「相変わらず大きな城ね」

帝都の中心部に聳え立つのは要塞に取り囲まれた巨大な皇城。

それが目に入った瞬間ようやく自分が嫁ぎに来たのだと緊張感が生まれた。公爵家の馬車が見えたのか外から皇城まで伸びた大きな稼働橋がゆっくりと下げられる。

「到着したみたいですね」

「ええ」

突き進んでいた馬車が停まり外が一気に騒がしくなる。

おそらく私の出迎えをしてくれる人達の声だろう。正直なところ降りたくない気持ちでいっぱいだ。しかし無情にも開かれる扉。

「ようこそ、レイチェル嬢」

馬車を降りた先に居たのは蕩けるような笑みを浮かべる黒髪の美丈夫。

「エディング殿下…」

真っ先に出迎えてくれたのは私の結婚相手だった。

どうしてエディングがここに居るのだろうか。

そして何故笑顔なのだ。

疑問に思っていると手を差し伸べられる。

「長旅ご苦労だったな。疲れただろう、早く城に入ろう」

「こほん。殿下、その前にご挨拶を」

手を重ねて降りたところでエディングに声をかけたのは長い藍色の髪と瞳を持つ眼鏡をかけた細身の美しい男性だった。

名前はガリオン・トーマン・エルターン。

侯爵家の息子でエディングの側近だ。年齢も彼と一緒だったはず。

「久しぶりだな、レイチェル嬢。改めてよろしく頼む」

ええ、ええ。よく存じております。でも普通の皇子様は外まで迎えに来たりしないでしょ。城の中で偉そうに構えているものだと思うのだけど。

変な人だと思いながらこちらも挨拶を返す。

「お久しぶりでございます。これからは妻としてエディング殿下を支えていきたいと思っております。これからよろしくお願い致します」

公爵家として恥じない淑女の礼を見せれば護衛であろう人達から感嘆の声が上がった。

これで問題ないだろう。そう思って顔を上げると不満そうな顔をするエディング殿下と目が合った。

「レイチェル」

勝手に呼び捨てになっている。夫となる人なので別に良いけど一言くらいあっても良いと思う。

「美しい姿を見せるのは私の前だけにしてくれ」

エディングの言っている意味がよく理解出来なかった。驚きのあまり「は？」と素っ頓狂な声が漏れる。

美しい姿って言った？お世辞かしら？

もしかしたら場を和ませる為の冗談かもしれない。どう反応したら良いのか分からずにいるとガリオンがエディングに声をかけていた。

「殿下、それは無理がありますよ。レイチェル様は立っているだけで美しいのですから」

「確かにそうだな。すまない、今のは忘れてくれ」

「は、はぁ…」

よく分からない会話を繰り広げるガリオンとエディング。

助けを求めるようにウィノラを見ると真顔だった。何を考えているのかさっぱり分からない。

いや、大方エディングを殴りたいと思っているのだろう。そう思っているとガリオンが一歩前に出てくる。

「レイチェル様、お久しぶりでございます」

「お久しぶりですね、ガリオン様」

「普段はエディング殿下のお守り…じゃなく側近をさせて頂いております」

今お守りって言ったわ。普段のエディング殿下ってどんな人なのよ。

冷酷な人じゃなかったのだろうかと混乱する。ガリオンを眺めていると大きな身体が視界を遮った。

「レイチェル嬢、こいつの事は俺に付き纏っている虫だと思ってくれ。名前で呼ぶ必要もない」

虫じゃなくて側近でしょう。名前で呼ばなかったらどう呼べっていうのよ。

二人の力関係はよく分からないが冗談を言い合えるくらい仲良しなのは伝わった。

とりあえずウィノラとイーゴンの紹介が先だ。

「エディング殿下。私の侍女と護衛のご紹介をさせて頂いてもよろしいでしょうか？」

「ああ、構わない」

「侍女のウィノラと護衛のイーゴンです」

目で合図を送ると二人は深く頭を下げた。

彼らは平民だ。許可もなく口を聞く事は許されない。

エディングは二人を見つめると小さく頷いた。

「レイチェルの世話と護衛をしっかり頼むぞ」

声をかけられた二人は短く「はっ」と返事をした。

手を振って下がって良いと指示を出すと二人は揃って一歩後ろに下がる。

これで挨拶は終わりだ。改めてエディングは手を差し出してくる。

「さぁ、レイチェル。中に入ろう」

「はい」

エディング殿下のエスコートに身を委ねた。