HARAWATA MAN 第三話
蝶野卓は暗闇の中、パクリについて思考を巡らせる。
「二次創作はパクリかあ?」
否、二次創作は愛のあるファンレターであり、そげな粗末な言葉で言い表してはならぬ。地の文の見解はそのようだが、果たして蝶野卓はどのように自問自答をするのだろうか。
「どう考えてもパクリだなああ!」
そうらしい。人の意見に口出すのは、地の文として憚られるため何も言うまい。
次に思案するのは創作関連ではなく、音楽のパクリだった。
「似てる曲調はパクリかあああ?」
否、どうしても耳に残るメロディーは知らず知らずのうちに心へと浸透し、似せる気が無くても何故か完成した後に似てしまうものだ。故意のない創作はパクリとは謂わず、ならば故意のある創作をパクリかと言うとまたそれも異なる。
「パクリだなあああああ!」
嗚呼、蝶野卓の全身は『HARAWATA』で構成されており、脳と呼べる機関はほぼない。頭を埋め尽くすのは『どうして父は、作品をパクってまで小説を書いたのか』たったそれだけであり、他人の逡巡を許す気はないらしかった。
父の声が全身に行き渡る。箱の隙間がスッと開き、エレベータのように左右に開閉していく。見える景色は映画のセットでしか拝めない幻想的な和風光景であった。
頭の中には情景が朧げに浮かんでいるのだが、これを地の文で描き出す技術は未だ勉強不足。
申し訳なく思うばかりである。
「ハーーーーーー! 外じゃああああああ!」
ナメクジのように外に這いずると、すぐさま父の体を縛り付け壁に押し付けた。
「どうして作品をパクった! パクっちゃああああ!」
絶体絶命の状況にも関わらず、父は冷静沈着に口を動かす。
「離してくれ卓。簡単な事さ、僕はね、創造的イマジネーション能力が皆無なのさ」
「あ!? 意味分かんねえ。ならそもそも書くなやっ!」
『HARAWATA』の拘束が強くなる。されど父はむしろ気持ちよさそうに羽交い絞めにされており、どことなくエム気質を感じる。
「じゃあ卓は夢を諦めろと? 才能がないなら、そもそもしてはいけないと?」
「あ? てめえのせいで俺の家族は糞まみれなんだよ!」
雲鼓を運ぶ機関がそげなワードを口にすると、地の文は噴き出しそうになってしまうな。
父も地の文と同様であったようだ。笑いを堪えるためにかなり唇を食い縛っておる。
「訳が分からないよ。僕はね、パクりたくてパクった訳じゃない。パクるしか道がなかったんだっ――グっ!」
急に父は言葉を途切れさせた。『HARAWATA』は何事かと父の懐を見やる。すると父に包丁を突き刺す側近の姿が――!
蝶野卓は父を解放し、側近の体を腸で巻き付けて、遠くにぶん投げた。
父に駆け寄ると、途轍もない血を流している。どう状況を鑑みても、この盗作野郎が生き残る術はないように思う。
雲鼓を運ぶ機関である『HARAWATA』が下腹部から漏れ出ていたのだから。
「ちちいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい。このやろううううううううううううううう」
蝶野卓は憎悪を込めて側近に振り向く。側近は全身打撲を負いながら、父への復讐を考えていたことを息絶え絶えに語る。
「おいらはね、コイツに全部パクられたんだ! マジで全部! 全部全部! もう炎上しちまえばいいんだ!」
側近が手を叩いて合図をすると、おそらく仲間が火を付け屋敷全体が炎上。
物理的な炎上が蝶野卓と父を囲う。
もう助かる道はないように思えた。
がしかーし、蝶野卓、又の名を『HARAWATA MAN』。超越した力で、空中に飛び上がる。
火に向かって『血しぶきシャワー』で浄火を試みた。
「オリジナル溢れるだろおおおおおおおおおおお!」
とんでもない量の血が押し寄せ、側近はその血に溺れ屋敷の外へと流され、炎上は完全に鎮火。
オリジナル溢れる技は、皮肉にもパクリを超えて炎上騒動を沈ませていく。
「いよっしゃあああああああああああ!」
しかし父の『HARAWATA』は完全に空気に触れておった。結構長い長蛇の腸が外に出ている。
「おい、父。しっかりしろ! まだてめえは罪を償っちゃいねえ!」
父は口から血を噴き出し、蝶野卓の顔面のない顔を眺めて思わず噴き出した。
「ぶふっ、これ。ありがちな展開だ。死にそうな人に駆け寄って涙を流す。嗚呼、これもパクリなのか?」
「泣いちゃいねえよ。てめえみたいなクズ、泣く価値もねえ!」
蝶野卓は自身の血をぶっかけるが、治る気配は無に等しい。父はそげな息子の行動を止めさせようと声を張り上げる。
「こんな、作品のありがちのパクリみたいなことしてよいのか卓?」
「黙ってろ父! てめえはな、俺の家族にごめんなさいしなきゃ死ぬのは禁止なんだよおおおおお!」
遂に蝶野卓は決心を決めた。父の『HARAWATA』を全部取り出し、代わりに自分の『HARAWATA』を移植させる。
蝶野卓は父の体の一部となってしまう。
されど、父を生かすことを最大の課題だと思考し、行動を即座に決行させたのであった。
するすると蠢き、父の体の一部となる。次第に皮の皮膚が再生されていき、遂に父は息を吹き返した。
しかしもうそこに我が子の蝶野卓はいない。
「卓ううウウウウウウウウウウウウウウウ」
涙が重力に伴って下に落ちていく。もう何年も流していない透明の液体が流れたのであった。
・・・・・・・・
タイムスリップでこの世界に戻ってきた父、蝶野拓斗は背戸時代で地頭砥用粉に乗り移り、悪行の数々を働いていたことを地の文で明かした。
小説家の立場を利用し、現世の小説を丸々背戸時代でパクリ、世に売りさばいていたのだ。
時代が逆行したのだ。もうこれはパクリではなく、逆にあちらがパクリとなるのだハハハハハ。
そげな考えとはつゆ知らず、地頭砥用粉の小説を買う背戸時代の人々。まさか、この本の元の本が何百年先の未来にあるとは思ってもおらず、和気藹々と楽しげに。そして珍し気に紙を捲り、筆の跡を追っていく。
もう一度言うが、最初にパクったならそれはもうパクリちゃう。オリジナルや!
あはははははは、あはははははは!
父は自分の家に赴き、最悪の事態が訪れてしまっていることに気付く。
家が炎上していたのだ。燃え盛り、野次馬やマスコミが下に何千も群れを成しておる。その蠅染みた人間の生臭さに、父は怒り振蕩した。
父の炎を焚き付ける油はそれだけではあらず。
新聞が風に舞い、転がり落ちていく。そこで目にしたのは、蝶野卓の母である蝶野一花が自殺したと書かれた見出しであった。
「このっ……!」
父は懐から取り出した包丁を下腹部に突き刺し、パクリの文言を吐いた。
「全員、駆逐してやる」
そこから現れたるは『HARAWATA MAN』。人型を成し、人間を殺戮する本物の悪魔。
「ダーウィン賞もんだぜええええええええええ!」
野次馬を殺し、マスコミを殺し、高笑いするチェンソーマンのパクリがそこにはあった。
終
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