三話 戦争のために造られた子供④
一通りの対応を考え終えて、パタリとノートを閉じる。
考えれば考えるほどに頭がスッキリとしていくものだから、分析ノートをつけるのは心地いい。
まぁ、後になって漏洩しても困るからと内容は暗号化して書いているわけだが。誰かがこれを見れば、きっと幼稚園児が描いた日記程度にしか見えないはずだ。
背嚢にノートを仕舞い、一樹は立ち上がって伸びをした。
頭痛も治り、首の違和感も無く、概ね良好な体調だ。
さて、ここからどうしようかな。
部屋の中を見渡して、おそらく監視カメラが取り付けられているであろう箇所に近づいていく。
針の穴程度だが、壁にレンズが埋め込まれているのが分かり、それならスピーカーもあるに違いないと声を掛けた。
勤めて冷静に、笑顔を心掛けて。
「あのぉ、そろそろ誰か来てもらえません?」
これではまるで軟禁だ。自衛官を軟禁しておくなんてことを、絶対にしてはいけない。
「おーい……ちょっと! 誰か、聞いてます!?」
カメラに触れて、スピーカーの近くで声を張り上げてみる。
これで無理ならどうしようかと考えていると、部屋の扉が開いた。
「はははははっ。面白いっスね、自衛官っ。辞めてあげてください。警備室でみんな慌ててますんでっ!」
豪快に笑いながら言われて、一樹は振り返る。
立っていたのは、やはり子供だった。
長い前髪をヘアゴムで結い上げて、大きなデコを出した長髪の快活そうな男の子だ。
また子供かとは思いつつ、流石にあの二人だけとも考えていなかった一樹は、もう慌てもしない。
「そうかい? でも、酷いと思うんだ。こんなところに自衛官一人放っぽり出して。しかも扉には鍵も掛かっているし。これでも一応、気を失った人間なんだよ?」
嫌味のように軽く言ってのけたのは、冗談が通じる相手だと思ったからだ。
そして、一樹の言動に更にツボに入ったのか男の子の笑い声が大きくなる。
「はははははっーーひぃーお腹痛っ……いやぁ〜〜自衛官さん、流石、あんた凄いよ!」
「お褒めの言葉どうも。自己紹介は必要かな?」
「あぁ〜〜……笑った笑った。うん、それは大丈夫かな。一ノ瀬一樹さんだろ? 女王様から話は聞いてる」
「女王様?」
誰のことだろうと尋ね掛けて、いや、そんなものは不要かと一樹が頷く。
「青羽嬢のことだね。と言うことは君も彼女の部下なのか?」
「あぁ。その通りだよ自衛官。俺の名前は八代 紫。ムラサキって呼んでくれ。一応、自衛官さんとは同室なんだ」
同室。と言うことは監視。もしくは首輪と表現する方が妥当だろうか。
おそらく、情報を外部に漏らさせないための布石なのだろうが。
「君みたいな話の分かりそうな子が一緒で良かったよ。あの子達のどちらかだったら、任務を放棄して逃げ帰ってるところだ」
心にもない事を言いながらおどけて見せる。紫にはそれで伝わったらしい。また大きく笑い、引き攣ったような顔で一樹に言う。
「いやぁ。うちの班長と副班長が手荒く歓迎したみたいで、ほんと、申し訳ないっスよ、自衛官」
「班長と副班長?」
「あぁ。男の方は黒崎務。女の方は白川雪名。二人とも黒と白って呼ばれてるんス」
「へぇ、みんな色で呼び合ってるのか」
コードネームとしても使用されているのだろう。いや、識別コードとして色を含んだ名前を付けられているだけなのか。
「そっスね。後二人、赤城紅葉と赤城茜って双子の姉妹がいて、五人で一チームって感じっス」
なるほどだから班長。どうやら彼らは分隊での運用を想定された者達のようだ。
「幾つの班があるんだい?」
「えっと…………」
話してはいけない事だったのかと思ったが、どうやら思い出そうとしてくれているようで、紫の視線が上を向く。
そんな彼を見て、一樹は違和感を覚えた。
まるで人間と同じ仕草だ。いや、ロボットとは思えないと言った方が良いだろう。
彼のソレは、年相応の子供の言動に寄りすぎている。おそらく何も知らずに話していれば、彼がサイボーグである事も、兵士である事も気がつけないに違いない。
「今は四つだったかな? 前は六つだったんスけどね……」
言って苦笑しつつ、紫が首の辺りを切る仕草をして見せる。
なるほど、戦死したと言うことか。
「結構、俺たちの身体って特殊みたいで、今は新しく入ってくる奴はいませんね。だから、俺達がシフト組んで作戦に当たってます。っス!」
言い終えて、凝視される。さながら命令を待つ犬が如く。その瞳はどこか幼く、純粋なモノだった。
他に質問はあるかと言いたいのだろうが、何処まで聞いて良いのかもわからずにいると、また扉が開いた。
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