彼女の∞と私の零と
🕰️イニシ原
序章:誕生日
000.1話:14歳ってこんな感じかな?もしかして生まれ変わったりしてる?
カーテンの隙間から差し込む朝の光はまだ弱く、
広い部屋の薄暗さを払うには足りなかった。
瞼を閉じたまま、静かに思考を巡らせる。
今日は、一年の中でも特別な日。
いつもなら胸が弾むほど楽しみなはずなのに、
どういうわけか――不思議と心が落ち着いていた。
――それに比べて、昨夜の私はまるで別人のようだった。
ベッドに入っても、眠気などまったく訪れず――胸の奥が、
ふわふわと高鳴っていた。
寝布をすっぽりとかぶり、声をひそめてクスクス笑う。
部屋の中はしんと静まり返っているのに、
心の中だけはお祭りみたいに賑やかだった。
枕に顔をうずめては、明日が楽しみすぎて転がり、
布団を蹴飛ばし、また掛け直す。
「十四歳になったら、私はどうなるんだろう?」
何かが劇的に変わるわけじゃないって、わかってはいる。
でも、この日を境に――ほんの少しだけ、違う自分になれる気がした。
幼いころの誕生日とは違う、ちょっと背伸びした気持ちが、
胸をくすぐっていた。
――だが、あれほど期待を膨らませていたはずの朝を迎えてみると、
驚くほど静かだった。
わくわくが収まり、昨日までの自分が夢だったかのように感じる。
まるで一晩のうちに、別の自分になったような――
そんな不思議な感覚だった。
一人では到底開けることのできない大扉が、
ゆっくりと軋む音を立てて、わずかに開いた。
その隙間から、広間のぬくもりを含んだ空気と共に、
鼻腔をくすぐる香りが流れ込んでくる。
私は、寝たふりをしながらその気配を察した。
足音はほとんど響かない。二人の家従は静かに部屋へ入り、
慎重に大扉を閉じた。
二つ年上の
でもたまに意地悪な顔をする。
一つ年上の
でも時々、びっくりするくらい大胆なことをする。
二人とも、私が目を覚ます前にそっと来て、いつも静かに待っていてくれる。
いつものことだ。だけど、私が彼女たちが来る前に、
目を覚ましていることは、ほとんどない。
「瑠る璃さま、朝ですよ。」
まずは碧り佳の優しい声が響く。
いつもと変わらない、穏やかな朝の挨拶――のはずだった。
しかし、次の瞬間。
「お誕生日ですよ! おめでとうございます!」
ばふっ!
「ぐへっ……!」
突然、ふわりと影が降ってきたかと思えば――
深る雪が、勢いよく飛び乗ってきたのだった。
油断していた私は、思わず変な声を漏らしてしまった。
「瑠る璃ちゃん、おきたかな?」
体の上で揺れる深る雪。朝から容赦がない。
私は一気に目が覚め、ため息をつきながら上半身を起こすと、
まだ乗っかっている深る雪姉さまをぐいっと押しのけた。
その間に、碧り佳姉さまがカーテンを開ける。
途端に、部屋の中に眩しいほどの光が差し込んだ。
「もう起きてる、おきてますよ……」
寝ぼけた声でそう言いながら、私は二人を見つめた。
誕生日の朝。今日は、少しだけ“大人”になった気がする日――なのに。
(あれ? もしかして深る雪姉さまの方が、よっぽど子供っぽい?)
思わず、笑いがこみ上げる。
「大人になった自分」を意識していたけど、
こんなふうに無邪気に甘えてくる姉を見ていたら――
何かを証明する必要なんて、もうないような気がしてきた。
「はいはい、碧り佳姉さま、深る雪姉さま、おはようございます」
少しだけ肩の力を抜きながら、私はゆっくりとベッドを降りた。
床に足をつけると、ひんやりとした感触が心地いい。
カーテンの隙間から差し込む光も、いつもよりちょっと特別に感じられた。
「おはようございます、瑠る璃さま」
姉さまたちが微笑みながら寄ってくる。
今日も、私の着替えを手伝ってくれる。
普段なら「今日は何を着ようかな?」って気分で選ぶけれど、今日は違う。
ずっと前から決めていた、大人っぽいシンプルなドレス。
「瑠る璃さま、本当にそれでよろしいのですか?」
碧り佳さまが、鏡越しに私の表情をうかがいながら聞いてくる。
「うん。今日はこれでいいの。似合うでしょ?」
そう言ってみたものの、実は着る物よりももっと大事なことを考えていた。
――それは、今日の食事のこと!
朝食から始まり、おやつを挟んで昼食、
そしてまたまたおやつを挟んで……フフッ!
思わず口元が緩んでしまった。
「……瑠る璃さま、すごく楽しそうですね?」
「お誕生日だからって、変なこと考えてないでしょうね?」
深る雪さまが不思議そうに首をかしげ、碧り佳さまがじっと目で見てくる。
「え? 変なことは考えてないよ?」
変なことじゃないよと自分に言い聞かせながら、
もう頭の中は豪華な料理でいっぱいだった。
(何が出るのかな? 特別なご馳走かな? まさか、
大好きな焼き菓子が山盛りに……!?)
そんな妄想を膨らませながら、私は王宮の長い廊下を歩き出す。
――歩くたびに、漂ってくるいい香り。
――ルルンと回りながら歩きたいけれど、さすがにそれはやりすぎ。
「おっと……!」
ほんのちょっとスキップしただけで、
碧り佳さまに肩をぽんっと叩かれてしまった。
「はいはい、お行儀よく歩きましょうね、お姫さま?」
「ふふ、瑠る璃ちゃん、嬉しそう~!」
二人には見透かされていて、ちょっと恥ずかしくなった。
何でもないふりをして、私は歩く速さを少しだけ上げた。
そして、浅く深呼吸をして落ち着こうとしたが――
前を見ていなかった私は、ふと右側のテラス越しに何かを見つけた。
何かが視界の端で動いた気がして、思わず足を止める。
「瑠る璃さま?」
「どこへ行くの?」
二人の姉さまたちが止める間もなく、私はさっとテラスの扉を開けて、
外へ駆け出した。
朝の空気が少し冷たくて、肌を心地よく撫でてくる。
目の前では、大量の荷物を運び入れている人たちが動いていた。
大きな箱、布で覆われた何か、見たことのない形のもの……
次々と運ばれてくるそれらは、
どう見ても何か特別な準備をしているように見えた。
(えっ、もしかして全部、私のため……!?)
胸の奥が、ドキドキと高鳴る。
「ちょ、ちょっと! 何あれ! すごい! すごくない!?」
「瑠る璃さま、落ち着いて……!」
「まだ、何の準備かわかりませんよ?」
碧り佳さまと深る雪さまの声が背後から聞こえてくるけれど、
そんなの気にしていられなかった。
すごい。こんなこと、今まで一度もなかった。
もう、顔がにやけるのを止められない。
今日だけで何回にやけるのかな?
それに、何回「落ち着いて」って言われるんだろう?
去年の誕生日も、ちゃんとあったはずなのに――思い出せない。
それくらい、今日は特別。
これは、もしかして……世界が変わった!?
そう思った瞬間、自分で「ちがうよ」と笑いそうになった。
変わったのは世界じゃない。たぶん、私自身。
そうよ、私はもう子どもじゃない!
だから……私には、何でもできるんだから!
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