その翡翠き彷徨い【第51話 風は導く】
七海ポルカ
第1話
若い麦の穂が揺れる田園風景の中、風と鳥のさえずりだけが聞こえて来る。
……のどかだ。
その麦をベッド代わりに寝転び、メリクは気持ちよく仮眠を取っていた。
温かい陽射しの中一時間ほどこうしていると遠くの方からザザッ、ザザッと大股に麦を掻き分けて歩いて来る足音が聞こえて来た。
やがて誰かが側に立った。
誰かがと言ったが一人しかいない。こんな所まで自分を追って来るのは……。
「メリク!」
少年は息を弾ませてやって来てメリクに険しい顔を向ける。
「やぁエドまた会ったね」
「また会ったねじゃないですよ! 酷いじゃないですか置いて行くなんて!」
「いや君があまりに気持ち良さそうに眠ってるから起こすのも悪くて」
「何回目ですか!」
メリクは身を起こした。
「もう忘れちゃったよ。何回目かな?」
「五回目まで数えましたけどもう諦めました!
でも八回目くらいですっ!
何でですか旅に同行していいって言ったじゃないですか!
なのになんで俺を置いて行くんですかっ」
「俺は好きにすればいいよって言っただけさ。君について来てなんて一度も言った事が無いし、ついて来られなくても文句も言わないから」
「わ――――っ ひどい!」
エドアルトが本気で涙目になっている。
「お願いですから置いて行かないでくださいよっ! ホントにびっくりするんです起きて貴方がいないと!」
「約束はしない。君を待つ義理も俺にはない。」
「うぅ……。こうなったら一睡もせずついてゆくしか無いのか……」
エドアルトは頭を抱え、真剣な顔で呟いている。
この子の頭には「もうついていかない」って選択肢無いんだろうかとメリクは不思議に思った。
勿論メリクがエドアルトを撒くのも、それを期待してのことである。
「お腹減ったな」
メリクは立ち上がる。
「どどどどどどこへ行くんですか⁉」
また置いて行かれる! とエドアルトはすっかり敏感になったらしく、立ち上がったメリクの術衣の端をしっかりと握った。
「いやただお腹空いたから次の街に行こうかと……そこの丘を越えたら二時間くらいでつくから……」
エドアルトはホッとしてからハッとした。
「あっ! じゃあ俺ちょっとしたもの作りますよ!」
◇ ◇ ◇
小さな鍋が煮立ち始めた。
本当にエドアルトは料理をした。
二十分ほど待ってくださいとメリクを寝かせて、何やらごそごそしていたのだが意外と美味しそうな匂いがする。
「へぇ……美味そうだね」
覗き込んで素直に感想を言うと、エドアルトがパアッと表情を輝かせた。
「本当ですか⁉」
メリクはちょっと身を引く。
初めて会った時からこの少年のこういう勢いある表情が苦手だった。
「うん……、まぁ……そうだね……」
「よかったー!」
「君料理が上手な感じはしなかったからなあ」
「下手ですよ?」
「……。」
エドアルトは味見をしつつにこにこしている。
「でもこのスープと、鶏肉の煮込みだけは母親に仕込まれて作れるんですよー」
「ふーん」
「味見します?」
「いやいい。この匂いはきっと美味しいよ」
「よかった! 今皿の用意しますね!」
「……君、やっぱりあんまり賢くないね」
「えっ」
「料理出来ますって嘘でも言っておけば料理担当で連れて行ってあげたかもなのに」
「! し、しまった! その手があったかー!」
エドアルトがびっくりしている。
「いやまぁそうは言ってもそんな浅い嘘すぐバレるからいいんだけどね……」
「あっ。そうですよね! ほんとだー。なんだぁ良かった!」
にこっとしたエドアルトにメリクはしゃがみ込んだまま首を捻った。
よそわれたスープを一口飲んだ。
エドアルトがじっとそれを見てる。
「……。美味しいよ」
いかがですか! の顔で迫られてメリクは呟く。
「良かったー! いっぱい食べてくださいパンもありますよ前の街で貰ったんです」
「うん。ありがとう。君も食べなよ」
「はい!」
エドアルトの明るい表情から隠れるように、メリクは視線を外した。
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