感情税

東城智秋

感情税

 西暦2124年。人間の感情は「贅沢」と見なされ、課税対象になった。


 笑えば「愉快税」、泣けば「悲哀税」、怒れば「憤激税」。一日で最も重く課されるのが「愛情税」で、これは年収の4割にも及ぶ。貧しい者ほど感情を抑え、富める者ほど喜怒哀楽に満ちていた。


 感情は顔の筋肉と声帯、脳波パターンからAIが自動で解析し、即座に課税される。しかも、課税は即引き落とし式。財布にあるのは「金」ではなく「静寂」だった。


 僕の母はかつて、重度の「愛情脱税者」として逮捕された。僕を強く抱きしめすぎたらしい。母は泣きながら連行され、それ以降一度も笑わない人間になった。彼女はそれでも僕を愛していると言ったが、その言葉に感情が含まれたかどうかは、僕にはわからなかった。


 だから僕は、感情をもたないことに決めた。


 AIが推薦する「無感情教育プログラム」に従い、表情も声もなるべく平坦にした。褒められても黙り、怒られても謝らず、ただ頷いた。通知表の「感情管理」の項目にはいつも「優」と書かれていた。


 高校では、感情ゼロの優等生として有名だった僕に、ひとりの転校生が話しかけてきた。


 「……君、無表情ロボットかと思った」


 名前は綾女。細い目の奥に、何か光るものを隠しているような少女だった。


「失礼だな」と、口では言ったが、感情検知AIはノータッチだった。彼女の言葉には、課税を恐れない大胆さがあった。


 彼女はよく笑った。よく泣いた。そして時々、誰かにそっと触れた。教室で、校庭で、たった一瞬のうちに。


「税金? 払ってるよ。全部、バイト代で」


「どうしてそんなに……?」


「だって、無感情で生きてて、生きてるって言える?」


 僕は答えられなかった。


 綾女と関わるたび、胸の奥がちくちくとした。だが、その正体がわかった時、僕は恐怖した。「感動税」が検出されていたのだ。しかも連日、累積で。


 ある朝、僕の口座残高がゼロになっていた。通知にはこう書かれていた。


「感情使用過多により、生活資格を一時停止します」


 アラームが鳴り響き、僕は制服姿の徴収官たちに囲まれた。


 その時、綾女が僕の手を取った。彼女の目に涙が溜まっていた。

「逃げよっか」

 大粒の涙を流した彼女が、鼻声で言った。

「どこへ?」

 僕が聞くと、

「まだ“笑い声に税金のかからない場所”が、世界のどこかにあるって信じてるの」

 と言った。

 彼女の言葉に、僕は思わず、笑ってしまった。

 そしてその瞬間、再び残高が減った音がした。

 僕たちは走った。AIの検知範囲から逃れて、街の外れへ。舗装されていない土の匂いがする場所へ。

 やがて、ふたりで笑いながら草むらに倒れ込んだ。

 夕焼けの空が、こんなにも美しいなんて、知らなかった。そしてそのとき、綾女が囁いた。

 「ねえ。……いまの、たぶん“幸福税”だよ」

 僕は頷いた。課税されてもかまわない、そう思った。



 それが僕の、人生でいちばん高くついた一日だった。

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感情税 東城智秋 @halfumi

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