフ 第二話

<<<とある世界>>>


 とある世界で私は小説を執いていた。でも最近スランプ気味で、情熱を削いでいた。理由は不明で、心に相談しても返事がまったく返ってこない。

 私の世界を調節する挑戦は、ショーケースの中に閉じ込められた妖精のように疲弊していた。


 「大羽、病院行くわよ」


 一階から響いてくるお母さんの声には、諦念が籠っていた。

 なら私も籠めるべきだ。


「分かった」

 

 私は生まれつき頭が悪い、不安障害も患っている。一般的に障がい者はいじめの対象となりえるし、もちろん私も標的にされていた。

 つまり私は不遇で、皆はグルだった。一緒に笑ってる人は、クズになってしまっているだけ。

 そんなの全然普通じゃない。少し反感を生むかもしれないけど、普通なんて現象はこの世にはない。


 階段を降りると、支度を済ませたお母さんが立っていた。いたたまれない気持ちになって、顔を下に向ける。

 でも声は聞こえていた。

「行きましょう」

 精神科までの道のりは、お母さんが運転してくれる。この日もいつも通り、精神安定剤を貰って帰る日だと思っていた。

 でも違った。


 帰り際、横から飛び出してきた軽自動車が家族の心を轢き殺した。


 母は亡くなった。

 私は現実から逃げるためにフィクションの中に閉じ籠った。その虚偽の中だけは、自分を迫害するテロリストは皆無。

 でも、没作品を量産する機械と成り果ててしまっていた。

 さらに追い打ちを掛けたのが、お父さん。お父さんは映画好きで、感動系の作品を見てよく涙を流している。そんな彼が発した一言に私は衝撃を受けた。


「お前のせいで死んだんだ! 出来損ないのせいでっ!」


 ちょっとまって。

 貴方は物語で何を学んだの?


「お父さん、昨日フォレストガンプ見てたよね?」

「それとこれは関係ないだろ?」


 悲劇的なキャラに感情移入するくせ、リアルでは感情移入しないの?

 結局普通を区別するなら、その二時間半に意味はあったの? なんで見たくせにそんな発言が飛び出てくるの?


 もしかして、私の創作活動には何の意味もないの?

 

 学校では、鋏瑠香ちゃんが虐められていた。

 ……道徳の授業の後に。

 授業では、いじめをテーマにした物語を皆で音読した。


 で、その後にこれ。……どういうこと?


「さっき、何を教えられたか覚えてる?」

「は?」

「いじめはいけないって、言ってたよね」

「だから何? たかがお話の中やろ。お話なんてな、面白いか面白くないかそんだけや」

 私は耐えきれず立ち上がる。こいつらは、主人公を罵倒する最序盤のモブと同じ言動や行動を繰り返している。

 「お前小説書いてるか知らんけど、思想押し付けすぎな! 流石オオバカな絵大羽叶!」

 小説を書く。

 それが唯一の長所であり、それ以外は何もなかった。でも長所を嘲笑するのが、庶民の長所だった。


 蔑称を付けられ、私の怒りは更に空に舞い上がった。角川に問い合わせ、でも良い評価には届かなかった。

 「大羽叶さんの物語は、思想が強すぎです。説教しているように思います」


 いじめをテーマにしたフィクションは数えきれない程ある。じゃあ、それでいじめが減った?

 戦争をテーマにしたノンフィクションも沢山ある。それで、世界の均衡は変わった?

 差別をテーマにした作品なんて、ほぼすべてのフィクションに含まれている。で、どうなっていますか?


 何も変わっていないよね。なら、もう思想を前面に押し出して虚偽を綴るしかない。

 面白いかどうかだけで、作品の良し悪しを判断するんなら、物語を書いている意味なんてない。

 というか、向こうも思想を押し付けてきてるよね。優性思想なんて立派な思想。なのに、こちら側はそれをすんなって事? おかしい話。


 でも天秤にどれだけ思いを乗せようと、傾いたままで微塵も動かない。

 だから願った。全てが公平になった世界を。

 

<<<公平な世界>>>

 

 私主演の映画が幕を閉じ、徐々に照明が明るさを増す。隣の青年は肌が尋常じゃないほど、青白くて。

 

 まあ、人間味はなかった。

 まあ、人間じゃないんだけど。

 

「あの、夢魔さん……恥ずかしいですこれ。というか、私の心覗いたんですか?」

「じゃないと、君の願いを構築することは無理難題。要するに未必の故意みひつのこいってやつ。後僕の名前だけど、フミンディーナね。そろそろ覚えて」

 紫色のピエロみたいな服に身を包み、黄色の蝶ネクタイを首に巻いている。

「名前は……」

「フミンディーナ。不眠と覚えてくれていたらいい」

 人の名前を覚えるのはどうも苦手。ましてや、よく分かんない名前だと尚更。

「じゃあ不眠さん、あの。すいません、さっき口に零したのは、そのワザとじゃなくて」

「改善案をいただけると嬉しいのだけども」

「一回は見逃してくれるのですか?」

 言葉選びのチョイスをミスったと思うのも束の間、椅子を乗り出して顔を押し寄せてきた。

 

「二度はない。僕は仏より厳しいぞ」

 

「……あ」

 

「ハハハハハ、冗談だよ! でも大羽叶。この夢から覚めたいとか言うなよ」

 

 全てを見通しているような青の瞳に、私は劇場から抜け出す。


 スマホを出し、液晶越しに自分を眺める。ストレスの炎症を落ち着かせていく。

「大丈夫。私には小説がある、小説があるから大丈夫だから」

 逃げ出そう。もう人と話したくない。小説の中で相手と対話しよう。リアルで対話していると、自分には小説の才能が無いんじゃないかって思えてくるから。

 それは駄目。自分を褒める箇所が消えるなんて嫌だ。


 <<<>>>


  スランプ気味で書けるか不安で、でも書かないと自分の長所を感じられなくて、 私自身が消えてしまいそうな気すらある。

 この世では短所とか長所とかは必要のない概念なのだろうけど、心にひしめく強迫観念が離れない。

 必死に小説書いて、自身の消滅剥いで、ミシンで表面貼って。心の均衡保ちたい。


 だから先ず、どんなフィクションが綴られているかを知るためにカクヨムと検索する。

 指を滑らせ、慣れた手つきでローマ字を入力していく。 kかkくっよ

 間違えた。消去して気を取り直す。焦っちゃいけない。kかkくyよmむ


 エンターを押して、そして――。

「あれ?」


 件数ゼロ件、と出てくる。

「え………………」


 湧き上がる不快感が喉の奥を刺激。こんなの私は望んでない。

 試しに映画と検索を掛けてみる。

 しかし件数ゼロ件――空虚があるだけ。

「な、なんで……」


 アニメと検索してみる。でも無駄打ち。何も引っ掛からない。

 漫画と検索してみる。でも何もない。

 演劇と検索してみる。それすらない。

 童話と検索する。そ、それもない。


 そもそも、この世にはなかった。物語が。

 

 

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